AIは人間の仕事をどう変えるのか。雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏が回転寿司チェーン大手「あきんどスシロー」に聞いたところ、現時点での導入は難しいという。ただし将来はわからない。導入が進めば、人間は職人仕事から解放され、店員の時給も上がるが、その仕事は「やりがい」の小さいものになりそうだ。どういうことなのか――。

※本稿は、海老原嗣生『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』(イースト・プレス)の第3章「この先15年の結論。AIは救世主か、亡国者か」を再編集したものです。

■AIは仕事を奪うか、未来を豊かにするか

AIは多くの人から仕事を奪い、失業者が路頭に迷う暗黒の未来へと私たちをいざなうのか。それともAIは社会を豊かにし、雇用を増やし、賃金も上げるのか。

少子高齢化で日本の生産年齢人口はどんどん減っている。実は、生産年齢人口が減り出したのは1996年のことだから、もう20年以上も前のことであり、それから労働力不足は恒常的な問題としてじわじわと日本社会に広がっていった。

民間企業は日々知恵を働かせて、なんとか人手不足をしのいでいる。そうした企業努力をマクロで見ると、働く高齢者の増加、女性の労働力率の上昇、要件緩和による外国人技能実習生の増加、外国人留学生の増加、さらには学生アルバイトの微増などが起きた。

どうにか労働力をこんな弥縫(びほう)策で絞り出してきたが、それも早晩限界に達するだろう。マクロ的な数字で見れば、2012年から2017年までの5年間で生産年齢人口は540万人も減少している。にもかかわらず、労働者数は約300万人も増えた。無理に無理を重ねて労働力を絞り出している状況なのだ。

■高齢者と留学生に頼る流通サービス業

流通サービス業は、高齢者と外国人留学生へのリーチを広げている。外国人留学生の場合は、在学中のアルバイトだけでなく、新卒採用としての正社員採用も増やしている。これで当面はなんとかぎりぎりで人材を確保できているが、団塊世代が後期高齢者となる2022年ごろから高齢者の活躍も頭打ちとなる。外国人留学生も、計画では30万人を目標としているので、現状約20万人からの伸びしろは10万人しかない。じきにこの2つの弥縫策では通用しなくなる。

ところが、この領域ではAI化がなかなか結実しない。流通サービス業は事務処理のようなパソコン上で完結する仕事ではなく、作る・動かす・応対するという、こまごまとして多彩な物理的作業が主となる。つまり、省力化の決め手は、メカトロニクスであり、AI単体では意味をなさないのだ。回転寿司チェーン大手「あきんどスシロー」への取材では、メカトロニクスの導入がなぜ難しいか、以下のようなことが判明している。

(1)熟練のノウハウを再現しなければならない。
(2)さまざまな作業が連続して生じるため、機構設計が複雑になる。
(3)たまにしか発生しない作業が突発的に途中に入り込む。

(1)なら寿司ネタを魚種に応じて最適に捌くには、寿司職人の技が必要となる。(2)なら、ネタを捌くには、皮をはぐ動作、水でしめる、調味料で下処理する、湯がく、干す、などの連続であり、それも、素材により必要なものとそうでないものが入り混じる。(3)なら、たとえば、寿司ネタにより入荷時間や入荷方法が異なり、それに合わせて入荷作業を行い、バックヤードにストックすることが必要となる。

たった1人の人間が、これだけ多彩なことを受け持つ。だから、それを全部メカトロニクスに置き換えることが難しいのだ。これらに対して作業ごとにメカトロを組んでいたら、何十もの機構が必要で、とんでもなく高額な機械となってしまう。しかも、場所も取るだろう。そして、そこまで投資しても、機構によってはほとんど使われない(たとえば、「湯がく」という機構はハモなどの一部の魚にしか必要ない)。

■職人の仕事を機械化するまでには15年

こうした多彩な仕事を機械化するためには、1つの機械が人間のようにすべてを万能にでき、また新しい作業が発生してもそれを後づけで学べる、「汎用AI型」のロボットが必要となる。とすると、本格的な省力化が始まるのはその第一弾として全脳アーキテクチャ型AIが登場し、それがロボティクスと結びつく時代だろう。たぶんそれが市場に出回るようになるのは15年程度先と読む。

さて、ではそれまでの間、流通サービス業はどうやって人手不足をしのぐのか。1つは、サービスレベルの低減が選択肢となるだろう。それはスーパーの「セルフレジ」などに代表される「顧客自らが作業をする」仕組みだ。その分、店舗側も人件費が削減できるから、セルフレジ使用者には値引きをする、というインセンティブをつけて、そちらに誘導することで実現が可能だろう。すでに、ガソリンスタンドではセルフサービスとフルサービスが併用され、セルフ利用者には値引きがなされている。中国などでは無人コンビニもかなり浸透している。そこそこ規模の大きい日用品量販店では、こうした方向での人員削減が浸透していくだろう。

もう1つの方法が、多彩な動作をすべて自動化するのではなく、機能を絞って自動化し、間あいだに入るすき間作業を人間が請け負う、という形の省力化だ。ただ、この流れはすでにだいぶ進んでおり、今後、ブレークスルーが起きるというよりは、過去からの連続線上での小さな変化の連続でしかない。

たとえば、回転寿司であれば、すでに「握り」はロボットに任せている。人間はそれにネタをのせるだけだ。ネタにより調味料や装飾が異なるから、そうした「すき間作業」を人が請け負う。食器洗いも食洗機があり、現在人が請け負うのは、その食洗機の稼働効率を上げるよう、入れる順番や詰め込み方を工夫する部分だ。

AI化が加わることで、こうした地道なメカトロの進歩が促されることになる。たとえば、ネタごとに包丁の入れ方が異なるため、現在ではそれを人が行っている。今後はAIセンサーにより最適なカットが自動でなされるようになっていくだろう。そこまでいくと、人は、皮をはぐ、とか湯引きをする、といったすき間作業だけを任されるようになる。

同様に、現在、顧客をテーブルまでアテンドするのは人が行っている。それは、うまく着席位置を寄せて、寿司レーンを有効活用するためだ。そうしたノウハウもAIには向いている。すると今後は、顧客をどの位置に並べるかはすべて機械が考え、実際の誘導という「すき間作業」だけ人が受け持つことになる。

■ネタの仕入れもAIができるようになる未来

また、現在でもネタの仕入れは、季節・天気・前年傾向などからコンピュータが考えるようになっているが、そこに店長自らが読みを加えて最終発注している。たとえば、近くで大きなイベントがあるとか、道路工事で渋滞ができてその待ち合いで来客が増えている、などと読むのだ。こうした「読み」さえも、AIならネット上で地域情報や交通情報を集め、またPOSデータから来客層の流れを読み、簡単に代替してしまうだろう。

この流れをまとめると、こんな風になる。

20年もすれば、汎用ロボットが登場し、流通サービス業の雇用は革命的に変わる。ただ、それまでは、メカトロニクスとAIの地道な進歩で、小さな変化が連続的に起こる。その小さな進歩は、今まで「属人的ノウハウ」とされていたことが機械化されていくプロセスであり、結果、人手はすき間作業へ集中するようになっていく。

この過程では、若干の省力化が起こるが、それよりも大きいのは、「誰でもできる」化のほうだろう。たとえば、外国育ちで今まで全く寿司を食べたことのない留学生でも寿司ネタ捌きに携われ、ホワイトカラーで定年まで全うしたサービス業未経験の高齢者が、来店者の最適誘導をこなすようになる。こうして雇用の間口を広げて、労働参加率をさらに上げる方向で、流通サービス業は生き延びていくのではないか。

自動レジなどのサービスレベルの低減と、地道なAI・メカトロ化により、若干の省力化が起きるとして、それによる雇用の減少は、これから先15年間で1割=約130万人と読む。たぶんこの段階で、大規模店では2〜3割の省力化に成功するだろうが、中規模店以下では、各工程を1人で賄っている店舗が多いため、機械化メリットがない(機械化しても、すき間仕事が残ればそこに人を置かざるを得ない)。だから、多くの店舗では省力化が進まない、と考えるからだ。

■「労働とは何か」という問題は残る

さて、この「誰でもできる」化は、実は、遠い将来のAI万能社会を考えるうえでの良き参考事例となる。まず、ノウハウが不要となり誰でもできるようになると、これらの仕事は賃金が下がるのか。答えは「否」だ。

理由は2つ挙げられるだろう。1つは、今でも大規模店では、こうしたノウハウ仕事を、実は、長期勤続した熟練パート社員が担っている。彼・彼女らの賃金はそれほど高くなく、新米アルバイターと大差ない。つまり、減額余地が少ないのだ。そして2つ目。これから人材確保がますます厳しくなる。その中で流通サービス業が、賃金を下げることは難しいためだ。

むしろ、機械化で2〜3割の雇用削減ができた大規模店は、その浮いた人件費を、人材獲得競争に勝つために残った従業員の賃金アップに向けるのではないか。もちろん、機械の導入コストの支払いが優先事項であり、続いてノウハウの高度化(たとえば銀座の名店のノウハウをプログラム化するなど)にあて、それでも残る余資の範囲ではあろうが。

そうなると、仕事は簡単になるのに、給与は上がる。そのうえ、誰でも雇ってもらえるようになる。しかも銀座の名店と同じレベルの寿司が、市井の回転寿司店で食せる。良いことずくめに思えるだろう。

ただ、反面、労働とは何か、という問題が残る。

仕事は、機械が主となり、人間は機械がやらない「すき間」を埋めるだけ。そこにはノウハウなどほぼなく、だから、やりがいも成長も見出すことができない。ただ決められた時間だけそこで働き帰るだけ、という生活になる。それをユートピアと考えるか、ディストピアと考えるか。その答えは、いまだ出ていない。

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海老原嗣生(えびはら・つぐお)
雇用ジャーナリスト/ニッチモ代表取締役
1964年、東京生まれ。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計などに携わる。2008年、人事コンサルティング会社「ニッチモ」を立ち上げる。

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(リクルートキャリア 特別研究員 海老原 嗣生 写真=iStock.com)