「度会県」をご存知だろうか。

 読み方は「わたらい県」。中国や台湾の県ではない、れっきとした日本の県だ。
 ここに来て、約140年前に消滅したこの「幻の県」を復活させようという動きがある。
 果たしてその目的とは――。

◆140年前の県が復活!「関係人口の想いをつなぐ」ため!?

 度会県は、廃藩置県により1871年に発足。その前身は、1868年に設置された度会府であった。県庁所在地を現在の伊勢市・近鉄宇治山田駅前に置き、松阪市、鳥羽市、尾鷲市など三重県南部の大半を管轄地域としていたが、三重県(旧・安濃津県)との合併に伴い1876年に消滅していた。僅か数年しか存在しなかったこの県名は、今では三重県民でさえも知らない人が少なくない。

 度会県の「復活」を図ったのは、その度会県を吸収合併した三重県の部局の1つである三重県地域連携部南部地域活性化局。8月20日には、復活第一段の企画としてバーチャル上で「度会県公式ウェブサイト」が開設された。

 近年、「うどん県」や「おんせん県」といった架空の県名でその土地の名物をPRする例は多くみられるが、明治時代の、それも言っては悪いが「非常にマイナー」な県名を今になってアピールすることは珍しく、地理ファン・歴史ファンにとっては注目すべきことであろう。

 度会県のウェブサイトでは「県民」の募集や電子県民証の作成、応援メッセージの掲載、定期的な度会県広報(メールマガジン)の配信が行われるほか、「県民参加型プロジェクト」「度会県民の集い」などの参加者募集も実施。11月現在は約600人が「県民登録」をおこなっている。また、facebookでも度会県に関する情報の発信が開始されている。

 実は、今回の「度会県復活」は、総務省「『関係人口』創出事業」モデル事業の一環として、三重県及び県内5市8町により企画されたもの。三重県によると、今回の取り組みのコンセプトは、「地域の願いと関係人口の想いをつなぐ」ことだという。

◆「復活」の裏にある深刻な「過疎化」問題

 度会県エリアは太平洋ベルト沿いのなかで最も「過疎化・少子高齢化」が進行している地域の1つだ。

 現在の度会県エリアは伊勢神宮、熊野古道、志摩スペイン村、鳥羽水族館、伊勢海老、松阪牛など有名観光地や特産品を多く抱える一方、個々の観光地以外は比較的「地味」な存在であり、さらに伊勢市では2015年から2040年にかけて人口が2割ほど、志摩市、鳥羽市、尾鷲市では半分前後も減少する予想が出される(国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」(2018年度版)による)など、過疎化・少子高齢化が非常に深刻な問題となっている。

 さらに度会県エリアは大阪や名古屋にも比較的近いため、進学や就職の際に大都市圏へと転出する出身者が多く、地域づくり活動の担い手が少なくなっている。

 そこで考え出されたのが「140年前に消滅した県」を軸にした地域活性化策だ。その目標は「度会県復活」により度会県エリアの魅力をアピールすることで関係人口・交流人口の増加を図るとともに、関連イベントを実施することで、三重県内でも特に過疎化・少子高齢化が著しい度会県エリア関係者(関係人口)の「ふるさとに対して何か役に立ちたい」という想いを実現する場を作っていくことだという。

 そのために実施されているイベントの1つが「度会県民の集い」だ。度会県民の集いは度会県エリアに関係する人、また地域に興味を持つ人の交流会で、度会県エリアの出身者でなくても参加可能。10月13日には第一段として東京・日本橋の三重県アンテナショップ「三重テラス」で開催されたほか、今後は大阪など他地域でも同様のイベントが開催される予定だ。この「度会県民の集い」は、永年地域を離れている度会県出身者がリアルな交流をおこなうことで「継続的なつながり」を生み出し、もう一度地元のことを思い出して貰うキッカケを生み出すとともに、度会県エリアに興味を持つ大都市出身者に対して地域のことをアピールし、関係人口を増やすための場にもなっている。

 このほか、度会県エリアでは「度会県民参加型プロジェクト」として廃校の活用方法など地域課題解決イベントも実施されている。こうした住民同士が地域問題を話し合うための場を多く設けることは、度会県エリアの住民にとって地元に対する愛着を深めるキッカケにもなり、人口流出に歯止めをかける手段の1つにもなりうる。

 つまり「度会県復活」は、観光地以外では何かと「地味」な存在であった三重県南部エリアに関係する人々に対して、地域のことを深く考えて貰うための企画であったのだ。

◆あまりに「地味」! 現実世界の「度会県」はいずこへ?

 さて、ここまで「度会県」の復活による「地域づくり」に対する取り組みについて述べてきた。

 一方で、現実世界の「度会県」の目立った面影は、現在の近鉄宇治山田駅前にある「度会府庁跡」(のちの度会県庁)の看板くらいに留まっている。

 取材に応じた三重県地域連携部南部地域活性化局の担当者によると、今のところ「度会県の取り組みでは現実社会にある関連資産の活用までは想定していない」といい、現実世界の三重県南部に「うどん県」や「おんせん県」のように「ようこそ度会県」のような看板を作る予定はないという。また「度会県復活」に呼応するかたちで、民間レベルで「度会県」をアピールするというような目立った動きもまだ起きていない。

 地域活性化のため「140年前に消滅した県を復活」というユニークな手法を採った今回の取り組み。しかし「度会県」の名前で興味を持つのは地理ファン・歴史ファンくらいなもので、「度会県」自体の知名度の低さをカバーするには至っていない。これでは、地域にそれほど興味がない人にとっては「何かと地味な三重県南部」が「とてもマイナーな度会県」を復活させただけの話に留まってしまうのではないだろうか。

 まだまだ「度会県復活」の取り組みは始まったばかりだ。三重県民でさえも知らない人が少なくない「度会県」が「うどん県」のように市民権を得て、いずれは「三重県南部活性化の起爆剤」となる日が来るのか――単なる県の一部局の取り組みに留まらず、三重県の、そして「度会県民」からの「更なる一手」が生まれるかが注目される。

 多くの観光客が行き交う近鉄宇治山田駅前にありながら、今は観光客が見向きもしない「度会府庁跡」の看板が、近い将来「一大観光地」となる日が来る……のかも知れない。

 度会県の県民登録は実際にそこに住んでいない人であっても可能だ。あなたもこれを機に度会県公式サイトへとアクセスして「度会県民」になってみてはどうだろうか。

<取材・文/淡川雄太 若杉優貴 撮影/愛須圭一郎(都市商業研究所)>

【都市商業研究所】
若手研究者で作る「商業」と「まちづくり」の研究団体。Webサイト「都商研ニュース」では、研究員の独自取材や各社のプレスリリースなどを基に、商業とまちづくりに興味がある人に対して「都市」と「商業」の動きを分かりやすく解説している。Twitterアカウントは「@toshouken」