“大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた。”
という文からはじまる村上春樹の新刊『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。

ワールドワイドな人気作家、3年ぶりの長編小説。
さらに作品内容が事前に明かされないこともあって、深夜営業している書店には行列ができる盛り上がりだ、なんていう報道も。
ぼくも近所の山下書店大塚店に行ったのだけど、列できてた。
書店員がニコニコしていたのが印象的。

さて、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。
期待がふくらみすぎると、えてして、あれれってなっちゃうのだけど、だいじょうぶ。
夢中になって、いっきに読み終わった。

これほど明瞭で現実的な謎が提示される村上春樹作品は、初めてじゃないか。
現実的な謎があり、それを解決するために主人公が行動する。
“多崎つくるがそれほど強く死に引き寄せられるようになったきっかけははっきりしている。彼はそれまで長く親密に交際していた四人の友人からある日、我々はみんなもうお前とは顔を合わせたくないし、口をききたくもないと告げられた。きっぱりと、妥協の余地もなく唐突に。そしてそのような厳しい通告を受けなくてはならない理由は、何一つ説明してもらえなかった。”
これが、謎だ。物語がはじまってすぐ(5ページ目!)に示される。

高校時代の仲良し五人組(“乱れなく調和する共同体みたいなもの”)は、多崎つくる一人を別にして共通点を持っている。
赤松慶
青海悦夫
白根柚木
黒埜恵里
名前に色が含まれているのだ。
“多崎だけが色とは無縁だ。そのことでつくるは最初から微妙な疎外感を感じることになった”。

最初の章で、ここまでフレームが明確に示されれば、おおよその骨組みは想像がつく。
自分に色彩がないと感じている多崎つくるが、かつて友人だった4人に再会する巡礼の旅にでて、小さな共同体からはじき出された謎を解き、堅く蓋をして無いことにしていた心の奥の傷に向き合う物語だ。

おおよそ、その通り物語は運ばれていくのだが、あっと驚くことになる。
殺人です! 殺人事件が起きるのである。
春樹、初のミステリー小説なのか!?
そうだ、と言い切っても怒られないのではないか。
殺人事件があって、謎があって、最後に「誰が殺したのか」ということが示されるのだ。
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は村上春樹、初のミステリー小説だ。
各章のラストも、連載漫画みたいに「引き」が強い。
“その場所が消え失せてしまったことを知ったのは、大学二年生の夏休みだった。”で第一章が終わる。そりゃ続き気になる。

もちろん村上春樹作品だから、本格ミステリのように合理的な事件の解決を目指したものではない。
とくに“つっかえているものごとのひとつ”としての灰田文昭に関するエピソードは「余り」として読後もあれこれと考えさせるキーになる。
そして本作は、いままでの春樹作品と強く響き合う。
特にデビュー作『風の歌を聴け』とダイレクトに照応するため、『風の歌を聴け』がプロローグで、本作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』がエピローグ、その間に多数の春樹作品がある。そんなふうにも読めてしまう。

春樹ファンはもちろん必読。ストレートにわかりやすいという意味で、いままで春樹作品を読んでない人にもオススメ。(米光一成)

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