英語で日本の観光情報を発信するサイト「Accessible Japan」を制作しているグリズデイル・バリージョシュアさん(筆者撮影)

障害のある外国人旅行者向けに、日本の観光情報を英語で発信しているウェブサイトがある。サイトの名前は「Accessible Japan」。制作しているのは東京都江戸川区に住む、グリズデイル・バリージョシュアさん(38)だ。

電動車いすの生活をしているグリズデイルさんは、自ら足を運んで観光地やホテル、交通機関などのバリアフリーを調査し、外国人向けに情報発信している。その情報は、日本人にも役に立つ内容だ。グリズデイルさんはサイトを見た人からの相談に直接応じているほか、ガイドの紹介もする。

筆者は前回の記事(『「東京パラ」に懸念、バリアフリー未整備の内実』)で、東京2020パラリンピックを前に、バリアフリーのホテルが足りない現状を指摘した。海外からの外国人訪日客が今後も多く見込まれる中で、当事者目線から考えることも重要になってくる。今回は電動車いすユーザーと外国人旅行客から見た東京のバリアフリーの課題を探る。

「日本に恩返しがしたい」とサイトを制作

グリズデイルさんはカナダで生まれ育った。生まれつき脳性まひと診断され、4歳から車いすの生活をしている。高校で日本語の授業を選択したことで、日本の文化に興味を持ち、日本が好きになったという。

「当時はITバブルの時代で、ITの仕事をしたいと思っていました。とくに印象的だったのが、任天堂やソニーなどの日本の企業です。日本語を勉強しながら、将来働けたらいいなと思っていました」

初めて日本を訪れたのは2000年。以来、何度も来日し、全国を旅行する中で、日本に住みたいと思うようになった。2007年に移住を決め、NPO法人のIT担当者として就職。現在はアゼリーグループ社会福祉法人江寿会のウェブマスターとして、特別養護老人ホームや幼稚園、保育園のホームページの制作業務を担当している。2016年に日本国籍を取得した。

「Accessible Japan」を開設したのは2015年春。最初はブログとして始めたところ、障害のある外国人旅行者からの問い合わせが多くなった。そこで観光名所のバリアフリー情報や宿泊可能なホテル、交通機関、トイレ、会話集などのコンテンツを充実させることで、今の形ができた。

「ウェブサイトを作ったのは、日本に何か恩返しがしたい、日本の役に立ちたいと考えたからです。初めて日本に来たとき、バリアフリーの情報だけでなく、英語の観光情報自体がほとんどありませんでした。障害のある人たちがもっと簡単に日本に来ることができるようになればと思い、自分があったらいいなと思う情報をアップしています」

グリズデイルさんに東京のバリアフリーの現状と課題について話してもらった。まずはホテル。グリズデイルさんの実感では、東京都内のバリアフリーのホテルは決して多くない。サイトでは4月8日現在、東京都内の67のホテルを掲載。バリアフリーの客室の広さや、浴室のシャワーチェアや手すりの有無、トイレの背もたれの有無などを解説している。

問題はバリアフリーの部屋を複数持つホテルがわずかしかないこと。最も多いのは新宿区の京王プラザホテルで13室。三井ガーデンホテルは6室あるところが2カ所、3室あるところが1カ所あるが、そのほかのホテルでは1室しかないところが多い。

外国人が予約しづらいバリアフリーの部屋

しかし、問題はそれだけではない。現状では外国人がバリアフリーの部屋を探すこと自体が困難だという。

「ほとんどのホテルのホームページは、バリアフリーについて日本語では書いていますが、英語版のページには書いていません。それに多くのホテルがメールアドレスを掲載していないので、外国人は連絡が取りにくいのです。電話では英語が通じているのかわからないことも多く、不安になります」

日本のバリアフリーの部屋を調べているうちに、グリズデイルさんが驚いたことがある。それはスタンダードの部屋しかないことだった。アメリカのホテルでは、デラックスルームやスイートルームなど、すべてのグレードの部屋にバリアフリーの部屋がある。

「おそらく日本のホテルの関係者は、障害のある人はお金を持っていないと思い込んでいるのだと思います。しかし、そんなことはありません。先日、ラグビーのワールドカップを見に東京に行きたいという問い合わせがあり、その方は5つ星ホテルのバリアフリールームを5週間予約しました。車いすユーザーにもビジネスで成功している人はいますからお金がないと思うのは間違いです」

続いては交通機関。世界の都市に比べて、東京の電車や地下鉄はバリアフリーが進んでいると、グリズデイルさんは高く評価している。

「私が初めて来日したときは、まだバリアフリー化した駅は少なかったのですが、今はほぼ整備されました。駅員さんがスロープを出してくれる姿を見て、感動する観光客もいます」

ただ、課題もある。それは車いすユーザーが一度にたくさん来たときの対応だ。日本の駅のエレベーターは、車いすが1台か2台しか乗れない大きさのものが多い。そのため複数の車いすユーザーが同時に来た場合、移動に予想以上の時間がかかるという。


電車に乗るときは駅員がスロープを用意。外国から来た車いすユーザーからも好評だ(写真提供:グリズデイル氏)

「車いすユーザー3人がJR浅草橋駅から秋葉原駅まで1駅移動するのに、40分以上かかったことがあります。いくら車いすユーザーでも、1人での移動であればそんなに時間はかかりません。エレベーターには1台しか乗れず、対応する駅員さんの数も限られているため、複数のグループが一緒に行動しようとすると時間がかかるのです。

オリンピックとパラリンピックのときには、もっとたくさんの車いすユーザーが同時に移動するでしょう。混雑を軽減するためには、駅のスタッフを短期的に増やす必要があるのではないでしょうか」

日本の世界遺産にバスで行けない…

さらに、東京からほかの都市に移動する場合は、多くの人が困難に直面する。国土交通省の調査では、高速バスを含む乗合バスのうち、スロープやリフトが付いているバスは、2017年末の時点で5.9%しかない。

グリズデイルさんによると、外国人観光客に人気が高い世界遺産の白川郷に、車いすユーザーが交通機関を使って訪れようと思っても、リフト付きなどのバスがないため、タクシーや車でなければ行けないそうだ。

またJRの新幹線での移動は、障害のある人は事前予約が必要になる。そのうえ、会社によって予約のルールが異なっている。JR東海は当日でも電話予約ができるが、JR東日本、JR西日本、JR九州の新幹線は電話で予約できるのは基本的に2日前までだ。

乗車の前日、もしくは当日になってしまった場合は窓口に行く必要があるうえ、乗降時に対応する駅員の確保のため、長時間待たされてしまう。JR東日本は筆者の取材に対して「前日、当日でも電話を受け付けるが、駅員を確保できず対応できない場合がある」と回答している。

「車いすの場合、電話予約が2日前までに必要という情報は、ほとんどの外国人は知りません。当日にチケットを買おうとしたときに健常者はスマホで予約ができるのに、障害のある人が窓口で待たされるのは、やはりおかしいと思います。外国人観光客の多くはJRが乗り放題になるジャパン・レール・パスを購入します。せめてパスを購入するホームページに、障害のある人は必ず早めに予約してくださいと書いてもらえれば、問題はある程度解決するのではないでしょうか」

最後は観光地について聞いた。グリズデイルさんが東京でお勧めするのは東京スカイツリーから浅草寺をめぐるコースだ。

「スカイツリーと浅草寺はバリアフリー化されています。浅草寺には景観にあわせたエレベーターがあり、本堂に上がれるので人気です。予約をすれば人力車に乗ることもできます。ほかのエリアでは、明治神宮もスロープが整備されているので、明治神宮から原宿のコースもお勧めですね」

しかし、車いすユーザーの誰もが困っていることがある。それは食事だ。

外国人に人気の日本料理店に入るのが難しい

「東京のレストランはどこも狭く、入り口に段差があるため店内に入れません。外国人観光客は和食を食べたいのですが、路面店だけでなく、デパートの中にある店も含めて、段差があって入れないところがほとんどです。ラーメンも人気ですが、狭い店が多く車いすで入れる店はまれです」


明治神宮内に設置されているスロープ。介助者の手を借りることなく参拝することができる(筆者撮影)

「Accessible Japan」ではアプリなどを使って、車いすユーザーだけでなく、視覚や聴覚に障害がある人でも利用しやすいレストランを探す方法を紹介している。

ただ和食に関しては車いすのグループで入れるところはなく、グリズデイルさんも洋食のレストランを案内しているという。

「店の入り口にスロープがあれば解決するのですが、どこも整備していません。スロープだけならそれほど費用はかからないはずです。日本を訪れた人が、食事に関しては残念に思うのではないかと心配しています」

グリズデイルさんに聞いた東京のバリアフリーの現状は、交通機関などはある程度整備されているが、レストランなどまったく進んでいない分野もあった。

イギリスでは障害のある人や高齢者などの旅行需要を調査したところ、日本円で年間1.7兆円のマーケットがあることがわかっているという。障害のあるなしにかかわらず、誰もが観光や食事を楽しめる環境をつくることは、ビジネスの面からも将来の投資につながるとグリズデイルさんは考えている。

バリアフリーは「将来への投資」

「バリアフリーにお金をかけるのは無駄なお金ではありません。ビジネスへの投資です。オリンピックとパラリンピックのときはもちろん、10年後には今よりもずっと多くの車いすユーザーが、国内外から観光に訪れるようになるでしょう。そのときに、日本にはユニバーサルツーリズム世界一の国になってほしいと思っています」

グリズデイルさんの活動は年々広がっている。今年2月には観光庁が主催した「ユニバーサルツーリズム促進に向けた実証事業」のパネルディスカッションに、パネラーとして登壇した。こうした活動の中でも、情報提供の重要性を強調している。

「障害のある人の多くは、自分が行く場所のことを事前にインターネットなどで調べます。調べた結果、最初からできないことがわかれば問題はありません。困るのは情報がないことです。情報がないと不安になります。情報提供によってその不安をなくしたいと思っています」

グリズデイルさんは1人でも多くの人が日本での旅行を楽しめるように、今後も情報発信を続けていく。オリンピックとパラリンピック、それに観光客の受け入れに関わる行政や関係者は、グリズデイルさんの建設的な提言に耳を傾ける必要があるのではないだろうか。