任天堂は国内で初めて特許訴訟を起こした。相手はスマホゲーム『白猫プロジェクト』を展開するコロプラだ(上写真撮影:梅谷秀司、下写真:コロプラ)

「まさか任天堂が動くとは」。ゲーム業界内で注目を集める、任天堂とコロプラの特許訴訟。この件について大手スマートフォンゲーム会社幹部に尋ねると、そんな声が返ってきた。

昨年12月、任天堂はコロプラの主力スマホゲーム『白猫プロジェクト(白猫)』が特許権を侵害しているとして、44億円の損害賠償とゲームの配信差し止めを求める訴訟を東京地方裁判所に起こした。コロプラ側は適時開示資料で、「当社のゲームが任天堂の特許権を侵害する事実は一切無いものと確信しており、その見解の正当性を主張していく」と争う姿勢を示した。

国内ゲーム最大手の任天堂は知的財産保護に熱心なことで知られており、訴訟ざたもたびたびある。たとえば、2009年にはニンテンドーDSで海賊版ソフトをプレイできるようにする機器「マジコン」を輸入・販売していた業者に対して訴訟を起こし、勝訴。最近では、2017年に任天堂のレースゲーム『マリオカート』を模した公道カート事業を運営するマリカーを、不正競争行為や著作権侵害行為があったとして提訴している。

任天堂が初めて国内で特許訴訟を起こした

それでも、今回の訴訟に関してはゲーム業界内でも驚きの声が多い。というのも、任天堂が特許権の侵害を根拠にした訴訟を国内で起こすのは今回が初めてだからだ。


『白猫プロジェクト』は規模縮小傾向が続いているが、今でもコロプラの稼ぎ頭だ(画像:コロプラ)

面白いゲームを作るには、魅力的なキャラクターや音楽、画期的なゲームシステム、快適な操作性など、さまざまな要素が必要となる。それらのうち、キャラクターや音楽などの「表現」に対して与えられる権利が著作権で、ゲームシステムや操作機能といった遊びのアイデアに関するコンピュータ処理に対して与えられる権利が特許権だ。

特許権も著作権と同様、企業が保有する知的財産だが、ゲーム業界においては積極的に特許権を行使する企業は少なかった。カプコンで特許チーム長を務めていた経験もある優特許事務所の田嶋諭弁理士は、「水面下の警告程度のことはあるが、訴訟にまで発展することはよほどの事情がないかぎりなかった」と話す。任天堂も、特許権行使に積極的でない会社の1つと見られていた。

ただ、状況は変わりつつある。2012年にセガとレベルファイブ、2014年にカプコンとコーエーテクモゲームス、2018年にグリーと米スーパーセルとの間で特許訴訟が起きている。田嶋弁理士は「近年、各社の特許権に対する意識は徐々に高まりつつある」と続ける。そうした流れの中で起きたのが今回の訴訟だ。

任天堂が訴訟に踏み切った背景について業界内では、「任天堂の知財戦略が変わったのではないか」「特許権以外の部分で、『白猫』が任天堂の逆鱗に触れたのではないか」といった憶測も飛び交う。

1年の交渉を経ても折り合いがつかなかった

これに対し任天堂の説明は、「特許権の侵害について長期間交渉したが、話がまとまらなかった。そこに尽きる」(広報)というもの。実際、両社の協議が始まったのは2016年9月で、1年以上の交渉を経てから提訴に至っている。コロプラ側の説明もおおむね同様で、2月7日の決算会見で馬場功淳社長は「私が京都に行ってお話しするなど、さまざまな取り組みをさせていただいた。お互いしっかり話し合ったという認識はあると思う」と語った。


『白猫プロジェクト』のプレー画面。今回の訴訟では『白猫』のキモとなる操作機能「ぷにコン」の特許権侵害についても争われる(画像:コロプラ)

裁判資料によれば、争われている特許は全部で6件。昨年12月の提訴時点では5件だったが、その後6件目が追加された。中身はキャラクターの操作機能をはじめとして、スリープモードからの復帰方法、通信プレーに関連するものまで幅広い。

特許は「請求項」と呼ばれる発明群によって構成されており、裁判では請求項ごとに侵害の有無が争われる。勝敗を決めるポイントは2つある。

1つは、『白猫』が特許権を侵害しているかどうか。原則として、特許権の範囲を定める(個別の請求項にかかる発明を構成する)「構成要件」をすべて満たしていれば、特許権を侵害していると認められる。もう1つは、特許権が有効なものかどうか。特許出願以前にすでに同じ発明がなされていた場合など、特許権の要素が欠けていることが認められると、その特許は無効になる。

つまり、任天堂側は「『白猫』の機能が構成要件をすべて満たしている」と証明することが必要で、コロプラ側は「構成要件と異なる部分が1カ所でも存在する」、もしくは「特許権が無効な要素がある」のどちらかが認められればよい。

裁判は現在も続いており、東京地裁の判決が下されるまでには1〜2年かかる見込みだ。訴訟の行方について田嶋弁理士は、「単純に数の論理として、6件ある特許権のどれかでは侵害が認められるのではないか。ただ原告(任天堂)はもとより、被告(コロプラ)も知財に力を入れている会社。やみくもに闘っているとは考えにくく、現段階で個別の特許権について有利・不利について安易にコメントすることはできない」と話す。

『白猫』の特許権侵害が認められた場合、コロプラは損害の度合いに応じて賠償金を支払うことになる。任天堂側は『白猫』の配信差し止めも要求しているが、実際にサービスを終了することは考えにくい。特許権を避ける形でゲーム内容を修正すればサービスを継続できるからだ。とはいえ、裁判の結果次第では大幅な機能修正を余儀なくされ、ゲームの質が悪化する可能性はある。

「パクって当たり前」の時代ではない

今回の件がどのような結末を迎えるにせよ、今後ゲーム各社はより慎重に開発を行う必要がありそうだ。ある業界関係者は、「昔の開発現場では、『ゲーム開発はパクって当たり前。お互いのよいところをパクり合うことでさらに面白いゲームが生まれ、産業全体が発展する』という風潮があったが、今はもうそんな時代ではない」と話す。

ただ、すでにゲーム関連の特許は膨大な数に上り、今後ますます増えていく。それらをすべて避けようとすれば、ゲーム開発の幅は狭くなる。田嶋弁理士は「他社の特許を回避するだけでなく、それらを利用しやすい環境を構築することも大切。すべての特許を対象にするのは難しいが、相互に特許を許諾し合う『クロスライセンス』や、複数社が特許を持ち寄って共同体を作り、特許許諾を一括化する『パテントプール』といった仕組みの活用は有効な手段だ」と指摘する。

特許権は姿形こそないが企業が持つ貴重な財産で、それを尊重する動きは望ましいこと。とはいえそれはあくまで前提条件で、ゲーム会社に本来求められているのは面白いゲームを生み出すことだ。これらを両立できる体制を作り上げることが、ゲーム業界全体の重要なテーマになりそうだ。