都市部の新聞配達は、もはやベトナム人などの留学生なしには成り立たない。日本語学校に通いつつ、新聞販売所で働く彼らは、法律で留学生に認められた「28時間以内」を超える違法就労を強いられながら、残業代も支払われていない。なぜ、そんな理不尽な状況がまかり通っているのか。ジャーナリストの出井康博氏が、東京都世田谷区にある朝日新聞販売所の実態をリポートする――。(前編、全2回)

■「週28時間超」が常態化している職種

今年3月、有名ラーメンチェーン「一蘭」の社長以下7名の社員と同社が、入管難民法違反(不法就労助長)で書類送検されてニュースとなった。アルバイトとして雇ったベトナム人留学生らを、「週28時間以内」の法定上限を超えて働かせていたのである。

飲食チェーンで働く留学生の多くは、当たり前のように複数のアルバイトをかけ持ちしている。かけ持ちすれば、「週28時間以内」の法定上限は簡単に破れてしまう。飲食チェーンに限らず、そうした留学生の違法就労で人手不足をしのいでいる職種は少なくない。とはいえ、1つのアルバイトで法定上限を超えることは珍しい。企業側も「一蘭」のような摘発を恐れ、法律違反には注意するからだ。

そんななか、「週28時間以内」を超える留学生の違法就労が、例外的に常態化している職種がある。それは「新聞配達」だ。

東京など都市部における新聞配達は、留学生頼みが最も著しい職場の1つだ。配達員がすべて留学生という新聞販売所も珍しくない。

都会の新聞配達は、かつては地方出身の「新聞奨学生」に支えられていた。大学などに通う奨学金と引き換えに、新聞販売所に住み込んで働く若者たちだ。

だが、新聞奨学生の希望者はもはや珍しい。新聞配達は真夜中から早朝にかけて続く。午後には夕刊の配達もある。いくら衣食住が保障されるとはいえ、若者が敬遠するのも当然だろう。

■「新聞配達」では実習生は受け入れられない

人手不足の肉体労働では、外国人実習生を受け入れが進んでいる。しかし、「新聞配達」では実習生の受け入れは認められないため、留学生がターゲットになる。

問題は就労時間である。新聞販売所の仕事は、定時のシフト制ではない。朝夕刊の配達に加え、広告の折り込み作業などをこなせば、よほど販売所が気をつけない限り、仕事は「週28時間以内」では終わらない。販売所の実態を多少でも知っている人なら、誰でもわかることだ。

新聞配達現場の留学生は、いったいどんな生活をしているのか――。

昨年3月に来日したベトナム人のハイ君(仮名)は、日本語学校に通いながら東京・世田谷区内の朝日新聞販売所「ASA赤堤」で働いている。

■仕事は午前2時半から、休日は週1日だけ

仕事は通常、午前2時半に始まる。販売所で新聞を自転車に積み込んだ後、午前3時から6時頃まで約3時間かけて朝刊を配達する。その後、午前中は日本語学校で授業を受け、急いで販売所へ戻る。そして午後2時過ぎから夕方にかけ、今度は夕刊配達が待っている。日本語学校の宿題などをこなし、就寝するのは午後11時頃だ。睡眠時間は3時間程度にすぎない。仕事の休みは週1日だけである。

「毎日、シゴト、シゴト……。日本語を勉強する時間は、あまりありません」

来日して丸1年がたつが、ハイ君の日本語は上達していない。販売所と日本語学校を往復する生活で、日本人と話す機会が普段ほとんどないのだ。

■販売所を辞めれば、在留資格を失う

新聞販売所で働く留学生には、2つのパターンがある。新聞社の奨学会に採用されて来日する奨学生と、日本に留学後、個々の販売所でアルバイトとして雇われた留学生たちだ。ハイ君は「奨学生」である。新聞社で唯一、外国人奨学生を受け入れている朝日新聞の朝日奨学会を通じて来日した。

もともと朝日奨学会では、朝日新聞が中国の関係当局と結んだ友好事業の一貫として、1982年から中国人奨学生を受け入れていた。その後、中国人の受け入れは減り、代わってベトナム人奨学生が増加する。そして受け入れの性格も、「友好事業」が「人手不足対策」へと変化していった。

朝日奨学会東京事務局は毎年春と秋、ベトナムから奨学生を受け入れ、首都圏の販売所へ配属している。昨年は300人近くが来日した。その数は、今年は春だけで250人以上に達している。

一方、かつては年数百名に上った日本人奨学生の採用は、近年では100人にも届かない。しかも「仕事の厳しさに音を上げ、すぐに辞めてしまう若者も多い」(朝日新聞販売所関係者)。その点、ベトナム人の場合は、日本語学校に在籍する2年間は仕事を続けてくれる。販売所を辞めれば在留資格を失い、母国へ帰国しなければならないからだ。

■50人以上取材したが、法定上限内は1人もいない

ベトナム以外にも、朝日奨学会は他のアジア諸国から数十人の奨学生を受け入れている。販売所でアルバイトとして雇われた留学生を加えると、外国人配達員の数は、ベトナム人を中心に首都圏の朝日新聞販売所だけで1000人近くに上るはずだ。1人当たり300部として、30万部近い新聞が外国人の手で配達されているわけだ。

奨学生も「留学ビザ」で来日している。そのため他の留学生と同様、「週28時間以内」の就労制限の対象となる。そんなベトナム人奨学生に筆者は過去4年間で50人以上取材してきたが、法定上限内で仕事をしている者には1人も出会っていない。

彼らの仕事ぶりを改めて確かめてみようと、今年の元日、ハイ君の新聞配達に同行してみた。ベトナム人奨学生の新聞配達に同行するのは4年ぶり2度目である。取材には違法就労の問題を確かめる目的があるので、ASA赤堤や朝日奨学会には事前に伝えなかった。

■約350部の朝刊を休憩も取らず配達

ハイ君の仕事は、いつもより1時間早く午前1時半に始まった。元日の新聞は分厚く、配達に時間がかかるからだ。普段なら自転車の前後に65部を詰める新聞も、この日は30部でいっぱいだった。

彼が担当する区域は、閑静な住宅街にある。しかも真夜中とあって、辺りは静まり返っていた。道で出くわすのも、他紙の配達員くらいだ。

1年間にわたって仕事をしているだけあって、ハイ君の仕事は手際よかった。新聞をポストに突っ込み、すぐに次の配達先へと移動する。順路は頭に入っているのである。

ハイ君の担当する朝刊は約350部だ。自転車に載せた新聞がカラになると、配達区域内にある中継地点に戻って新聞を積み直す。そんな作業が延々と続いた。

1時間、2時間と、自転車の停止と発信をひたすら繰り返す。途中で休憩すら全く取らず、しかも重い新聞を載せてのことだ。ハイ君の後を追っている筆者の自転車に新聞は積んでいないが、それでも途中でふくらはぎが何度もつりそうになった。

■日本人は原付、ベトナム人だけは自転車という差別

新聞配達の現場では、原付バイクもしくは電動アシスト自転車が主流だ。他の朝日新聞販売所のベトナム人奨学生も、大半が原付バイクを使っている。同じASA赤堤でも、日本人配達員は原付だ。しかし、ハイ君ら5人のベトナム人には、電動アシストもない自転車しか支給されていない。明らかな差別である。

「どうして、ベトナム人だけが……」

ハイ君が納得できないのも当然だろう。

この日、彼が新聞配達を終えたのは午前6時半だった。初日の出の時間が近づき、住宅街にもちらほらと人の往来が目立ってきた。だが、ハイ君には販売所に戻って、購読者の状況を「増減簿」に記録する作業などが残っている。

元日の仕事は特別に長い。雪の日には自転車が使えず、いつもの2倍以上の時間をかけて配達したこともある。そんな特殊な日を除いて、この頃、ハイ君は1週間の就労は30時間程度だった。「週28時間以内」の上限には違反しているが、他の販売所の奨学生と比べ、突出して長いわけでもない。

それが2月末になって突然。販売所の都合で配達区域が広がった。その結果、配達部数が数十部増え、就労時間も大幅にのびた。だが、残業代は支払われない。さらなる違法就労を、タダ働きで強いられることになったのだ。同じ違法就労でも残業代すら支払わない点で、警察から摘発を受けた「一蘭」よりも悪質である。(つづく)

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出井康博(いでい・やすひろ)
ジャーナリスト
1965年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙『The Nikkei Weekly』の記者を経て独立。著書に、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社)『松下政経塾とは何か』『長寿大国の虚構―外国人介護士の現場を追う―』(共に新潮社)『年金夫婦の海外移住』(小学館)などがある。

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(ジャーナリスト 出井 康博)