Jリーグに在籍した歴代外国選手について語った宮澤ミシェル
サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第78回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

今回のテーマは、Jリーグに在籍した外国人選手について。最近では、イニエスタやF・トーレス、ジョーなどワールドクラスの外国人選手が加入し盛り上がっているが、90年代のJリーグにも数々のスター選手が在籍していた。そんな中でも宮澤ミシェルの記憶に強烈に残っている選手とは?

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スペイン代表としてW杯ロシア大会に出場したアンドレス・イニエスタがヴィッセル神戸、元スペイン代表FWのフェルナンド・トーレスがサガン鳥栖、元ブラジル代表FWのジョーが名古屋グランパスに加わった。

Jリーグにワールドクラスの選手が、それもひとりではなく何人も来てくれて、来季からはさらに元スペイン代表FWのダビド・ビジャもヴィッセル神戸への加入が決まった。これだけ夢のある話が続くと、Jリーグが誕生したばかりの頃を思い出してしまうな。

ジーコ(91-94住友金属、鹿島/ブラジル)、リトバルスキー(93-94市原ほか/ドイツ)、リネカー(93-94名古屋/イングランド)、カレカ(93-95柏/ブラジル)、ストイコヴィッチ(94-01名古屋/セルビア)、ブッフバルト(94-97浦和/ドイツ)、レオナルド(94-96鹿島/ブラジル)、ドゥンガ(95-98磐田/ブラジル)、エムボマ(97-98G大阪/カメルーン)、スキラッチ(94-98磐田/イタリア)、ラモン・ディアス(93-95横浜M/アルゼンチン)、ミカエル・ラウドルップ(96-97・神戸/デンマーク)、ストイチコフ(98-99・柏/ブルガリア)。

挙げたらキリがないくらいだし、どの選手もワールドカップで大活躍した選手ばかり。いまの若い人にはピンとこないかもしれないが、創成期だった90年代のJリーグでは錚々たる世界の名手たちが、普通にプレーしていたんだ。

そのなかでボクの記憶に強烈に残っているのがアルシンド。93-94年シーズンにジーコに誘われて鹿島アントラーズに加入し、その後はヴェルディ川崎やコンサドーレ札幌にも所属した。代表クラスの選手ではなかったけれど、あの抜群のスピードと得点嗅覚は強烈だったよ。

ジーコと一緒にプレーしていた頃の彼は、獰猛なハンターだったよ。ジーコが相手選手に囲まれてボールを失いそうになると、味方が誰もいなくてもDFラインの間に捨てボールを蹴るんだよ。攻守を切り替えるための時間稼ぎ。

だけど、アルシンドがその捨てパスに追いついちゃうんだ。ジーコはブラジルでは神様で、自分を日本に招いてくれた恩人でしょ。ジーコがボールを持ったときの体の向きから判断して、動き出しているんだもの。全部のパスを受けてやるという必死さがあったよね。

対戦していた私としては、たまったもんじゃなかったよ。自分の裏のスペースを狙う選手はいなかったはずなのに、ジーコが捨てパスを出すと、アルシンドがブワーっと駆け抜けていってゴールを決めちゃうんだから。

アルシンドがJリーグを去った後も、スピードを生かしてゴールを決めるブラジル人選手はJリーグで活躍した。エメルソン(00-05浦和ほか/ブラジル)、アラウージョ(04-05G大阪ほか)、フッキ(05-08東京Vほか)、マグノアウベス(06-07G大阪)などがインパクトを残したよね。ただ、みんな活躍すると中東諸国のクラブに引き抜かれちゃった。

選手にとって契約の金額は自分がどう評価されているかの判断材料だからね。ただ、人を動かすのはそればかりではないし、それは日本人も外国人も同じ。ハリルホジッチから西野朗さんに日本代表監督が変わった途端に、ベテラン選手が生き返ったように、選手にとって意気に感じられる環境があることも大切なんだよ。

イニエスタをはじめとする世界的スターが、プレーだけではなく、生活環境が整っていることでJリーグを選び出しているのは、そういうこと。これからももっと多くの世界的名手が来てくれることを期待しているよ。そしてもっともっとワクワクさせてほしいね。

構成/津金壱郎 撮影/山本雷太