神奈川県で7月、母親が電動自転車で走行中に転倒し、抱っこひもで胸に抱えていた当時1歳4カ月の男の子が亡くなるという痛ましい事故があった。ネットでは過失致死の疑いで書類送検された母親を「お母さんを責めないで」「なぜ抱っこしなければならなかったか考えてほしい」と擁護する声が多く挙がっている。

子育て中の親たちに話を聞くと「自転車で抱っこせざるをえない状況がある」といった声が聞かれた。(編集部・出口絢)

●「抱っこにせざるをえない」事情

4歳と4カ月の子どもを育てる都内の男性(33)は、二人の子を連れて出かける際には、下の子を抱っこひもで胸に抱えて電動自転車を運転する。「おんぶだと子どもの様子が見えなくて怖い」からだ。

4歳の長女が通う保育園は車での送迎は禁止。そのため自転車で送り迎えをするが、雨の日は危ないので自転車に乗らないように決めているという。「保育園に来る周りの家庭も皆、下の子は抱っこ。抱っこが勧められていないというのは知らなかったが、現実的には厳しい」と話す。

2歳の子どもを育てる埼玉県の女性(37)は、電動自転車に乗る際、子ども用の座席に乗せるのではなく、子どもをおんぶで背負う。「子どもが座席を嫌がって暴れるため、仕方なく」だという。背中に背負ったほうがバランスが取りやすく、転んだ時にカバーしやすいため「極力おんぶ」を選ぶ。が、子どもがぐずって抱っこをせがむ時や、体調が悪く顔色を見ながら移動したい時には、抱っこにせざるをえない。

「どうすれば良いのかと言う状況は多々ある。今回の事故で亡くなった子も、背中側の椅子に座りたがらず、仕方なくそうしたのではないか」

●抱っこは違法?

7歳と2歳の娘2人を育てる高木良平弁護士も、次女が0〜1歳の頃は、長女を自転車の幼児用座席に乗せ、次女を抱っこひもで胸に抱えた状態で幼稚園への送迎をしていた。「大人一人で、抱っこ紐でおんぶをするのは、かなりの技術が必要ですし、何より背後で何が起きるかわからないので不安です。これは実際に育児をした人間にしかわからないでしょう」と今回の事故を起こした母親の事情を慮る。

ところで、抱っこ運転は、法律で禁止されているのだろうか。今回の事故が起こった神奈川県の道路交通法施行細則を見ると、原則として二輪の自転車は一人乗り(9条(1)ア柱書)だが、幼児用の座席に幼児1人を乗せた場合等は、例外的に適法(9条(1)ア、イ)で、その一形態として、幼児1人を「ひも等で確実に背負つた」場合も例外的に適法という形になっている。

神奈川県警交通相談センターの担当者は「『背負って』というのはあくまでおんぶのことで、抱っこは勧めていません」と話す。

高木弁護士は「条文の文言を形式的に解釈し、文字通りおんぶした場合のみ例外的に認めるという趣旨と解釈すれば、抱っこについての規定が存在しなくても、原則通り、抱っこして乗るのは乗車人員オーバーで、違法ということになるでしょう」と話す。一方で「前後は関係なく、おんぶだけでなく抱っこも許されると解釈する余地がないわけではありません。この辺りは、この条文が制定された経緯等を調査してみる必要があります」と指摘する。

高木弁護士は、条文について次のように疑問を呈する。

「おんぶだと適法だけど、抱っこだと違法なんて意識を持っている人はほとんどいないのではないでしょうか。私はいまだに釈然としません。

今回の事故は、育児と仕事を両立しようと死に物狂いで頑張っていた最中の事故だと想像されます。傘をぶら下げていたことが最大の過失と思われるので、その部分でご自身に落ち度があることは痛すぎるほどわかっているでしょうから、この母親を責める気にはなれません。

せめて、この亡くなった子の死を無駄にしないために、生き残った我々がこの事故から学び、再びこのような不幸な事故が起きないようにしていきたいですね」

●抱っこ紐はその都度調整を

では、子どもを自転車に乗せる際、どのような安全対策を取ればいいのだろうか。自転車の安全利用促進委員会の遠藤まさ子さんによると、チャイルドシートはメーカーの公称では満1歳からだが、形状によっては座面の幅が大きく子どもの体が安定しないものもある。

そうなると子どもをおんぶすることになるが、人気ブランド「エルゴ」タイプの抱っこ紐を使っておんぶする際には、その都度抱っこ紐を調整して密着度を高めることが必要不可欠だという。

また、1歳児以下の子どもがつけられるヘルメットが市販されておらず、0歳児は無防備な状態で乗せざるを得ないことも問題だと指摘する。

遠藤さんは「抱っこ運転は、運転視野が狭くなってしまい危ない。自転車も乗り物。まずは運転者として安全に運転できるかどうかを第一に考えましょう」と呼びかけていた。

(弁護士ドットコムニュース)