「あれは打ち合わせしている。狙いがある」。自民党の閣僚経験者の一人はこう語ります。

募集拒否を敵視

 「あれ」とは1月30日の衆院代表質問での自民党の二階俊博幹事長と安倍晋三首相とのやりとり。二階氏は「総理は一昨年、憲法改正に向けた基本的考え方をお示しになった。これらについて総理のお気持ちを国民の皆さんにしっかりとお聞かせください」と質問。これに対し安倍首相は「憲法改正の内容について内閣総理大臣としてこの場でお答えをすることは本来差し控えるべきですが、私の気持ちを述べよとのことですので丁寧に答えさせていただきたい」などとして、5分近くにわたって9条改憲の主張をまくしたてました。

 安倍首相は、その中で「今なお自衛隊に関するいわれなき批判や反対運動、自治体による非協力な対応」があると問題視。自衛官の募集の実施を拒否し、受験票の受理も行っていない自治体があるなどとし、「隊員募集に必要となる所要の協力が得られていない」と強調しました。そして「優秀な人材確保のためには地域に密着した採用活動が重要だが、自衛隊の採用説明会等の取りやめを求める要請がさまざまな団体により行われている」として「このような状況に終止符を打つ」「命を賭して任務を遂行する隊員の正当性を明文化することは、国防の根幹に関わる」と発言したのです。

 安倍首相の発言について政治学者の五十嵐仁法政大学名誉教授は「改憲の狙いの一つが自衛隊の増強、大軍拡を強めるためであると明瞭にしたものだ。自衛隊を正当化して“市民権”を確立し募集をスムーズにすると宣言している」と指弾しました。

 永山茂樹東海大教授(憲法学)は「自治体の役割は住民福祉の実現であり、憲法の平和主義を重視して自衛隊員募集を拒否したなら地方自治の存在目的に合致するともいえる。そもそも自治体は100%国の言うことに従わなければならないものではない」と指摘。「首相が自治体が言うことを聞かないことを一方的に『残念だ』などというのは強圧的であり、9条改憲の狙いが自治体の役割を制約することにあることを示す重大な発言だ」と述べます。

「意図的な発言」

 日本会議国会議員懇談会所属の自民党議員の一人は「露骨な首相発言の形を避けながら、相当インテンショナル(意図的)な発言だ。9条で国は守れない。現に自衛隊は欠員状態だ」と述べ、自衛隊増強の意図を隠しません。

「改憲反対」世論に首相焦り

参院選向け“決戦”

 安倍首相は施政方針演説でも改憲について「憲法審査会の場において各党の議論が深められる」などと述べていましたが、昨年秋の臨時国会で“政党が具体的な改正案を示せ”などと指図をしたことに比べると「トーンダウン」の印象も与えました。

 同臨時国会では、3権分立にも反する首相自身の強硬な姿勢と、改憲推進本部や総務会長など自民党の要職、衆参の憲法審査会幹事に首相の盟友・側近をズラリと配置する「改憲シフト」が国民世論と野党の激しい反発を招き、首相が明言していた改憲案提示も断念に追い込まれました。

草の根憲法対決

 これを踏まえ、安倍首相と日本会議勢力も一定の戦術変更を余儀なくされています。1日に日本記者クラブで講演した自民党の下村博文憲法改正推進本部長は「先の臨時国会では、いままで通りと違うやり方を取ろうとしてうまくいかなくなった」と吐露。改憲論議では与野党合意を重視するという「憲法調査会以来の従来のやり方」に沿って「野党に丁寧に説明する」などと述べました。

 安倍首相の1月30日の発言は、施政方針演説の中では控えめにするが、「聞かれたから自分の気持ちを答える」という形なら文句はつけられないだろうといわんばかりのもの。飽くなき改憲への執念と首相主導の改憲への反発との深いジレンマの中で、姑息(こそく)さすらにじむやり方です。

 下村氏は1日の講演で「首相としては改憲を言わないが、昨日の(ママ)国会でも総理としての立場ではなくあえて質問されれば自民党総裁として9条について結構時間をかけて答えていますよ」と笑みを浮かべました。

 日本会議議連関係者の一人は「昨年の臨時国会で強行突破を図ろうとしてうまくいかなかったが、改憲の位置づけはまったく変わっていない。2020年施行という点でもう時間はない。国民運動を構築して世論を動かすためにも、総理自身が強い姿勢を示す必要がある。(1月)30日の首相の発言ははっきりそれを示した」と強調しました。

 2月10日の自民党党大会に向けた同党運動方針案では、「改めて国民世論を呼び覚まし、新しい時代に即した憲法の改正に向けて道筋をつける」と明記。全国の小選挙区単位で憲法改正推進本部の設置を急ぎ、草の根の憲法対決を強めています。

3000万人署名の力

 これに関連して下村氏は1月27日、松山市での講演で、統一地方選で積極的に憲法論議を展開するよう要請。「統一地方選で憲法を論議することへのマイナスイメージを払拭(ふっしょく)する」と意欲を示しました。自民党は10日の党大会の前日に、都道府県の憲法改正推進本部の責任者をあつめ、都道府県や小選挙区レベルで新たに憲法議論をするのに何が必要かを検討するとしています。

 こうした自民党の動きに対し五十嵐仁法政大名誉教授は「『安倍政権のもとでの改憲』は危ないという世論の強さへの警戒、焦燥感のあらわれだ。このままでは発議しても勝てないし、発議すら危うくなり、草の根から切り返していかないとまずいと思っている。これは3000万人署名運動の威力であり、参院選へ向けて決戦の様相がますます強まっている」と強調します。(中祖寅一、日隈広志)