衆議院第一議員会館裏口から議員バッヂを付けた人物が何人も出てきては、通りを挟んで向かいに建つホテルの宴会フロアへ吸い込まれていく。数十分後、用を終えたとばかりに早足でホテルをあとにして議員会館に戻る議員たち。彼ら国会議員が出席していたのは「国際勝共連合創立50周年記念大会」という催しだ。

 10月25日午後、首相官邸や議員会館のすぐ裏手にそびえ立つ高級ホテル ザ・キャピトルホテル東急で国際勝共連合が開いた式典に多くの国会議員が出席した。

 国際勝共連合は、霊感商法などが社会問題となった宗教団体・旧統一教会系の政治団体だ。「統一教会/世界基督教統一神霊協会」は2015年に「家庭連合/世界平和統一家庭連合」に改称している。

 これまでに同教団と政治家との関係を報じてきた筆者が取材に訪れることを察知した教団サイドは、入場を拒否しただけでなく、対策として勝共連合の職員を配置、来場する政治家の写真を撮らせないよう指示した。筆者は職員の妨害を掻い潜り、ホテル宴会場ロビー共用部や歩道から来場した国会議員をチェックし撮影を敢行。その結果、本人確認ができた国会議員は以下の8人。

「衆議院議員:山本朋広、武田良太、逢沢一郎、御法川信英、穴見陽一、奥野信亮」
「参議院議員:柳本卓治、宮島喜文」

 全員が自民党所属の議員だ。奥野以外は、ここ数年のうちに教団の大規模信者集会に来賓出席して祝辞を述べた議員と教団の誘いで外遊し海外の教団系イベントに参列した“前科”のある議員たちだ。

 他にも、議員本人や秘書と思われる人物約20人が、開演直前の10数分間に「国会議員」と書かれた専用受付で来場手続きを済ませており、相当数の国会議員や秘書が出席したと思われる。では、これほど多くの国会議員が付き合いを続ける国際勝共連合とはどんな団体なのか。

◆文鮮明教祖が設立した反共政治組織

 国際勝共連合はその名称が示すように、徹底した反共産主義を掲げる右派・保守系の団体だ。ただし、同連合の主張内容に韓国への批判は見当たらない。主だったものは中国共産党への批判だ。韓国発祥の教団関連機関だけあって中国の批判はしても韓国の批判はしない。なぜ、そのような組織が日本の保守界隈と連携しているのかと疑問を持つ人は多いだろう。その疑問は、これまでの日韓関係を少し遡るだけで氷解する。

 現在の反韓・嫌韓感情が渦巻く保守界隈の空気感とは異なり、日韓両国は1990年代以前には「反共の同志」として良好な関係にあった。米CIAの後ろ盾のもとで「北朝鮮の共産主義に打ち勝って統一/勝共統一」をスローガンに反共活動組織を必要としていた朴正煕政権(1961〜79)の庇護を受けるため、統一教会の文鮮明教祖は、便宜的に反共産主義を掲げて朴大統領に取り入った。

 文は67年に山梨県の本栖湖畔で行った戦後右翼の大物らとの日韓反共首脳会談を契機に翌68年1月、韓国で国際勝共連合を創設、日本でも同年4月、岸信介総理大臣の後ろ盾を得て国際勝共連合を創設するに至る。

 当時の日本といえば東西冷戦下での安保闘争真っ只中という時代だ。そんな時代背景のもと、献身的に反共運動に邁進する青年を抱える勝共連合は政財界へ浸透していく。1970年9月に国際勝共連合が中心となって日本武道館で「WCAL(世界反共連盟)世界大会」を開催。74年5月に文鮮明が帝国ホテルで開いた「希望の日」晩餐会には岸の他、福田赳夫、安倍晋太郎ら40人の自民党国会議員と財界の要人が出席した。

 水面下での政治家工作も継続して行われてきた。秘書養成所で訓練した信者が議員のもとに送り込まれ、秘書のほかにも事務所スタッフや選挙運動員として提供された。文鮮明は「まず秘書として食い込め。食い込んだら議員の秘密を握れ。次に自らが議員になれ」と指示、送り込まれた信者部隊はそれぞれの政治家の懐に入り込み、弱みを握った。