月4万円を払えば、こんな空き家も住み放題になる。写真は徳島県三好市(写真:アドレス)

月4万円で全国住み放題――。そんなキャッチフレーズが目を引き、話題となっているのが、全国の空き家と泊まりたい人とをマッチングするCo-Living(コリビング)サービスの「ADDress(アドレス)」だ。同サービスを使えば、全国の好きな場所を移動しながら、仕事したり、生活したりすることができる。
2019年4月にサービスを開始する。2月には千葉や群馬、徳島、鳥取などにある物件11カ所のほか、年会員(月4万円)、月会員(同5万円)、法人会員(同8万円〜)といったプランの詳細を発表した。利用者(会員)と空き家を貸し出す所有者を継続して募集中だ。先行して会員を30人募集したところ、2月までに1100人超が応募するなど反響を呼んだ。
仕掛け人である運営会社アドレスの佐別当隆志社長は、「2030年には20万物件、100万室、100万人の登録を目指す」とのビジョンを描く。はたして「全国住み放題」というサービスは定着するのか。佐別当氏に狙いを聞いた。

――4月のサービス開始第1弾に向けて、30人の枠に1100人超の募集がありました。

昨年12月にサービス開始を発表したときは、3月末までに1000人くらい集まってほしいと考えていた。それを想定の3分の1の期間で達成し、予想以上の反響に驚いている。

2030年に利用者100万人を目指す

――全国住み放題サービスについて「2030年に20万の物件、100万室、100万人の利用者」を目指すと宣言しています。どうやって実現しますか。

いくつか段階を分けて考えている。初期段階は、都心に自宅を持つ人が第2の生活拠点として使うことをイメージしている。メインターゲットは年収600万〜800万円くらいの人たち。次の段階では、地方在住者を対象に第1の生活拠点として、つまり自分の家として使ってもらうイメージだ。今は1個室の連続予約は1週間までの利用制限を設けているが、いずれ収益が安定すれば、その制限を外し、地方で同じ部屋に住み続けてくれる人を増やしたい。

――収益安定化に向けての課題は?


アドレスの佐別当隆志社長。プライベートでのシェアハウス運営の経験も、全国住み放題サービスのアイデアのもとになったと振り返る(撮影:風間仁一郎)

私たちのサービスは、都心在住者の2拠点目としての利用が多ければ、利益率は高くなる。都心在住者を対象とした場合、フィットネスクラブと同じで、会員が常時使うわけではないので、利用者の3〜4倍の会員を確保することが可能になるからだ。

例えば地方では6LDKの1軒家を月4万円で借りることができる。6部屋を6人が使えば24万円の収入になるが、その3〜4倍の会員が代わる代わる使えば収入は月72万円以上。仕入れの賃貸価格が4万円なのに対し、72万円の売り上げになる。

それでも都会の人からは、月4万円で住み放題というと「安い」といわれる。それは毎週末2日、月8日間利用した場合、1泊約5000円で、光熱費や家具もついて、コリビングの住民や地元住民とのつながりも楽しめることに割安感を感じていただけるからだと思う。その魅力をどれだけ広めていけるか。

一方、地方の人にとって月4万円というと、空き家1棟を借りられる値段。全国住み放題といっても、1部屋の賃料としては実は高い。だからこそ、第1の生活拠点として、自分の家としても使ってもらいたい。

――定期的に全国を移動するには、やはり各拠点に仕事があったほうがいいはずです。しかし、そういう人はフリーランスのエンジニアやデザイナーなど、テレワークが可能な一部の人に限られるとの見方もあります。利用者は100万人にまで広がりますか。

全国住み放題というスタイルは、エンジニアなど一部の職種の人だけでなく、多くの会社員にとっても身近なスタイルになると考えている。それは2020年の東京五輪以降、日本経済が変化するだろうからだ。

五輪後、住み放題はもっと身近に

2020年以降、日本経済は今のような好景気を保てないだろう。AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)の技術が普及する時代、どれだけの企業が週5日間勤務する今の正社員数を抱え続けられるのか。


佐別当隆志(さべっとう たかし)/2000年ガイアックス入社。広報・事業開発を経て、2016年1月、一般社団法人シェアリングエコノミー協会設立、事務局長に就任。2017年3月、「内閣官房シェアリングエコノミー伝道師」に任命される。2018年11月、アドレス設立(撮影:風間仁一郎)

正社員を雇用し続けるのがしんどくなった企業は、組織をなるべくスリム化したり、正社員の仕事を業務委託に切り替えたり、社員に副業を推奨したりするところが増えるはず。一方、地方企業の中には人手不足が深刻化していく企業も多いはずだ。すると、都会で働いている人が地方で活躍するケースが増えるのではないだろうか。

そうなると、週3日は都会で働き、残り2日を地方の中小企業で働くような多様な働き方が増える。そのとき、全国住み放題は今よりももっと多くの人に身近になっているはずだ。

今、アドレスに興味を持ってくれている人は20〜30代が7割。ただ将来は40〜50代の利用者も増えてほしい。そのため、個人会員の配偶者と1親等の家族の利用は無料とした。国内でも家族で旅行すると2泊3日で10万円近くもの高額な旅行費がかかる。だからこそ、月4万円で全国のいろんな場所に滞在できるサービスがあったら、安いと感じてくれる人は多いと思っている。

――サービス普及には空き家物件をどれだけ集められるかもカギとなります。目標とする20万戸の物件をどう集めますか。

今後、地方中核都市の福岡市ですら人口が減っていく時代に入り、空き家のさらなる増加が予想される。2030年代には2000万戸の空き家が出るとも予想されており、20万戸と言っても、そのわずか1%にすぎない。

今後、都心部近郊でもベッドタウンなどで空き家が増えると予想される。私たちのサービスは当初、都心部の人が地方の物件を利用するのがメインの使われ方になるが、すでに地方の人からも「都心部に行くときに利用したい」という問い合わせを多くいただいている。地方の人は上京する際、恵比寿や渋谷に住みたいという人ばかりではない。東京の郊外でもいいから住みたいという人も多くいる。そうしたニーズに応えた物件も供給していけたらと考えている。

ただし、空き家は数が多くても、賃貸市場には出回りにくいという課題がある。それについては、全国の空き家オーナーとのネットワークを持つ「R不動産」や、空き家物件の売買を手がける「カチタス」などと提携している。彼らが持つ物件のネットワークと、われわれが得意とするシェアビジネスとをうまく連携させたい。

ANAと提携し、航空チケット付きサービスも

――全国住み放題を利用するには、移動費もネックとなります。


福井県美浜町の拠点。室内の家具やアメニティグッズはパートナー企業から調達する(写真:アドレス)

全日本空輸(ANA)と提携したのはまさにそこが狙い。日本の地方都市は飛行機に乗れば1〜2時間で行けるところが多くある。もちろんサブスクリプション(定額利用サービス)モデルで、飛行機乗り放題のサービスがあれば最高だが、そこまでいかなくても月1回1往復できる航空チケット付きのサービスを用意できれば、もっと手軽に全国を行き来できる。

今、ANAと実証実験を進めており、半年以内にはシステム開発も含めて実現したい。また鉄道会社など、ほかの業者とも話し合いを進めている。

――そもそもシェアリングエコノミーが普及する中、「住み放題」のサービスがこれまで根付かなかったのはなぜなのでしょう。

法的な問題の複雑さが一因だろう。仮に住み放題が「宿泊」と見なされ、旅館業として許可を取る必要が生じれば、住宅地域で利用できないほか、避難経路を設けるなどの義務が課される。それではやりづらい。私たちはそもそも、旅を提供したいわけではなく、全国を行き来する人を増やしたい。だからこそ賃貸業に当たると考えており、宿泊施設と何が違うのかを弁護士と何度も話し合い、「これでいける」というところまで念入りに法的な準備をしてきた。

――賃貸業だとしても、実質的には「住む」というより「泊まる」に近い人も多そうです。その場合、従来の旅館との関係をどう考えますか。


群馬県吾妻郡の拠点。空き家の活用を広げていく予定だ(写真:アドレス)

私たちは宿泊施設というより、シェアハウスに近いという考えだ。共有のリビング、キッチンがあって、そこの1室だけを借りる。だから私たちと旅館とは競合しないし、むしろ協業関係にあると考えている。

旅館やホテル、ゲストハウスには閑散期があり、稼働率は100%ではない。今後、その閑散期の部屋を、私たちが借りて使えるようにもしていきたい。そうした呼びかけもしていく。

将来は個人会員を増やしたい

今後、全国を行き来する人が増えれば、既存の居住でも宿泊でもない、新しい市場ができるはず。その人たちは、われわれのコリビングを使うこともあれば、ホテルを利用することもあるだろう。

アドレスの会員は個人と法人がおおよそ半々の割合になりそうだが、将来的には個人7、法人3くらいの割合にしたい。それは個人の行動を変えるきっかけをつくりたいからだ。

すでに1つの地域に住み、1つの会社で働くというスタイルが古びつつあるのに、多くの個人が、それが常識という価値観から抜け切れていない。個人がもっと主導権をもって、仕事や働く場所を決められるようになればいい。そういう環境づくりに、全国住み放題サービスが役立てばいいと考えている。