『鬼滅の刃』が今、空前のブームを呼んでいる。

シリーズ累計発行部数は、4000万部(電子版含む、2020年2月4日時点)を突破。2019年の大晦日には、歌手のLiSAがアニメ版のオープニングテーマである『紅蓮華』をひっさげ、第70回紅白歌合戦に出場。今年は劇場版『鬼滅の刃』無限列車編の公開が控えており、その人気はもはや社会現象だ。

しかし、連載開始に至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。いかにして『鬼滅の刃』は生まれたのか。

誕生ヒストリーを明かしてくれたのは、著者の吾峠呼世晴氏と二人三脚で走り続けた『鬼滅の刃』初代担当編集・片山達彦だ。『ブラッククローバー』『呪術廻戦』など「週刊少年ジャンプ」(以降、『ジャンプ』)の人気タイトルを担当してきた片山だけが知る“舞台裏”とは?

『鬼滅の刃』の骨肉となったであろう『ジョジョの奇妙な冒険』『HUNTER×HUNTER』『銀魂』『僕のヒーローアカデミア』など歴代『ジャンプ』漫画とのリンクや、主人公・竈門炭治郎の誕生秘話、人気キャラクター・冨岡義勇の衣装の秘密まで、ファンならずとも必読のインタビューをお届けする。

撮影/編集部 取材・文/横川良明
▲インタビューには、『鬼滅の刃』現担当の浅井友輔氏も同席。机の上に広げられているのは、『鬼滅の刃』の貴重な連載会議用のネーム(漫画の下書き)だ。

吾峠先生の才能はセリフ。あんな言語体系見たことない

片山さんが吾峠呼世晴先生に出会ったのは、いつでしょうか?
『肋骨さん』という作品を描き上げた 2014 年です。
第70回JUMPトレジャー新人漫画賞佳作を受賞した処女作『過狩り狩り』から数えて、3作目ですね。
はい。『過狩り狩り』当時は別の編集者がついていたんですが、彼が副編集長になるタイミングで、僕が担当になりました。
『過狩り狩り』は、『鬼滅の刃』の前身になった作品でもあります。
先生は「どうせダメだろう」と処分しようと思っていたらしく、そのときにご家族から「どうせならいちばん好きな雑誌に送ってみたら」と後押しされて、初めて『ジャンプ』に投稿したとおっしゃっていました。
片山さんは『過狩り狩り』を読んで、どんな感想を持ちましたか?
正直に言うと、わかりにくいなと(笑)。1回目に読んだときはそこまで面白さがわからなくて、2回目に初めて構成や振りのうまさに気づきました。ただ、圧倒的な才能は周りも認めていましたし、僕も感じていました。
どんなところに才能を感じたんですか?
セリフの力が圧倒的ですよね。あんな言語体系、あまり見たことがない。

先生のセリフは、借りものじゃないんです。『ジャンプ』では「キャラクターを立てよう」と耳が痛くなるほど指導されます。しかし先生は「そのキャラクターが言っているな」と感じられるセリフを自然と書けていた。そこにいちばん才能を感じました。
『鬼滅の刃』を読んでいても、“キャラ立ち”を感じます。
僕が「先生は本当にスゴい!」と圧倒されたのは、『鬼滅の刃』の第8話。倒した手鬼に対し、竈門炭治郎が手を握るシーンです。それまでも他の新人作家さんとは一線を画しているとは思っていましたが、あそこで改めて、こういうキャラクター造形ができるところが、この人の才能なんだと感動しましたね。
▲第8話(コミックス第2巻収録)より。仲間を殺した敵である「鬼」に対しても、哀悼を捧げる炭治郎。「敵を倒して終わり」ではない、『鬼滅の刃』の奥深さを象徴したひとコマだ。©吾峠呼世晴/集英社
炭治郎の優しさがよく表れていますよね。
じつは吾峠先生は打ち合わせの際、あの手を握るくだりを「少年漫画らしくないからカットしようかな」とおっしゃっていたんです。それを聞いて僕が、「ここだけは絶対に入れてください。こんな主人公見たことないです。これが炭治郎ですよ!」と熱弁をふるった記憶があります(笑)。

「カッコいいって何ですか?」吾峠先生は、言葉の本質を見ている人

漫画をつくるうえで、吾峠先生とはどんな形でやりとりをしていたんですか?
『鬼滅の刃』の連載が始まるまで、先生は地方にいらっしゃいました。そのため電話で打ち合わせをし、そのあとネームをeFax(メールで受信・送信ができるインターネットFAXのこと)で受け取って、添削して、また電話でやりとりして…という感じですね。
吾峠先生はネームを描くのは速いほうですか?
とてつもなく速いです。あとで聞いたら、寝ないで描いていたことも多かったそうで…。その尋常ではない速度から、絶対にプロになるんだという熱意を感じました。
片山さんから見て、吾峠先生はどんな方ですか?
純粋な人ですよね。そして言葉の本質を見ている人です。
言葉の本質?
何かのやりとりで「主人公をカッコよくしましょう」という話になったんですよ。すると吾峠先生が「カッコいいって何ですか?」と。たしかに何だろうと思っていろいろ話をしてみたら、吾峠先生のカッコいい見た目の一つに『ゴルゴ13』があったと判明。
ゴルゴ!
そして“中身”は、とある漫画で読んだそうなんですけど、車に轢かれて死んだ猫を、みんなが「気持ち悪い」と引いた目で見ている中、汚れも気にせず抱えて持っていける男だと。要は、自己犠牲ですよね。そこで初めてふたりのあいだで共通認識が持てたんです。
面白いですね。
誤解がないように言っておくと、吾峠先生は決して揚げ足取りで聞いているわけじゃないんです。先生は物事の真理が知りたいだけ。なあなあの会話は通用しないし、わからないことは恥ずかしがらずにきちんと質問される。先生とのやりとりを通じて、僕自身も勉強になりました。
▲第2話(コミックス第1巻収録)より、超がつくほど真面目な炭治郎の性格を表したシーン。「言葉の本質を見ている」吾峠先生だからこそ生まれたやりとりともいえる。©吾峠呼世晴/集英社

「普通の人間がすぐ強くなるわけない」こだわりの“修業回”

片山さんから見て、吾峠先生はどんな作品から影響を受けていると感じますか?
『ジャンプ』漫画は全般的に読んでいるとおっしゃっていましたし、何かしら影響を受けていると思いますけど、とくに『ジョジョの奇妙な冒険』(以下、『ジョジョ』)はファンだとおっしゃっていますね。

たとえば呼吸法は『ジョジョ』の波紋の呼吸に通じるところがありますし、不死身の鬼というモチーフも『ジョジョ』を彷彿とさせるものがある。
▲第16話(コミックス第2巻収録)より。“呼吸”を使って酸素を多く取り込むことで血のめぐりを活性化し、身体能力を向上させるアプローチは、『ジョジョ』に通じる。©吾峠呼世晴/集英社
添削という話が出ましたが、修正のリクエストに対して吾峠先生は柔軟な方ですか?
ケースバイケースですね。たとえば、藤襲山の最終選別(第6話から第8話)のときに「冨岡義勇が見守っているのはどうですかね」と提案してみたら、「義勇はすごく有能な剣士なので、こんなところで審査する立場ではないです」と。そこをなんとかとお願いしても、決して首を縦には振りませんでした。

そもそもこの鬼殺隊入隊のための修業のエピソードも、序盤に置くには引きが弱いかなと思い、もう少し短くできないかと相談したんです。そのときも「普通の人間がそんなにすぐ強くなるわけないと思います」と、決してご自身の信念を変えることはありませんでした。
▲第4話(コミックス第1巻収録)より。『鬼滅の刃』では、初期段階で修業シーンが始まる。炭治郎が数年単位で鬼と戦える体をつくる、という展開に、吾峠先生の信念が垣間見える。©吾峠呼世晴/集英社
そんな舞台裏が…。
だからといって頑固というわけではありません。たとえば鱗滝(左近次)さんは、当初は天狗のお面をつけていなかったんですよ。
え、そうなんですか?
初めにネームを見せてもらったときは、普通のおじいさんでした。ちょっとインパクトがないですよねという話をしたら、原稿の段階ではお面をつけていた(笑)。聞いてみると、「よいのが思いつかないんで、とりあえずお面をつけてみました!」とおっしゃって。だから、鱗滝の素顔を知っているのは僕だけなんです(笑)。
見てみたいです(笑)。
なるほどと思ったら柔軟に対応してくれますし、自分が信念を持って描いているところに関しては絶対に譲らない。物語として成立しているかどうか、をいちばん大切にされている方なんだと思います。

連載を獲れなければ漫画家を辞める――覚悟の1年

ここからは『鬼滅の刃』連載開始に至るまでのお話を聞いていきたいと思います。まずは『ジャンプ』連載までのシステムを教えてもらいますか?
編集部内で連載会議があって、そこで連載の可否を決定します。連載会議に出席できるのは、編集長、副編集長、班長以上のメンバーで、人数は10人ぐらい。最終的な決定権は編集長にありますが、独断で決めるというよりも、何時間もかけて議論を重ねながら、みんなの総意で連載が決まるシステムです。
その連載会議には何話分のネームを提出するんですか?
3話分です。
『鬼滅の刃』の連載が始まったのが2016年11号から。それまでのあいだに『少年ジャンプNEXT!!』に『文殊史郎兄弟』、『ジャンプ』本誌に『肋骨さん』、『蠅庭のジグザグ』が読み切りとして掲載されましたが、読者の反応はいかがでしたか?
悪くはないが、もう一つ人気が欲しい…といったところでした。編集部の反応もそのような感じで。連載会議でもいろんな連載ネームを出していたんですけど、なかなか通らなかったんです。
連載会議に落ちたとき、先生はどんな反応を?
最初に落ちたときは、大変ショックを受けていたかもしれませんが、それ以降は一切弱いところは見せませんでした。「次また頑張ります」と、鋼の精神で黙々と新しいネームを送ってくれましたね。
聞くところによると、一時期は「漫画家を辞める」とおっしゃったこともあったとか。
2015年のあいだに連載を獲れなければ辞めると。吾峠先生は、作家になるべくして生まれた人。だから何としてでも連載会議を通るようなネームにしなくてはと焦りましたが、『蠅庭のジグザグ』、『鈍痛風車』と連載ネームが続けて落ちてしまい、もうあとがなかった。

そこで、『過狩り狩り』を読んだときに感じた課題に立ち戻ってきたんです。
というと?
吾峠先生は、誰もが認める才能の持ち主。だからこそ、その作家性を生かしたいと思ってやってきたんですが、マニアックな方向に寄りすぎてしまった。好きな人は好きだけど、万人受けはしないのかなと。

セリフの力は圧倒的だし、キャラクターの情緒を感じさせる描写に長けてはいる。しかし、『ジャンプ』の対象読者は小中高生。僕が『ブラッククローバー』の担当をしていたこともあるんですが、小中高学生が読んで理解できることが大切なのではと考えるようになりました。

『僕のヒーローアカデミア』からヒントを得た原点回帰

そこから、片山さんはどうされたんですか?
とにかく周りの先輩にアドバイスを求めました。そこで出てきたのが、モチーフの話です。
モチーフ?
みんなが知っている要素を使わないとわかりにくいよねと。『ONE PIECE』だったら海賊。『NARUTO -ナルト-』だったら忍者と学園モノ。歴代のヒット作は、みんなが知っている要素を使って新しいものを創り出している。そういうものが吾峠先生には必要なんじゃないかと言われました。

とはいえ、何か新しいモチーフを探すのは相当困難な話。悩んでいたときに、そうだ、『過狩り狩り』があると思い出したんです。『過狩り狩り』はみんなが知ってる「吸血鬼」のお話で、しかも「大正時代」、「刀」というわかりやすいモチーフもある。これならいけるんじゃないかと。
その提案を受けて、先生は何と?
やってみましょうとすぐに取り掛かってくれました。

僕が『過狩り狩り』を思い出したのも、じつは『僕のヒーローアカデミア』(以下、『ヒロアカ』)の話があったんです。『ヒロアカ』は堀越(耕平)先生がデビュー翌年に発表した『僕のヒーロー』という読み切り漫画が前身になっている。

よくいう話ですが、作家は迷ったら原点に帰ることが大事なんじゃないかと。

もっと“普通の人”を――炭治郎は最初脇役だった

そうして生まれたのが、前身である『鬼殺の流』ですが、連載会議では残念ながら落選。主人公は盲目、隻腕、両足義足という設定で、「世界観のシビアさと主人公の寡黙さ」が落選の理由だったと公式ファンブックで語られていました。
そうですね。ただ、読みやすくなったと世界観に対する一定の評価は得ていて。あとは主人公のキャラクターだと。

そして、また先輩からアドバイスをもらったんですよ。
それはどんなアドバイスですか?
その先輩の私見ですが、『HUNTER×HUNTER』は変わったキャラクターがたくさん出てくるものの、主人公のゴン(=フリークス)は普通の人。だからこそ読者も感情移入しやすい。そして、ゴンが中心にいると他のキャラクターの面白さが引き立つんだ、というものです。

吾峠先生も同じで、中心に普通の人を置いて、周りに異常性のあるキャラクターを配置するとちょうどいいのではないかと。そこで生まれたのが炭治郎でした。
ぜひその話、もっとくわしく聞かせてください。
じつは炭治郎というキャラクター自体は、もともと先生の頭の中にはあったそうなんです。ただ、先生の中でサブキャラだったんですよ。
え、そうなんですか。
連載ネームが落ちた後に、主人公を別の人物に変えようという話になり、「この作品の中に、もうちょっと普通の子いないですかね」と聞いてみたんです。

すると、「炭を売っている男の子がいて、その子は家族全員殺されたうえに妹が鬼になっちゃって。男の子は妹を人間に戻すために鬼殺隊に入るんです」と話し始めたんです。それ、めちゃくちゃ主人公じゃないですかと。

宿命を背負ったキャラクターは、物語を動かす推進力になる。その子を主人公にしてもう一度書きましょうと先生に提案しました。そうして生まれたのが、『鬼滅の刃』でした。
▲コミックス第1巻より、連載会議用に描き下ろされた炭治郎と妹の禰豆子。ふたりのデザインは、この時点でもう完成している。©吾峠呼世晴/集英社

『鬼滅の刃』ネームを初めて読んだ際の衝撃

初めて『鬼滅の刃』のネームを受け取ったときのことは覚えていますか?
覚えています。たしか他作品の原稿を受け取りに行ったタクシーの中だったと思うんですが、第1話の義勇の「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」というセリフにしびれましたね。なんだこれ、こんなセリフ見たことないぞと。

話も非常にわかりやすくなっているし、炭治郎も好感が持てる。だけど何よりインパクトがあったのは義勇のあの一言。はからずも『過狩り狩り』を読んだときから感じていたセリフの力に圧倒されたという感じですね。これは(連載会議に)通るだろうと確信しました。
▲第1話(コミックス第1巻収録)より、片山氏を圧倒させた義勇の見せ場のシーン。「こんなことを言われる主人公も見たことがなかったですね」。©吾峠呼世晴/集英社
その連載ネームと、実際に私たちが読んでいる第1〜3話に違いはあるんでしょうか?
ほとんどないです。デザインがちょっと違うぐらいで。
デザインとは?
連載ネームでは義勇が着物だったんです。それを見て「もうちょっと大正感が欲しいですね」という話を僕から先生にしました。次に先生が描いてきたのが、今の詰め襟スタイル。詰め襟に羽織りの組み合わせはオリジナリティがあるなと思い、これでいきましょうと伝えました。
▲コミックス第1巻より、連載会議用カット。義勇(画像手前)の初期構想は、着物。鱗滝(画像左)と同じく、片山氏との打ち合わせを経て現在の形に落ち着いた。©吾峠呼世晴/集英社
▲コミックス第1巻より、『鬼滅の刃』連載開始の予告カット。「炭治郎が禰豆子の口を手で隠しているのがカッコいいですよね。第1話を読んでから見ると、禰豆子が鬼になっているからだとわかる。スゴい発想だと思います」。©吾峠呼世晴/集英社
その他のキャラクターデザインに関しては何かアドバイスをされたりしましたか?
目に留まるデザインは読者に受けるので、何かしらチャームポイントがあるといいですよねという話はしました。逆に言うとそれぐらいで、それ以外のことは何も言ってないです。
禰豆子が竹筒をくわえているのとか、普通出てこない発想ですよね。
あれはヤバいですよね。あの竹筒だけでもう完全にオリジナリティのあるチャームポイントができている。
我妻善逸や嘴平伊之助といったキャラクターに関しても、最初からすでに先生の頭の中にはあったんですか?
▲第49話(コミックス第6巻収録)より。炭治郎の同期である善逸や伊之助の登場により、ギャグパートが強化。炭治郎の表情にもバリエーションが増えた。©吾峠呼世晴/集英社
そうですね。僕が先生の担当をさせてもらったのは、第13話ぐらいまで。炭治郎が浅草に行くあたりまでなんですが、同期5人のことや「柱」の存在も聞いていました。
「こんなキャラクターが欲しい」と片山さんからリクエストをしたことは?
記憶にないです。編集としていちばん幸せなことですよね。何も言わずネームが届くのを待っていたら、面白い話ができているという。

唯一、「同期の中でモメるやつがいたら面白くないですか?」という話はしたかもしれません。もしかすると(不死川)玄弥がトゲトゲしているのはそのせいかも。だとしたら「ごめん、玄弥」ですね(笑)。

笑いのセンスの高さは、『銀魂』の影響?

週刊誌の連載は過酷なイメージがありますが、先生はスムーズにペースをつかんでいけましたか?
そうですね。先生はとにかくネームが速いんです。1〜2日で上げてくる。これはかなり速い部類に入ります。描きたい内容が明確だからでしょうね。なので打ち合わせも詰まったことがほとんどない。編集としてはとてもやりやすいです。

先生は連載までに読み切り作品を3本描いていました。読み切りは作画のペースを作家と編集が試す場でもあります。その当時から吾峠先生は優良進行だったので、連載する素養があったんでしょうね。

唯一心配だったのは、連載が決まってから上京されているので、アシスタント経験がないことです。スタッフにどう指示出しをすればいいのかわからなかった。そこで、僕が担当していた『ブラッククローバー』の田畠(裕基)先生の仕事場に一緒に見学に行きました。

田畠先生がアシスタントの方たちとどんなふうに仕事をしているのかを見せてもらったんです。たまに目次コメントで交流があるのは、そこからです。
なるほど! 『鬼滅の刃』でいうと、それまでの読み切り作品と比べても笑いの要素がグッと増えている気がするんですね。読みやすさを意識して、編集サイドからアドバイスしたことなんですか?
いえ、もともとご本人の素養としてギャグが好きというのが大きいです。先生は『銀魂』が大好きなんですよね。だからギャグを入れるのもお好きで。
▲『鬼滅の刃』コミックスに収録されているおまけ漫画(画像は6巻収録のもの)。キャラクターたちを学生や教師に置き換えた学園もので、吾峠先生のギャグセンスが炸裂している。©吾峠呼世晴/集英社
序盤はたしかにシビアな展開が続きますけど、じつは第1話に雪で滑って崖から落ちた炭治郎が「助かった…雪で…滑ったのも…雪だけど……」と言うシーンがあります。そのときから、笑いの要素はしっかり入っているんです。

それが善逸や伊之助といったキャラクターが出そろい、ボケとツッコミの役割が明確になってからはさらにわかりやすくなったと思います。

自分のために描かない。読者が楽しんでくれるかどうか

『銀魂』の空知英秋先生が昨年末のニコニコ生放送の手紙でネタにした「俺は長男だから我慢できた。次男だったら我慢できなかった」など、『鬼滅の刃』には面白いセリフが多いですよね。
きっとキャラクターのいる世界に入り込んで、見てきているから、そういうセリフが出てくるんでしょうね。けっこうロジカルなんですよ、先生のセリフは。

これは僕の予想ですが、大正時代は生活が大変なうえに兄弟姉妹も多かったので、今の時代よりも「長男」という意識が強い。きっと炭治郎もことあるごとに「長男なんだから」と言われていたはずです。そういった時代背景を考慮して、ああいったセリフになったのではないかなと。
そんな考察が…。ちなみに『鬼滅の刃』がグッとくるところのひとつが、敵である鬼側にもドラマがあることだと感じているんですが、こういった鬼の描き方もすべて先生のアイデアですか?
僕からは何も言っていないです。きっと先生の中で「鬼ももともと人間なんだから、人間としての生があるべき」という考えがあるんだと思います。

吾峠先生との打ち合わせで思うのは、常に「それが物語として適切かどうか」を見ているということ。このキャラクターに愛着があるからこんな展開にしたいという贔屓(ひいき)がまったくない人です。

先生は、自分のために描いていない。いつも考えているのは、読者が楽しんでくれるかどうか。そこをいちばんに描かれている気がします。

「打ち切り寸前」だったことは一切ない

いざ連載が始まってからの読者の反響はどうでしたか?
1話目も2話目も評判がよくて。よく巷で「打ち切り寸前だった」と言われていますが、そんな危機はなかったです。当時から支えてくれた読者のみなさんあっての『鬼滅の刃』だと思っています。
そうだったんですね。
実際、第7話でセンターカラーをもらっていますしね。読者人気が高いので急遽もらえたんです。ところがセンターカラーはページ数が通常より多い設定。すでにネームができあがっていたため、急遽追加してもらうことになりました。

錆兎が「炭治郎は誰よりも大きな岩を切った男だということ」と話すページは、追加してもらったものです。
順調なスタートを経て、人気を確立したと感じたのはどの時期ですか?
ひとつは手鬼を倒したあたり。あそこはやはりカタルシスを感じるところなので、人気がありました。

あとは善逸や伊之助が順に登場し、キャラクターが出そろったあたりだと思います。仲間が3〜4人いないと掛け合いが生まれないので、なかなかそれぞれのキャラクターのよさを引き出しきれないんですよね。

炭治郎と善逸、伊之助の3人のバランスがとれ始めた頃から一気に人気が伸びていったと記憶しています。

「ヒノカミ」の回は原作でもアニメでも「神回」だった

片山さんは立ち上げから初期の頃までを担当されていたわけですが、今のようなブームは当初から想定されていましたか?
正直まったく想定していなかったです。とにかくなんとか連載を勝ち取らなきゃと必死の思いでやっていたので。といっても、僕なんかよりずっと吾峠先生のほうが必死だったと思います。
2019年にはテレビアニメ化され、いっそう人気が高まりました。
やはりアニメの力は大きかったと思います。なかなか感謝の意を伝える場がなかったので、この場を借りて述べさせていただきたいのですが、(『鬼滅の刃』のアニメを手がけた制作会社の)ufotableさんが原作の面白い部分をしっかり汲み取ってつくってくださったおかげで、本当に面白い作品になりました。

僕自身、アニメをリアルタイムで全話観たほどハマりました
ヒノカミ神楽を初めて繰り出すアニメの第19回は、作画や演出含めて「神回」だとファンのあいだで盛り上がりました。
スゴかったですよね。僕も純粋に視聴者として興奮しました。

原作で初めてヒノカミ神楽が出てくるのが第40話なんですが、じつはその頃、担当として戻っているんですよ。2代目の担当が部署異動することになり、次が決まるまでのピンチヒッターとして僕が入ったんです。

原作のときから「ヒノカミ」の回はめちゃくちゃ面白い回になった手ごたえがあったし、先輩からも褒められて、とてもうれしかった記憶があります。
▲第40話(第5巻収録)より、炭治郎の“覚醒回”として名高い「ヒノカミ神楽」のシーン。亡き父からの教え、禰豆子との共闘など、“家族の絆”で鬼に一撃を浴びせた。©吾峠呼世晴/集英社
そんなうれしい記憶が、約3年越しにあんなスゴい作画で再び味わえるなんて感動でした。原作としてもひとつのピークだったので、あれだけ丁寧に描いてくれたufotableさんの感度の高さは素晴らしいなと思いました。

『鬼滅の刃』は、わかりやすさと作家性を兼ね備えている

これだけのブームは、『ジャンプ』作品でも特殊なのでしょうか?
これまでも多くの人気作品がありましたから一概には言えませんが、火のつき方という意味では異例かもしれません。歴代の人気作品は、最初から最後までスゴい人気だった。ですが『鬼滅の刃』のように、こんなにも右肩上がりでどんどん人気が加速していったケースは、入社以来10年間見たことがない

編集者にとってはあきらめずにやり続けるぞという気持ちにさせてくれる、夢と希望のつまった作品だと思います。
改めて『鬼滅の刃』がここまで人気を獲得できた理由は何だと思いますか?
小中学生でも理解できるわかりやすさと、作家性の両方を兼ね備えた作品であること。吾峠先生が連載を獲得するまでに何度も葛藤しながら培ったものと、もともと先生が備えていた才覚が重なり合った結果が、『鬼滅の刃』の魅力だと思います。

そういう意味でも、「先生の力」という一言に尽きますね。
この熱狂を、吾峠先生自身はどう受け止めていらっしゃるのでしょう?
もちろんうれしいとおっしゃっていますが、先生自身は何も変わらずに、粛々と漫画を描き続けています。職人なんですよね、先生は。いつも物語のことをいちばんに考えている。それは出会った頃から変わりません。
▲第24話(コミックス第3巻収録)の名シーン。「勝てないのでは…」と絶望に飲まれかけた炭治郎が、必死に自らを鼓舞する姿が共感を誘った。「本当に努力家」と片山氏が評する、吾峠先生の気概が象徴された場面ともいえる。ちなみに、前述の「俺は長男だから〜」も第24話のセリフだ。©吾峠呼世晴/集英社

「友情・努力・勝利」という標語を使ったことはない

『鬼滅の刃』に限らず『呪術廻戦』『チェンソーマン』など、いわゆる異能・異形系のバトル漫画が『ジャンプ』でも増えている気がします。これまでの『ジャンプ』とはまた少し違う流れのように感じるのですが、編集部のみなさんはどうとらえていますか?
よく新人の作家さんから「ジャンプらしい要素が必要ですか?」と聞かれるのですが、少なくとも僕は今まで作家さんに「ジャンプらしいものを書いてくれ」と言ったことは一度もありません。

基本的に『ジャンプ』は否定の歴史だと思っています。スゴい作家さんが現れて、人気が盛り上がって、そこからまた先人とは別の面白さを備えた作家さんが現れて、新しいブームが生まれてくる。そんな否定の歴史を繰り返して、『ジャンプ』は今日までやってきました。
じゃあ、よく聞く「友情・努力・勝利」という標語は?
僕は一度も標榜したことはないです。

むしろジャンプほど作家性と向き合い、作家さんの持ち味を活かそうとする雑誌はないと思っています。大事なのは、作品が面白いかどうか。そして、対象の読者に伝わるかどうかだけ。

もし今の『ジャンプ』を読んで「こんなのジャンプじゃない」と離脱する方がいても、それは自然なことなんだろうなと。なぜなら『ジャンプ』は変わり続けるものだから。異色の作品と呼ばれるものが出てくるのは、とても健全なことだと僕はとらえています。
片山達彦(かたやま・たつひこ)
2010年、集英社に入社し『週刊少年ジャンプ』配属。2011年6月より『最強ジャンプ』編集部に異動。2014年、再び『週刊少年ジャンプ』編集部に。主な編集担当作品に『ブラッククローバー』『鬼滅の刃』『呪術廻戦』など。

    作品情報

    漫画『鬼滅の刃』
    著者 吾峠呼世晴
    既刊19巻
    各 ¥440(税別)
    公式ポータルサイト
    https://kimetsu.com/


    ©吾峠呼世晴/集英社

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