2018年末に激化した米中貿易戦争は、一時“休戦状態”になっているが、再び激しい摩擦が生じると見る向きが強い。そんな米中対立の影響か、日本の不動産市場に「思わぬ余波」が及んでいるという。住宅ジャーナリストの榊淳司氏がレポートする。

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 中国人が東京のタワーマンションを爆買いしていたのは2015年あたりがピークだった。その当時に買われたタワーマンションは2017年頃から続々と竣工していった。同時に、流通市場には「新築未入居」の売出し物件が大量に出てきた。

 ただ、今はちょっと落ち着いた感じになっている。東京の中古マンション流通市場は、そういった売り物件を何とか穏やかに吸収したように思えた。

 ところが、最近新たな動きが出てきた。仲介業者に「東京のタワーマンションを買いたい」という中国人からのオファーが舞い込みだしたのだ。

銀座でタワーマンションを買いたい」

 いかにも中国人らしいオファーである。残念ながら銀座にタワーマンションはない。「銀座」というワードをあしらったタワーマンションがあることにあるが、そこは常識的な日本人からすると「銀座」とは呼べない場所。「売れれば何でもいい」という、マンション業界の浅ましさが露呈するので物件名は上げないが、銀座にタワーマンションはない。

 なぜ、中国人の一部はまた、東京でタワーマンションを探し始めたのか。その答えはどうやらアメリカと中国の貿易戦争にありそうだ。

 2018年10月4日にアメリカのペンス副大統領が「中国の台頭を許してはならない」という歴史的な演説を行ったことは、各種報道されている。時代はどうやらアメリカと中国の本格的な対立構造に突入したようだ。

 アメリカはかつて太平洋の覇権を大日本帝国と争い、第二次世界大戦で見事に勝利した。その後、世界の覇権をソ連と争う米ソ冷戦に突入。その戦いにも勝利した。

 しかし、長らく中国に対しては宥和的な政策を続けてきた。ここ10年以上、中国の傲慢な態度を身近に接している日本から見ていると、アメリカの対中政策は何とも微温的だった。しかし、ペンス演説でアメリカの対中政策が切り替わったことは世界中に伝えられた。

 そのことを、最も敏感に受け止めているのは他ならぬ中国政府と中国人であろう。特に資産の多くを国外に保有している中国の富裕層たちは政治情勢に気を配っている。何と言っても、政治的な立場が危うくなればすべてを失うお国柄だ。

 ファーウェイのCFOがカナダで逮捕されたことも大きい。アメリカと対立するということは、他のすべてのアングロサクソン系の国々との対立構造に組み込まれることでもあるのだ。

 世界的にビジネスを広げている中国の大企業幹部は、アングロサクソン系の国への出張を控え始めた、という報道さえ見られるようになった。どんなことで身柄を拘束されるのか分からないのだろう。

 彼らはアメリカだけでなくカナダやオーストラリアなどでも多くの資産を保有している。そういった国々で何らかの犯罪容疑を掛けられた場合、彼らの保有する資産は凍結される恐れすらある。中国の富裕層の中たちは、そういった事態が現実化するのではないかと怯えているのではなかろうか。

 では彼らにとって、海外で保有する資産の安全な逃避先はどこか。間違いなく日本はそのひとつに入るはずだ。

 日本の政治風土は外国との極端な対立構造に馴染まない。例えば、あからさまに日本の国土を奪い、条約さえ守らない韓国とも表面的には友好関係を続けている。さらに、外国人の不動産所有に対して規制がない。

 また、私有財産に関する保護の概念や法制度が行き渡っている。よほどのことがない限り、個人の財産権が国家権力によって損なわれることはない。それが日本だ。こういった個人の財産権の保護は日本人だけでなく、外国人にさえ適用されている。世界でこれほどの安全な資産の逃避先は、日本の他にはスイスくらいではなかろうか。

 ただし、日本の不動産は投資先としては妙味がない。

 2015年頃に日本のタワーマンションを爆買いした中国人は今、さぞかしがっかりしているはずだ。なぜなら、彼らが購入したタワーマンションは、せいぜい1.3倍程度にしか値上がりしていない。仮に1.3倍で売却できても、様々な経費を差し引くと、手元にはほとんど利益が残らないはずだ。さらに、うかうかしていると譲渡益に課税までされてしまう。

 カナダやオーストラリア、あるいはアメリカの不動産の一部は、ここ数年で1.3倍どころか2倍以上に高騰したものさえあるのだ。それを考えれば、日本の不動産は投資先として魅力が薄い。そういうことが判明した2017年以降、中国人たちは日本のタワーマンションを値上がり益狙いでは買わなくなってしまった。

 ところが今、資産の逃避先としてはかなり安全で手堅いことによって、再び注目され出したかもしれない。

 本来の日本の富裕層は湾岸エリアのタワーマンションなどには見向きもしない。埋立地であることや、あの醜悪な外観が嫌われる。だから湾岸のタワーマンションは、東京に移り住んだにわかな富裕層が住む、というイメージが定着している。

 しかし、中国人の富裕層にとって埋立地やタワーマンションへのアレルギーはほとんどない。むしろ、そういった物件のほうを好む傾向がある。彼らが戻ってくると、高値で沈滞気味の湾岸エリアのタワーマンション流通市場は、再び活気を取り戻すかもしれない。

 しかし、それも移り気な彼らの一時的なブームで終わる可能性が高いようにも思えるのだが……。