思考を鍛えるにはどうすればいいのか。事業家で思想家の山口揚平氏は「新聞は読まないほうがいい。新聞は情報が多すぎる。情報はスポンジのように意識を吸い尽くす『毒』だ。思考を鍛えたいのであれば、情報を減らしたほうがいい」という――。

※本稿は、山口揚平『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■「高層ビルがガラス張り」の理由を考えたことがあるか

「なぜ、大半の高層ビルはガラス張りなのか?」

素朴な疑問だが、その答えを知っている人は少ない。ガラス張りはデザイン的に良いからなのか、いつでも取り替えられるからなのか。いずれも間違いではないが、本当の理由はもっと単純で、ビル全体を軽量化できコストを下げられるからだ。

コンクリートでビルを形成するとビル全体が重くなり、それを支えるために膨大なコストがかかる。ガラスを用いればビルを軽くできる。

ただ毎日をなんとなく暮らしている都会人は、この素朴な疑問に答えられないだろう。ビル自体が日常風景の中に溶け込み、疑問にすら思わないからである。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/artisteer)

しかし、地方から東京に遊びにきた子どもが高層ビル群を眺めたら、「なんでガラス張りの建物ばかりなの?」と思うだろう。そしてその解を手元のスマホで探すことになる。今の時代、解は調べればすぐにわかる。

地方の人が都会の風景に関心を持つように、実は物事と距離を置くことはとても価値がある。しかし私たちは目の前の仕事と日常につい追われ、時間を消費し、本当に解くべき問いを間違える。

日本全体の問題は、少子化でも高齢化でもない。私たち現役世代の、正しく問いを立てる力の低下にある。

「解を問う」のが20世紀の教育だったならば、「問いを問う」のが21世紀の教育であろう。だから私たちはもっと旅に出て、外の世界から考えなければいけない。

グーグルはいつでも解を教えてくれるが、問いは教えてくれないからだ。

■知識量よりも「愛嬌力」の時代

「頭が良い人」と聞くと、あなたはどのような人を思い浮かべるだろうか。

20世紀は「頭が良い人」と言えば、高学歴の人や知識が豊富な人を指した。パソコンにたとえればハードディスクの容量が大きい人である。

求められる能力は「思考力・想像力」へシフトする(図表=『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』)

だが量販店に行けば1テラバイトのハードディスクが数千円で買える今、知識や情報の物量に価値はない。むしろ過去の思い出や使う予定のない情報がいっぱい詰まったハードディスクはジャンクであり、どんどん捨てていく必要がある。

「頭の良さ」は、20世紀から21世紀で変化している。思考力や想像力が重要になり、情報や知識などのハードディスクは重要ではなくなっているのだ。

かつてはウルトラクイズなど、知識が豊富であれば人気者になることができたが、これからは情報量より、いつでもグーグルを検索して答えを引き出せる「うろ覚え力」が大切になる。短期記憶力よりも、人に何でも聞ける「愛嬌力」のほうが必要だ。

また思考力・想像力を養うことができれば、「問いを問う力」や「つながりを見出す力」、「物事をイメージする力」、さらには「ストーリーテリング力」など、幅広い能力を培うことができる(図表1)。

■現代日本で真に賢いのは「お笑い芸人」である

こう考えると現代の日本で最も賢いのは大学教授や政治家、官僚、大企業の役員やベンチャー起業家ではないように思われる。たしかに彼らは知的かもしれないが、真に賢い(ストリートスマート)のは「お笑い芸人」だと私は考える。

芸人の多くは学歴を重視しないから知識や情報こそ少なくても、それらを組み合わせて本質を見出し、物語として人に伝え、受け入れてもらう(笑ってもらう)というあらゆる思考ができる。

ビートたけし氏の例はもちろん、芥川賞作家の又吉直樹氏や劇団ひとり氏、バカリズム氏と、さまざまな芸人が漫才・コント・MC・脚本・物語作家・映画監督・役者を器用にこなす。その知性は、図表1に挙げた「つながりを見出す力」であり、「物事をイメージする力」、さらには「ストーリーテリング力」と合致する。

5万人以上と言われるお笑い芸人とその志望者のうち、その1000分の1のわずか50人程度がテレビで活躍する現状を見ると、彼らの優秀さがうかがい知れる。

■発明や発見ができるのは「考える」人

20世紀までがハードディスク(情報・知識)主体の時代だったとすれば、21世紀はCPU(思考力・想像力)が主体になる時代である。

これからの時代はハードディスクから解を抜くのではない。問いそのものを問い直す必要があるからだ。問いを問い直すことはたやすいことではない。常に考え続ける必要があるし、流れに逆らうことでもあるから、苦痛な作業である。

ここでフォード社の創業者、ヘンリー・フォード氏の逸話を紹介したい。

あるとき、知識人と呼ばれる人たちがフォード社を訪れた。フォード氏は落ち着いて「皆さん、どのような質問でも良いです。答えてご覧に入れます」と言った。

小学校しか出ていないフォード氏の無知さを晒そうと、知識人が次から次へと質問を浴びせると、フォード氏はおもむろに電話を取り上げて、部下を呼びつけた。そしてそれらの質問にあっさりと答えさせてこう言った。

「私は何か問題が起こったら、非常に優秀な、私よりも頭の良い人を雇い、答えを出させます。そうすれば、自分の頭はすっきりした状態に保つことができますから。そして自分はもっと大事なことに時間を使います。それはたとえば、『考える』ということなのです」

つまりフォード氏の本当のメッセージは、「考えることは過酷な仕事だ。だからそれをやろうとする人がこんなにも少ない」ということだ。

常識に果敢に挑戦し、発明や発見を行う人物に共通するのは「考える」ことであり、決して知識や情報量の多さではない。

■21世紀において「知識」はお金を生まない

20世紀にお金を生むのは知識だった。そう指摘したのは経営学者のピーター・ドラッカー氏だ。21世紀では知識はお金を生まないだろう。知識は誰でも手に入る。お金を生むのは社会的関係(信用)である。ただ21世紀、知識はあらゆるコストを下げるために使われる。健康に関する知識があれば治療費や保険料が下がるのは言わずもがな、確かな知識と情報は購買にかけるコストをも下げる。

たとえば先日、私はスーツを新調することにした。ファッションに疎いので周囲にアドバイスを求めたら、どうやらエルメネジルド・ゼニアのスーツが最近評判が良いことがわかった。早速お店に行って値札を見たら、普段見るものより桁が一個多い。外見は信用力に影響するので妥協すべきではないが、さすがに50万円は予算オーバーだ。そこで私はスーツに関する情報をグーグルから拾い出した。

スーツは、いわゆるイタリアブランドも東欧で縫製されているのが主であるし、結局のところ、型と生地と縫製の組み合わせで成り立っている。ならば既成品をそのまま買うのではなく、個別に入手して自分で組み合わせたほうが安いと考えた。

■50万円のブランド品を25万円で手に入れる「知識」

私は同じ銀座にあるオンワードのオーダーメイドの店へ向かった。店員に聞くとゼニアの型もあるし、ゼニアの生地(そもそもゼニアは生地メーカーである)を周辺のデパートから取り寄せることもできると言う。

こうして私は、ゼニアで買うのと変わらないスーツを半値で手に入れることができた。違いは縫製とタグがゼニアのものではないことだが、本当にタグが必要なら、どこかのショッピングサイトで調達できるだろう(その必要は感じないが)。

50万円のブランド品を25万円で手に入れることができたのは、知識があったのと少しばかり考えた(スーツの購入に必要なプロセスを分解して個別に発注した)からにすぎない。

個別の部品知識と組み合わせの方法さえ知っておけば、現代ではあらゆる高額製品(たとえば家や家具、車、会社の経営資源など)をそのまま買う必要はない。

21世紀において、知識はお金にならないが、コストを下げることができるのだ。

■情報量が増えるほど人は考えなくなる

情報を軽視するつもりはない。だが「思考>情報」を若い頃から徹底し、実践している経験から、思考は情報に勝ると思う。情報はあくまでも思考のための“潤滑油”である。情報はあくまでも思考の素材であり、目的ではないのだ。

世の中は超情報化社会と言われるが、情報量が増えれば増えるほど人は思考しなくなる。これを私は「思考と情報のパラドクス」と呼ぶ(図表2)。

「思考量>情報量」を意識することが大切(図表=『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』)

思考を鍛えたいのであれば、情報を減らし、思考の割合を増やすことだ。痩せたいのなら筋トレ(思考)の前に炭水化物(情報)を控えろ、と言われるのに似ている。

思考の正体とは「意識を自由に動かすこと」にある。人の意識は有限なのに、むやみに情報を取り入れてしまうと、意識はそれらの情報と結合してしまう。これが「固定観念」というものである。

情報はスポンジのように意識を吸い尽くす「毒」でもある。

毒となる情報に意識が囚われると、頭がカチコチに固まってしまうのだ。

賢い人というのは頭が柔らかい人であり、それは意識が自由な状態の人を指す。情報に意識が絡め取られておらず、ニュートラルな状態にあるとも言える。だからこそ自由に意識を漂わせ、前提を疑い、問いを改めることができるのだ。

■新聞は「化学調味料満載の不健康な食材」のようなもの

山口揚平『1日3時間だけ働いておだやかに暮らすための思考法』(プレジデント社)

こうした理由で私は、22歳の頃から新聞を読んでいない。もちろん必要な情報があればしかるべき人に聞き、新聞のデータベース検索も使って情報を取りに行く。最先端の情報も入手する。

だが、今の記事はそもそもピントが合っていないと思われるし、事実かどうかすらわからない。新聞とは毎日軽トラックで化学調味料満載の不健康な食材を運んでいるようなものであり、思考活動の妨げになると考えている。

もし情報の洪水から逃れたいのなら、一定期間、情報を遮断することだろう。これを「情報デトックス」と言う。日本語の通じない海外に行くのも良いし、ネット回線がつながらない山奥の湯治場に身を置くのも良い。情報流入量を常に意識して、「思考量>情報量」という状態を維持することが大切である。

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山口 揚平(やまぐち・ようへい)
事業家・思想家
早稲田大学政治経済学部卒。東京大学大学院修士(社会情報学修士)。専門は、貨幣論、情報化社会論。1990年代より大手外資系コンサルティング会社でM&Aに従事し、カネボウやダイエーなどの企業再生に携わったあと30歳で独立・起業。劇団経営、海外ビジネス研修プログラミング事業をはじめとする複数の事業、会社を経営するかたわら、執筆・講演活動を行っている。

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(事業家・思想家 山口 揚平 写真=iStock.com)