「私たちは何者なのか――。」

 何者なのでしょうね。
 最近書店に行くと、しばしば入り口近くの棚に、このキャッチコピーが印字されたポスター等とともに「日本国紀」と書かれた白い紙の束が並んでいるのが視界に入ります。このキャッチコピーはおそらく読者への問いかけなのでしょう。しかし、今となってはこの紙の束を製作した方々の自問自答のように思えてなりません。

 先の記事(「話題沸騰の書、百田尚樹著『日本国紀』を100倍楽しみ、有意義に活用する方法」)では、その紙の束が、作家百田尚樹氏による「日本通史の決定版」(帯文より)という触れ込みの著作物であるという前提のもと、その内容の矛盾や著者の知識の浅薄さ、他の著作物のアイディアの不正確で不適切な流用と思われる箇所等を指摘しましたが、もはや事態はそういった内容について云々するといった次元をはるかに超えてしまいました。

 というのも、当該記事の公開直後より、同書にはWikipediaをはじめとするネット上の記事からの流用と思しき箇所が多数あることが次々に発覚し、今や同書はSNS上でコピペのネタ元探しのためのゲームブック扱いされている一方、一部には同書をうやうやしく神棚に供え、信仰対象にも似た扱いをされているエクストリームな方々もいるといった具合で、こうして最近流行りの両論併記風に事態を説明しようとしてみても、もはや何が何やらわけがわからない、じつに混沌とした状況が続いています。

 著者である百田氏、そして編集者として同書に関わった有本香氏の言動もまた、混迷の度合いをますます深める主要因となっています。
“【拡散希望】
私がウィキペディア(以下ウィキ)から大量のコピペをしたという悪意ある中傷が拡散していますが、執筆にあたっては大量の資料にあたりました。その中にはもちろんウィキもあります。しかしウィキから引用したものは、全体(500頁)の中の1頁分にも満たないものです。”
出典:https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1065064111283699712

 百田氏は11月21日に突如として上記のようにツイートしたかと思いきや、そのわずか3日後には、
“『日本国紀』
ネット上に猛烈なアンチがわいている。
僅かなミスを指摘して、「嘘本!」呼ばわり。全体の1%にも満たないwikiからの引用を取り上げて、「コピペだ!」と印象操作。
『日本国紀』を多くの人に読ませたくないという勢力があるのだろう。
たしかに本の後半を読めば、それがわかる。”
出典:https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1066308065295618058

と、Wikipediaコピペ疑惑に関して1頁から1%へとゴールポストを勝手に動かして問題の矮小化をはかりはじめます。そもそも参考文献名を一切挙げない仕様の『日本国紀』は現行の著作権法が認めている引用の要件(出所の明示)を満たしていない可能性が高いのですが、それはさておき、百田氏の戦略もむなしくSNS上の検証班により早くも翌日にはやすやすとゴールネットを揺らされ、現時点では全体の1.8%、約9頁分がWikipediaをはじめとするネット上の記事をコピペ改変したものではないかとの疑惑が懸けられています(参照:ろだん氏のブログ論壇net)。

 一方の11月29日には有本氏は、
“深夜の呟き。私や百田さん、日本国紀について事実と解離したことを流布している人物について知っているという人が現れた。とりあえず私が会って話を聞いてみようと思う。”
出典:https://twitter.com/arimoto_kaori/status/1067820049623207936

と、謎の人物との接触を試みていることをわざわざ全世界に向けてツイートするという不可思議な行動を取っています。「事実と解離(乖離)」しているのなら単に事実を示せばよいのであって、そのことと『日本国紀』の論評を行っている人々の素性が何の関係があるのか、事態は混迷の度を増してゆくばかりです。

歴史的事実は誰が書いても一緒?

 私を含め『日本国紀』のコピペ箇所の検証を行っている人間には、同書の愛読者と思われる方々から判で捺したような意見が寄せられます。その意見とは、「お前らの指摘はコピペの証拠にはならない。なぜなら歴史的事実は誰が書いても一緒だからだ」といったものです。百田尚樹氏自身も11月20日の虎ノ門ニュースでWikipediaとの類似が指摘されている箇所について「それ歴史的事実やし、誰書いても一緒の話や」と述べています。

 これは一見もっともらしい意見のように見えます。たとえば「794年に平安京遷都があった」という文章は既知の事実を伝えるだけのものでしょうから著作権の保護対象とはなりませんし(著作権法第10条第2項)、これを「平安京遷都が794年にあった」「794年に平安京への遷都があった」「794年、遷都だよ、平安京!」などと多少改変したところで創作性が認められるとは必ずしもいえないでしょう。したがって、「歴史的事実は誰が書いても一緒」というのは、こうしたごく短文の事実を述べたものについてはその通りです。

 しかし、『日本国紀』の場合、数百から1000字以上もの語がWikipediaと細部の表現や”てにをは”まで一致しています。私は上記のような意見を言う方々に対し、試みに次のような質問を投げかけてみました。

「あなたのこれまでの全ツイートを、複数の人が800字で要約したとして、全員が同じツイートを取り上げ、同じような言い回しや話題の展開・順序で要約文を書くと思いますか?」

 残念ながらいまのところどなたも「全員が同じになる」とは回答してくれず、「歴史的事実は誰が書いても一緒」という従前の意見をただ繰り返すばかりでした。

 一般論としても、何かについてまともに調べて書くという営みは、書かなかった大量の情報を捨てることの上に成り立ちます。調査や取材をして集めた情報を単に羅列したとしても、それは雑多なメモの集積でしかありません。各情報に優先順位をつけて取捨選択し、工夫を凝らして配列・整理し、文飾を加えてはじめて筋の通った文章ができあがります。

 歴史を叙述する際も同様で、歴史家は必ず史料から読み取れる情報の取捨選択や関連史料の収集を行います。そしてその取捨選択の仕方、情報整理の手際は千差万別です。
 たとえばこのツイートはUS National Archives(米国国立公文書記録管理局)のTwitterアカウントによるものですが、ここに掲げられている同局所蔵文書(参照:https://catalog.archives.gov/id/6883722)について、その背景も含めて800字で解説してください、と複数の人に依頼したとして、果たして全員の解説文が細部に至るまで似通うことなどあり得るでしょうか?

 まず、書かれた文字を解読するリテラシーや幕末政治外交史の予備知識がない方はそもそも800字も書くことができないでしょう。また仮にこの文書が「徳川家茂が署名した安政七年の日米修好通商条約の批准書」であることが解ったとしても、いま「 」で括った所の文字数はたった26文字ですから、残りの774文字に何を書くのかは、やはり千差万別となり、説明の文言や話題の推移や順序、表現の仕方などまで一致することなど決してないはずです。

 おそらく百田氏も含め上記のような意見を寄せられた方々は、中学高校でのテストの穴埋め問題のようなイメージで、歴史というのは単に出来事の起きた年や固有名詞だけで構成されていると認識しているのでしょう。しかし、実際の歴史叙述というのは、安易な断定を拒む歴史上のさまざまな事象を、なるべく広範囲の史料に目を配りながら、どうにかこうにかひとつの流れの中に落とし込むという、じつに労多くして功少ない仕事なのです。

「X年にYが起きた」という一文の裏側にも、実はそうした学問上の蓄積や議論があることに少しは思いを致していただきたいものです。

◆幻冬舎社長見城徹氏への侮辱
“【日本国紀、コラム4頁まるごとWikipediaコピペ改変?】 『日本国紀』P246-249のジョン万次郎に関するコラムにWikipediaコピペ改変の疑いが浮上しました。また一部に個人ウェブサイトとの類似箇所も検出されました。検証結果は画像の通り。無マーカー部分も単なる要約や言い換えと推定されます。”
出典:https://twitter.com/J_geiste/status/1067166537897803777

 現時点で発覚している最大規模のWikipediaコピペ疑惑は、11月26日に発見された『日本国紀』P246-249のジョン万次郎に関する4頁にもわたるコラムです。その詳細は上記のツイートをご覧いただければと思いますが、乗っていた船が難破し、約9年間もの米国滞在を経て帰国を果たすという数奇な運命をたどったジョン万次郎の生涯を紹介したこのコラムは、その大部分がWikipediaの要約だと考えざるを得ない代物です。しかも個人ブログの記事と酷似した部分も発見されました。

 当該コラム以外もそうですが、『日本国紀』でWikipedia等のコピペ改変が疑われる箇所については、Wikipedia以上の情報量がほぼ見当たりません。これはつまり、著者はWikipedia等のネット記事以外にはほとんど何も見ずに同書を執筆していた可能性を示唆しています。同書に参考文献が一切掲げられていない理由も、どうやらこの辺りにありそうです。

 ジョン万次郎コラムのコピペ疑惑が発覚する前夜の25日に放送されたAbemaTVの番組「徹の部屋」は、『日本国紀』の版元である幻冬舎の見城徹社長がホストを務め、百田氏、有本氏らと『日本国紀』の魅力を語り合うという内容のものでした。番組内で見城氏は「このコラムひとつひとつが面白いのね」「ジョン万次郎は奇跡だね」と当該コラムを激賞しています。

 どのような感想を持とうと個人の自由ではありましょうが、見城氏がこの発言をした翌日に、当該コラムのコピペ疑惑が発覚したわけですから、結果として『日本国紀』の著者らは見城氏を大いに侮辱し辱めるような行為を行っていたことになります。

 いずれにしても、出版界のプロ中のプロが、あろうことか大部分がWikipediaをコピペした上で単に要約しただけとしか考えられないコラムに、ここまで高い評価を与えたというのは、もはや日本出版史上のひとつの事件といわねばなりません。

◆記憶に新しいWelq騒動と根は一緒

 DeNAが運営していたヘルスケア情報サイトWelqが、著作権侵害や不正確な医療情報を含む粗製濫造記事を大量に掲載していたことが発覚し2016年に閉鎖されたのも記憶に新しいのですが、それと似た手法で作られたと思しい『日本国紀』を、今後も販売し続けるのであれば、せめて帯文の「日本通史の決定版」は「日本通史のWelq版」へと正しく改訂していただきたいものです。それとも幻冬舎は創立25周年記念出版として、日本の著作権法の限界点に迫るような商品を製造販売するという、実にアバンギャルドでエッジのきいた経営戦略を採用されているのでしょうか。

「私たちは何者なのか――。」

 何者なのでしょうね。
ともかくも著者も編集者も版元も、そんな自分探しなどは後にして、一刻も早く日本国内の法律を遵守しようとする姿勢を少しでも見せるべきではないでしょうか。今後の動向から目が離せません。

※追記:読者情報によれば5刷ではさらに密かに修正が加えられ、引用と思われる箇所はカッコで括られ、引用元の記載も始まったようである。しかし、これらのミスについて幻冬舎からは特に何の表明もなく、また、それらを指摘した人については一方的に「誹謗」と断じて、訴訟を匂わせるツイートなどを行っている。

<文・GEISTE(Twitter ID:@j_geiste〉>