働き方改革で残業時間は減った。だが、そのしわ寄せが時間外労働の適用除外にある管理職に及んでいる。ジャーナリストの溝上憲文氏は「メンタルがやられて病む人も増えている。管理職になりたい人の率はアジア太平洋の14カ国中最低という異常事態です」という。
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■ニッポンの課長のメンタルがやられて病院送り続発

日本の課長が壊れていく--。

企業の取材をしていると、そんな印象を抱かざるを得ないような話をしばしば耳にする。たとえば加工食品メーカーの人事部長は「働き方改革で残業時間の抑制を図っているが、時間外労働を適用除外されている管理職にしわ寄せが及んでいる」と語る。

「上限規制が施行されてから、残業時間は確かに減っていますが、それは課長が部下を早く帰し、その分を会社に残ってやっているからです。部下の仕事に加えて、上司の部長からも無理難題を押しつけられている。オーバーワーク気味の課長は多く、メンタルヘルスの相談に訪れる課長も以前より増えています」

病んでいる課長が増えているというのは深刻な事態だ。

マンパワーグループの中間管理職を対象にした調査(2019年8月16日)によると、「勤務先でどの程度、ストレスを感じているか」という質問に対する回答はこうだ。

「非常にストレスを感じている」(25.0%)
「ややストレスを感じている」(57.5%)

合計すると82.5%に上る。

ストレスの原因のトップは

「上司との関係」(47.0%)
「仕事量が多い」(36.4%)
「仕事の内容」(33.6%)

となっている。

課長の上司といえば部長や本部長などの経営幹部だ。5年ほど前に、彼らの思いつきや理不尽な命令が長時間労働につながっているとする説を本欄で述べたことがあるが、今も変わっていないようだ。

■なぜ、世の中の「課長本」は役に立たないのか

実際にこの調査でも「言うことがコロコロ変わる」「仕事内容を理解していない」「話が通じない」という声が上がっている。

部下との関係だけではなく、上司との間のギャップやズレがストレスを増大させていることがわかる。こうした傾向は今に始まったことではなく、平成の時代も長く続いていた。

JTBコミュニケーションデザインの課長1000人アンケート調査(2019年4月12日)によると、平成時代を課長として過ごした日々の感想を聞いたところ、多い順に、

「ストレスが多い」(46.8%)
「上司と部下の板ばさみになる」(37.1%)
「課長としてこれでいいのかと不安がある」(34.0%)
「忙しく、時間の余裕がない」(32.6%)

と続く。前向きな感想は少なく、つらい思い出だけしかないようだ。

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ではどうすれば課長としてうまくやっていけるのか。

課長のあるべき姿を説いた巷(ちまた)の「課長本」に出てくるのは「プレイヤーの仕事をしないで、部下の育成と指導を通じて課の成果を最大化すること」というフレーズが必ず登場する。確かに部下の育成は重要な仕事であることは間違いないし、そのことを十分に認識している課長も多いだろう。

しかし、「課長ですから、プレイヤーの仕事をやりません」で通じる時代ではない。それどころかプレイヤーの比重がむしろ高まっている。

■プレイヤーの仕事も含め「業務量が増加している」

産業能率大学の「上場企業の課長に関する実態調査」(2017年11月)によると、「プレイヤーとしての仕事がある」と答えた人は実に99.2%もいる。また、プレイヤーとしての活動がマネジメント業務に支障があると答えた人が59.1%も存在する。

さらに課長として悩んでいることで最も多いのは「部下がなかなか育たない」(39.9%)、2番目に多いのが「部下の人事評価が難しい」(31.9%)と、部下に関する悩みが上位を占める。しかも「部下の人事評価が難しい」「部下の人事評価のフィードバックがうまくできない」「部下が自分の指示通りに動かない」との回答は前回調査(2015年11月)より増加している。

これは明らかに部下とのコミュニケーションの時間が減っていることを物語る。

最大の原因はプレイヤーの仕事も含めて「業務量が増加している」からである。業務量が増加していると答えた課長は第一回調査(2010年9月調査)では54.2%だったが、今回は58.9%と、年々増え続けている。これでは部下育成などのマネジメント業務に支障を来すのは当然かもしれない。

そうでなくとも部下のマネジメントは以前よりも難しくなっている。昔は年上の課長の下に若い男性社員がいるのが職場の普通の光景だったが、女性社員の増加に加えて、雇用区分の異なる派遣や契約社員もいれば、近年では外国人社員もいる。そもそも管理職の数も減っている。

1989年には大卒の男性で50〜54歳の管理職比率は72.3%だったが、2017年には46.6%まで減少している(厚労省「賃金構造基本統計調査」、従業員1000人以上の企業)。

50代前半で2人に1人しか管理職になれないということは残りの半分は平社員、つまり年上の部下が増えているということだ。50代の平社員の中にはプライドだけは強いが、仕事の能力は今ひとつという人も少なくない。年下の上司が年上の部下を指導することはただでさえ難しい。

■「私も課長になりたい」と思う部下がいないワケ

それでも前出のJTBコミュニケーションデザインの調査で、令和の時代の課長としての意気込みを聞くと、30代の課長は「組織の長として部下を成長させたい」と答えた人が39.5%と2番目に多い。その意気込みはよいとしても年上の部下を育成するのは容易ではない。

ある大手通信会社では「部下育成を積極的にやりたい」と手を上げた30人の精鋭の課長を対象に3日間の「年上部下を活性化するための研修」を実施した。

研修では誰もが張り切って指導のノウハウを学んだが、その結果はどうだったのか。同社の人事担当者はこう語る。

「研修では上司としてのマインドチェンジやノウハウをたたき込みました。研修からしばらくして課長全員に個別に面談をしましたが、うまくやっていたのは残念ながら一人だけでした。それはなぜか。要するに忙しいからです。マインドチェンジをやり、ノウハウをいくら身につけても忙しくてやれない。解決すべきはノウハウなどではなく部下を指導するヒマを作るしかないのです。今の課長には、今日はちょっとヒマだからあいつの面倒を見てやるかという余裕もないのです」

結局、研修は無意味だという結論に達したという。

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部下の育成は課長の能力によるかもしれないが、それ以上に日本の会社が部下を育成する時間すら奪っているのが現状だろう。

部下にしても、自分の面倒を十分に見てくれないばかりか、自分の仕事に走り回り、夜遅くまで仕事をして疲れている課長を見ていて「私も課長になりたい」と思うだろうか。

■「管理職になりたい」インド86%、韓国60%、日本21%

パーソル総合研究所の「働く意識」の国際比較(アジア太平洋エリアの14カ国・地域)調査(2019年8月27日)によると、「管理職になりたい」という日本人の非管理者の割合は21.4%で最下位だった。

1位のインドは86.2%、13位のニュージーランドでさえ41.2%。日本人はその半分という異常な低さである。

管理職になりたくないというのは、部下の問題というより、その根源は「課長の働き方」にある。事業の中核を担う課長が疲れて、病んでいけば、いずれ経営そのものを弱体化させる。いや、すでに日本企業はそういう状態に陥っているのかもしれない。

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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)