■推定規定が、無戸籍者を生む

いま日本に無戸籍者が715人いるといったら驚くだろうか。これは現時点で法務省が把握している数字(2018年8月10日現在)で、実際はさらに多くの無戸籍者がいるとみられる。現代日本で、なぜ無戸籍者が生まれるのか。

じつは無戸籍者の約75%は、「嫡出推定」を避けるために親が無戸籍を選んだ人たちだ。

嫡出推定とは何か。まず結婚生活が破たんした別居中の夫婦を想定してもらいたい。妻は離婚を望んでいるが、夫は了承しない。そのうちに妻に新しいパートナーができて妊娠・出産。このとき生まれた子どもは生物学上、新パートナーの子である。

ただ、夫が「妻と性交渉はあった。自分の子だ」と主張したら、子の父がだれかが、宙ぶらりんの状態になる。そこで民法に、妻が婚姻中に妊娠した子は、夫の子と推定するという嫡出推定規定が設けられている。血のつながりに関係なく、法律上は夫の子と推定して子の地位を安定させるのである。離婚後300日以内に生まれた子は、婚姻中に妊娠したと推定される。

本当の父親が新しいパートナーである場合、別居中の夫や元夫の子として届け出るのは心理的な抵抗があるだろう。法律上の父子関係になれば、夫や元夫にも面会交流の権利が生じる。夫や元夫が実子ではない子と面会して虐待を加えた事例もある。子の安全を守るために、子を無戸籍にせざるをえないことがあるのだ。

無戸籍は不利益が大きい。住民票が作れないので、乳幼児健診を受けられず、自治体からの就学通知も届かない。この問題に詳しい作花知志弁護士は実態をこう明かす。

「住民票がないと、銀行口座が作れないため、友人の口座に送金してもらっている人もいます。パスポートも作れないので、海外ホームステイを断念した高校生もいます」

■否認の権利を妻と子にも

無戸籍問題の解決を目指した訴訟も起こされている。嫡出推定を否認できるのは夫だけで、妻や子からは否認ができないのは憲法違反として、妻と無戸籍の娘、孫ら4人が国を訴えたのだ。

17年11月の一審、18年8月の二審とも請求は退けられたが、高裁は「家族をめぐる法律制度の制度全体の中で解決を図るべき」と判示して、「国会の立法裁量に委ねられる」と立法に下駄を預けた。

じつは問題解決に向けて法務省も動き出している。二審判決の前日、規定の見直しを検討する研究会を10月に発足させるとの報道が流れた。

この違憲訴訟を手がける作花弁護士は、次のように語る。

「嫡出推定を緩めるというより、嫡出否認を妻や子にも認める方向で見直しが行われそうです。つまりいま違憲訴訟で原告が主張している内容と同じです。法改正に向かうのは喜ばしいこと。私たちは最高裁に上告しますが、最高裁ははっきり違憲と示して、この流れに弾みをつけてもらいたいです」

(ジャーナリスト 村上 敬 答えていただいた人=弁護士 作花知志 図版=大橋昭一 写真=iStock.com)