飄々としながらも、キメるときにはしっかりキメる――アニメ『ONE PIECE』のサンジしかり、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのジャック・スパロウしかり、そして今作『B: The Beginning』の天才捜査官キース・風間・フリックもまたしかり。声優・平田広明がこの手の人物を演じると、最高にハマるのはなぜだろう? 「自己を滅して、とにかくリアルに演じたい」と語る平田の言葉のひとつひとつには、役者としての強い思いが込められていた。

撮影/川野結李歌 取材・文/とみたまい 制作/iD inc.

画が仕上がっている状態でアフレコをする緊張感

群島国家「クレモナ」を舞台に、平田さん演じる伝説の天才捜査官キース・風間・フリックが王立警察特殊犯罪捜査課(通称「RIS」)の仲間たちとともに、凶悪犯罪者ばかりを狙う連続殺人犯「Killer B」を追うサスペンスアニメ『B: The Beginning』。ストーリーについてどんな印象を持ちましたか?
とてもよく書き込まれていると思いました。キースも黒羽(声/梶 裕貴)もそれぞれ背負っているものがあって、それが複雑に絡み合う、ずっしりと重量感のある物語だなあと感じました。
3月2日よりNetflixにて全世界190カ国で同時配信されていますが、全12話が一気に公開されることについては、どのように感じましたか?
2月21日に行われたワールドプレミア(世界で最初に作品を披露する試写会)の前日に知ってビックリしました。アニメというのは「来週が待ち遠しいな」と思いながら、1週1週、時間を重ねて観ていくものだと思っていたので、「ネット配信で全話を一気に観ることができちゃうんだ。スゴいけど一気に観て大丈夫かな?」と思いましたね。
「大丈夫かな?」というのは?
「一気に観たら、あっという間に終わっちゃうんじゃないのかな?」という心配です。でも、僕も観させていただいたら、「1回観ただけでは、すべてを把握しきれるような内容ではないな」と感じ、何度も観たいと思いましたので、一気に公開されても問題ないですね。演じているときは気付かなかったけれど、全話を通して観終わったときに、そう感じました。
繰り返して観ることで、より深みが増す作品として完成されていた?
はい。繰り返し観ることができる、好きなときに好きなところから観ることができるというのは、ネット配信ならではと思います。全話を観て「あ、これはもしかしたら、配信向きの作品に仕上がっているのかな?」と気付き、思うようになりました。
サスペンス作品なので、物語の中のあちこちに「え? そういうことだったの?」といった驚きがたくさん仕掛けられています。
そうですよね。「え!? ちょっと待て。あれってそういうことだったのか!」と、伏線が張られているところまで戻って観ることができますから。みなさんそれぞれ疑問に思うところはあると思いますが、その答え合わせがすぐにできますよね。そういう楽しみ方をできるアニメは、いままでなかったんじゃないかな? とても面白い試みだと思います。
最近のアニメ作品のアフレコは、まだ画が完全に仕上がっていないものに声をあてていくことが多いと思いますが、今作はすでに完成している動画に声をあてたと聞きました。だからこその、よかった点や難しかった点などはありますか?
よかったことばかりだと思います。音楽や効果音は入っていませんでしたが、映像として観せたいものがハッキリしているので、演じ手としてはいいことばかりだと思います。
たとえば「“これくらい”、暗い印象を与えるシーンなんだ」の“これくらい”が視覚を通して瞬時に伝わってきますし、キャラクターの距離感や表情も明確ですから。完成している動画が変わることは基本的にはないので、「どんな芝居をすればいいんだろう?」という迷いがなくお芝居に集中できました。
なるほど。
「お前がすべき仕事はこれだよ」と、映像が完成していることでしっかり提示されているので、“本来、役者がやるべき仕事”に集中できますよね。「ここはどんな画になるんだろう? こういうお芝居でいいのかな? それとも、ああいうお芝居のほうがいいのかな?」と、迷いや試行錯誤せずに自分の役とストレートに向き合えますし、ほかのキャラクターの解釈もしやすいですから、要らぬ心配やミスをしなくてすみますね。
より突き詰めたお芝居ができるんですね。
だからこそ、「失敗できないぞ」という緊張感がすごくあります。画が仕上がっていない段階で収録している場合は、多少の演技の幅を持たせることが許されたりすることもあるかもしれませんが、作品のクオリティを追求するのなら、本来は許されるべきではないと思うので。
「これが本当の“アニメーションに声を入れる現場”なんだ」という意味で、僕に限らずほかのキャストもみんな、緊張感がいつもとは違うような感じがしました。

キースが持つ“ゆるさ”のイメージが、監督と合致した

キースというキャラクターは、イギリスの数学者であるポール・ディラックをモチーフにして作られたということで、作中でも「ゲニ」(ドイツ語で「天才」の意味)と呼ばれていたりしますが、演じる際にどんなところを意識しましたか?
僕の持っている「天才」のイメージと、今回のキースのキャラクター設定が合っていたように感じました。たとえば一般的に「無口で何を考えてるかわからないけど、黙ってああいう目つきをしたときは、何かを頭の中でものすごく考察しているんだな」みたいなキャラクターは、定番というかある意味わかりやすい設定ですよね。だからこそ、ミステリアスな部分は無理に解釈せず、そのままミステリアスに演じるようにしました。
飄々とした部分もあるというのが、より天才っぽいと感じました。
そうですね。“変人チック”なところもけっこうありましたし。「ミステリアス」という言葉で集約すると、固いイメージになりがちですが、飄々としたところも含めて、謎めいた部分はそのままにして余計な説明をしないようにしようと思いました。
天才が考えることなんて、一般人にはわからないでしょうからね。僕がどんなに努力しても天才を理解することはできないですから。監督に「天才っぽく録ってくださいねー」ってお願いするだけです。
理解できなくても、演じないといけない……。
少なくとも「天才を演じよう」とは考えないですね。「どういうふうに演じれば、観ている方に“もしかしたらコイツ天才…!?”と思われるのか?」というような……雰囲気というか気配みたいなものを残せるといいなあと。周りのキャラクターたちが「天才」として扱ってくれるので、それ以上自分で説明する必要はないですよね。
たしかに、そうですね。
「天才のイメージ」のようなものを、ご覧いただく方に共感してもらえるように努めますが、「天才とはこう在るべし」ということを考えて演じることはありません。それに関しては、脚本と映像でしっかりと描かれているので、その部分をセリフ(言葉)としてどんどん拾っていく感じですね。キースの天才っぽさを僕がゼロから立ち上げる必要はなかったです。
キースもそうですが、平田さんが演じる「普段は脱力系でも、キメるときはきっちりキメる」キャラクターは本当に魅力的で。この「脱力」というのはかなり難しい表現だと思うのですが、なぜこうもわざとらしくなく、魅力的に演じることができるのでしょう?
セリフを言うのですから、意図的に「脱力感」を表現していますよ。 じゃなかったら、僕がゆるい気持ちでスタジオに行ってるみたいになっちゃうから!
いや、そういう意味ではなく(笑)。
自然なお芝居になるように一生懸命に脱力して演じようとしていますが、何でできるかは自分ではわからないですねえ。
今回はオファーと聞きました。キースには、これまで平田さんが演じてきたキャラクターに共通するような、絶妙なゆるさがありました。
そうですか? 中澤(一登)監督から、僕を意識して作ってくれたキャラクターだとうかがって、とても光栄に思いました。ああ、だからオーディションじゃなかったんだ! いま頃気付いた。
監督が「平田はゆるいセリフをしゃべると面白いなあ」と思ってくださったのかもしれないし、「(キースのセリフを)もっとゆるくしたら、平田はどう演じるのかな?」というチャレンジもあったかどうかは知りませんが、僕も「さすがにこれはできないよ」と思うことは、一切なかったですね。
監督のイメージと、平田さんがキースに抱くイメージが合っていた?
そうかもしれません。「さすがに、そんなにゆっくりは言えないよ!」と思うセリフはひとつふたつありましたが、監督の描きたいキースと僕の演じたいキースが相当な割合で一致していたので、現場での調整にもあまり時間がかからなかったんでしょうね。
「(キースは)ゆるいヤツだなあ」とは思いましたが、あえてゆるく演じてやろうという意識はありませんでした。
普段は意識してゆるさを表現しているけれど、キースに関しては平田さんのイメージとうまく合致して、自然と出てきたのですね。
「わざとらしくない」と受け取っていただいたのは、そういうところなのかもしれませんね。
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