【書評】『「サル学」の系譜 人とチンパンジーの50年』中村美知夫著/中公叢書/1900円+税

【評者】井上章一【国際日本文化研究センター教授】

 国際的な格付けの序列に一喜一憂する大学は、日本にもすくなからずある。今年は世界で何位になった、ようし来年は何位をめざすぞ……。大学につとめていると、そんなかけ声が、このごろはほうぼうから聞こえてくる。

 研究者の評価は、国際的な英文の科学雑誌に掲載された点数で、下される。その数をふやすよう、研究者の多くも、おのずと血道をあげることになりやすい。短い期間でたしかな成果が見こめる課題が、最近はえらばれやすくなっている。そして、そんな学界の潮流は、京都大学の霊長類研究をもおおいだしているようである。

 京大のお家芸とも言えるこの学問は、今西錦司を開祖とする。サルにも群れがあり、社会がある。そのなりたちを、見きわめたい。そんな今西の野望から、この研究ははじまった。

 だが、チンパンジーであれゴリラであれ、社会秩序の原理を抽出するのは困難である。生涯をかけて調査をしても、見つけだせるという保障はない。じっさい、そこを科学的につきつめた報告は、これまで提出されてこなかった。

 そんなテーマにエネルギーをそそぐより、もっと楽に論文が書ける途はある。チンパンジーがしめす反応を、生物学的な支出と利益の観点から分析する。道具使用の水準が、どこまでとどくかを計量し、数値でしめす。そういう仕事のほうが、学界でははるかに通りもよい。

 じじつ、若い世代の霊長類研究は、ここしばらくそういう方向へすすんでいった。だが、はたしてそれで良いのかと、著者は問いかける。そして、今は見すてられた今西のこだわりに、見るべきところをさぐっていく。

 タンザニアのマハレでは、チンパンジーのある集団が、一九八〇年代に肥大化した。ントロギというボスの指導下に、その勢力はたもたれ、彼の死後は衰亡する。そう、チンパンジーの集団にも、民族の興亡と通じあう歴史はある。逆境をおそれず、そこにこだわる著者へ、エールをおくりたい。

※週刊ポスト2015年11月27日・12月4日号