球団史上ワーストの4年連続V逸からの脱却を目指す巨人。球界の盟主再建を託され、宮崎キャンプ中の原辰徳・監督の元を、今年も“カネやん”こと金田正一氏が訪れた。選手として400勝、監督として日本一も成し遂げたカネやんを前に、3度目の就任となる名将・原監督も緊張の面持ち。大議論を巻き起こした功労者の放出と大型補強について、“直球質問”を投げ込んだ。

【写真】「日本一」と書いた色紙を持った原監督

──4年ぶりに戻って来たキャンプはどうじゃ?

原:新鮮ですね。3年間、完全に休んでいましたから。

──追放されてたのか?

原:追放じゃないですよ。カネさん、それは違います。

──悪かった、冗談じゃ。引退だったな?

原:いきなり勘弁してくださいよ(笑い)。

──しかし、これほど話題をひっさげて賑やかに帰って来た監督は久しぶりだな。

原:とんでもございません。ただ、(今回取材に来た)『週刊ポスト』にはあまりいいことは書かれていませんが……。正しい目で見てもらわないとね。悪い時は悪いでいいんだから。『週刊ポスト』はボクの味方じゃなさそうですが、カネさんは心強い応援団だと思ってます。

──そりゃそうだ。お前ら、聞いとるか(と記者をニラむ)。だが、ワシも聞きたいことは聞くぞ。内海(哲也)と長野(久義)が移籍したが、あのややこしいシステムをどう思う?

原:基本的にFAは、頑張った選手に与えられた特権、権利です。その選手が欲しいというチームが手を挙げ、選手は一番やりたいチームを選ぶ。それが一般的なFAですが、日本の場合は人的補償という縛りがある。

──人的補償とはどういうこっちゃ。どこのどいつが考えた?

原:その辺はわからないですが(苦笑)、日本のFA制度は「28人はプロテクトできます」というルール。今回、内海と長野をプロテクトできなかったことは、ジャイアンツにとってはマイナス、引き算となる。しかし、足し算で(炭谷)銀仁朗と丸(佳浩)が来てくれた。我々はそういう決断をしたということですから、トータルでどうプラスに変えるかが大事です。内海と長野も他球団で活躍するでしょうが、ジャイアンツもいいチームになりますよ。

──足し算と引き算か……。

原:野球界のみならず、人生は足し算ばかりじゃ面白くない。とくに勝負の世界ではなおさらです。

──ワシが(ロッテの)監督の頃は、ドラフトで指名した選手に「行きたくない」と号泣されたことがあったが、時代も変わったのぉ。

原:FAやドラフトが確立されて、選手もフェアな制度だと思えるようになったんじゃないですかね。カネさんの時代は10年選手制度(※注)がありましたが、ボクの時代にはなかったですから、ひとつの球団に永久就職という感覚でした。

【※注/実働10年を迎えた選手は、自らの意思で球団を移籍することができる制度。1975年に廃止され、1993年にFA制度が始まるまで、選手の移籍に関する制度は確立されていなかった】

──まァ、プロにはこういった話はつきもの。移籍する人間には、つべこべ言わず「黙って行け!」ということだな。

原:ボクはジャイアンツ一途だったのであまり考えたことはなかったですが……。内海と長野の力を西武、カープが認めたというところは、賛辞を送る気持ちです。

──ワシが監督の頃なら、文句を少しでも言ったらひっぱたいているけどなぁ。

原:内海と長野はそんなことないですよ。2人ともすぐに電話をくれた。ボクは「28人の中にプロテクトできなかった。ジャイアンツの一員としては“29番目の選手”だった。しかし、こうやって西武や広島からお呼びが掛かったことは(2人を)尊敬するよ。頑張ってくれ、俺たちも頑張る」と話しました。

──美しい話じゃないか。

原:ルールだから仕方がないんです。ドラフトの2年目、3年目の若い選手をプロテクトできなくて、簡単に他球団に持っていかれると今後にも影響する。一番大事なのはドラフトで獲った若手を育成すること。そのために、28人の中に内海と長野が入らず、29番目になったということですね。

──マスコミは批判ばかりじゃなく、そうした事情も書いてやらんとな(と再び記者をニラむ)。

原:なんで内海や長野をプロテクトしなかったのか、と感情的になるんでしょうね。ですが、はっきり言えば『出した』という言葉を使ってほしくない。ルール上、仕方なくプロテクトできなかったということなんです。

※週刊ポスト2019年3月1日号