元「SMAP」の3人のネット番組『72時間ホンネテレビ』が大成功を収めた。だが前途は多難だ。放送したインターネットテレビ局「AbemaTV」は昨年度200億円以上の赤字を計上。ジャニーズ事務所など一部の芸能事務所は依然としてネット番組に冷ややかだ。ネット番組は本当に根付くのか――。

■「この番組は地上波テレビとは違って自由なんだ」

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稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾
「ずっとずっとこんなふうに遊び続けよう きみが喜んでくれるのが いちばん嬉しいから」
番組テーマソング「72」

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稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の3人によるインターネットテレビ局・AbemaTVの生放送番組「稲垣・草なぎ・香取3人でインターネットはじめます『72時間ホンネテレビ』」。11月2日から5日までの3日間にわたって放送された番組の累計視聴数は7400万以上を記録、「森くん」というキーワードが世界トレンド1位を獲得するなど、爆発的な反響を呼んで大成功を収めた。

“国民的アイドル”と呼ばれたSMAPの解散後、稲垣、草なぎ、香取の3人は今年9月にジャニーズ事務所を退所。その後、オフィシャルファンサイト「新しい地図」を立ち上げたが、これまで目立った活躍は見られなかった。そんな折、元SMAPの3人が、ジャニーズ事務所では一切禁じられていたインターネットに進出、前代未聞の長時間生放送に挑むとあって、放送前から注目を集めていた。

冒頭の言葉は小西康陽作詞・作曲による番組テーマソング「72」の一節。インターネットで地上波テレビ番組のまね事をするだけでなく、ツイッターやインスタグラムなどのSNSでファンともつながった。3人が新たに「遊び続け」ることができる場所は、これまで立ち入ることができなかったインターネットだったのだ。

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太田光 爆笑問題
「飯島呼べ、飯島!」
『72時間ホンネテレビ』#オープニングパーティー

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ゆったりした流れで始まった番組の口火を切ったのは、爆笑問題・太田のこの一言。「飯島」とはSMAPのマネジャーを務めていた飯島三智氏のこと。飯島氏との確執がうわさされたジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長が『週刊文春』誌上で言い放った言葉のパロディーだ。その後も太田はカメラに向かって「木村見てる?」と言ったり、かつて稲垣と草なぎが起こした不祥事のこともネタにしてみせた。視聴者はこの時点で「この番組は地上波テレビとは違って自由なんだ」と強く感じたはずだ。

後日、太田は自身のラジオ番組で「俺らも(独立時に)いろいろあったから」と前置きした上で、「ジャニーズと彼らが険悪な関係だと、どっちも幸せになれない」「仲良くやったほうが絶対楽しい」と語っており、3人とジャニーズ事務所、そして事務所に残留した中居正広、木村拓哉とも良好な関係を築いてほしいという気持ちを示してみせた。

■ゆるかったからこそ3人の素顔や本音が分かる

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香取慎吾
「これが新しいテレビの形なのか僕には今も分からない。でも楽しいことには間違いないな」
スポーツ報知 11月3日

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これは「香取慎吾が朝までに絵を描く」というコーナーで香取がつぶやいた言葉。完成した絵には「アベマ最高」というタイトルがつけられた。

とにかく『72時間ホンネテレビ』は圧倒的にゆるかった。悪く言えばグダグダ。だが、だからこそ3人の素顔や本音を知ることができた。AbemaTVの編成制作本部制作局長の谷口達彦氏によると、『72時間ホンネテレビ』は、放送5日前までほとんど内容が固まっていなかったという。谷口氏は番組について「リアリティーショーのようなイメージ」と語っている(『AERA』11月13日号)。

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カンニング竹山
「望んでいたテレビをやっていたの。『テレビでこんなことをやっていたら面白いだろうな』っていうことを」
TBSラジオ『たまむすび』11月6日

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自身も『72時間ホンネテレビ』に出演していたカンニング竹山は、同番組のことを「望んでいたテレビ」と表現している。スポンサーや芸能事務所などに対して過剰に気を遣う地上波テレビは、もめ事が起こらないように丸く丸く収まっていき、その結果、「テレビは面白くない」と言われるようになってしまった。そこへ現れたのが、視聴者が見たいものを見せる『72時間ホンネテレビ』である。

番組の中でもっとも盛り上がったのは、3人が1996年にSMAPを脱退してオートレーサーに転身した森且行を訪ねた企画だ。画面の中では実に21年ぶりの再会となる。3時間にも及ぶフリートークでは、森の脱退のこと、恋愛のことなど、さまざまな話題が率直に語り合われた。まさにファンが「こんなことを見てみたい」と思っていた、そして地上波テレビでは決して実現しないマッチングだった。

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藤田晋 AbemaTV・サイバーエージェント社長
「僕はこういう『しがらみ』や『忖度』というものに、非常に強い疑いを持っている。そこを正面突破すれば、鮮やかな仕事ができると思ったんです」
『AERA』11月13日号

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では、『72時間ホンネテレビ』の企画はどのように生まれ、実現したのだろうか? AbemaTVの藤田晋社長は、インタビューで「発想としては誰もが思いつくものだと思うんですよ」と語っている。これまで一切インターネットに出ていなかった3人がネットで本音を語る。たしかに実にわかりやすいコンセプトだ。オファーは3人がジャニーズ事務所を退所した直後の9月上旬頃、藤田社長が自ら直接出向いて交渉を行った。番組の企画書すらなかったが、最初に会いに来たこともあってか、3人の出演はすんなり決まったという。

■今後メディアはどう変わっていくのか

藤田社長は「誰も何も言ってないのに、勝手に周囲がいろんなことを気遣ったり何かを恐れたりして腫れ物に触るような空気があった」と振り返っている。元SMAPの3人を起用することで、ジャニーズ事務所の怒りを買うかもしれない。つまり、これまでの地上波テレビと芸能界を覆う「忖度」と「しがらみ」だ。それを「正面突破」したことで、視聴者のニーズに応える番組を作ることができたと言える。

「誰にも止められたくない」という思いが強くあったため、番組の正式発表が行われた9月まで、藤田社長を除けば2、3人しかこの企画について知らなかったという。裏返せば、それだけ止められる可能性が高かったということだ。インターネットだって完全に自由というわけではない。事実、この番組にも吉本興業やホリプロ、レプロなどの大手芸能事務所がタレントを出演させていない。そもそも3人は「SMAP」という言葉すら発しなかった。

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草なぎ剛
「強い気持ちで、次の階段を上っていかないといけない。もっと強くなって前に進んでいきたい。また前向いて頑張っていきます」
スポーツ報知 11月6日

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同番組の最後のプログラムとして行われたのは、約2時間にわたる72曲メドレーだった。ここでも新たな試みとして、草なぎと香取がパーソナリティーを務めるラジオ番組『ShinTsuyo POWER SPLASH』(bayfm)が、メドレーの半分ほどを生中継した。エンディングでは、『72時間ホンネテレビ』に出演したキャストたちやファンからのメッセージが流された。森且行からのメッセージが流れたとき、元SMAPの3人は涙を流していた。

とはいえ、まだ3人はスタート地点に立ったばかりだ。AbemaTVも(番組で太田光が藤田社長に言ったように)まだ赤字を抱えているという。たしかにサイバーエージェントの通期決算をみると、昨年度のAbemaTV 事業は209億円の赤字だった。これから3人がどのような「新しい地図」を描いていくのか、地上波テレビも含めたメディアはどう変わっていくのか。今回の番組がひとつの大きな転機になるだろう。

(大山 くまお)