盗塁は増加、肉離れゼロで2年ぶりCS…鳥谷、西岡らを支えた元陸上選手の「走り革命」

 プロ野球で今シーズン、2年ぶりのクライマックスシリーズ(CS)進出を果たした阪神。金本知憲監督の下、2位に入り、就任2年目にして初のプレーオフに駒を進めたタテジマ軍団だが、その裏で“虎の足”から躍進を支えた人物がいる。秋本真吾氏(35)。元陸上のトップハードル選手である。

 肩書は「臨時コーチ」。スプリント指導のプロ組織「0.01」を主催し、サッカー日本代表選手をはじめ、現役アスリートの指導を手掛ける秋本氏は、自身のノウハウを生かし、今年1年、阪神の選手に対して走りの指導を行ってきた。

「全体的に数字を見ると、盗塁数が1、2軍ともにアップしている。数値としてしっかり上がっているし、凡打がセーフになる率も上がってきています」

 こう振り返った通り、盗塁数が1軍は昨季の59個(リーグ最下位)から11増の70個(同3位)、2軍が83個から6増の89個と良化。実際に球団が計測している打者の一塁到達タイムも向上し、機動力アップに一定の貢献を果たしている。しかし、元陸上選手が、プロ野球球団でスプリント指導する。ありそうでなかった異色の組み合わせは、なぜ生まれたのか。

 きっかけは11年のこと。当時、現役だった秋本氏は所属先の実業団を辞め、プロに転向。スポンサー契約したサプリメント会社がオリックスと関係が深かった。その前年、オリックスは盗塁成功率が12球団ワーストに低迷していた。

「球団のトレーナーさんから、スポンサー先に『走りを根本的に変えたいから、教えられる人はいないか』と。それで、ちょうど自分のところに話があって。指導といっても陸上選手しか教えたことがなかったので、野球選手を教えることに興味が湧いたんです」

 意外なきっかけから、実際にT-岡田、伊藤光ら1軍選手を指導すると、衝撃的な発見があったという。

「そもそも、自分はコーチじゃないので、自分が速くなったトレーニングをやってもらおう」と陸上で培った練習を伝授。それをひと通りこなした後、球団が計測した50メートルのタイムが0.3〜0.4秒も速くなってしまった。

野球選手の「走りの欠点」とは? 「努力度を高めれば、速くなる」は間違い

「自分は陸上選手として『0.01秒』を縮めるために大変な思いをして、何年も努力してやってきた。それが、もともと走りのトレーニングをした経験がないとはいえ、数時間でこんなに速くなってしまった。『すごく可能性あるな』って、おもしろさを感じました」

 オリックスとの縁を取り持ったトレーナーは阪神に移籍。そして、1年前の秋季キャンプから臨時コーチとして、阪神でもスプリント指導を任されることになった。

 そもそも、50メートル5秒台で走る選手もいるし、アスリートとしての身体能力は野球選手もトップレベル。にもかかわらず、そんな簡単にタイムが伸びてしまう、野球選手の「走りの欠点」はどこにあるのだろうか。

「サッカー選手とも似ているのですが、『足を速く走る=足を前に出す』という意識を持っています。努力度を高めれば、速くなるだろうという考えです」と明かした上で、こんなシチュエーションを挙げる。

「それが、一番起きるのが凡打になって一塁に行くまで。打ち損じて『やばい』と心理的に体勢が崩れ、際どいタイミングでセーフを狙いにいくと、体が前に傾いて、足を前に振り出そうという走りになる。横から見たら『く』の字の姿勢。それは速く走る上で正しいフォームではないし、引っ張り込んで走る瞬間に太もも裏の肉離れが生まれやすくなります」

 阪神で始まった指導。最初はキャンプ序盤に3日間、終盤に再び3日間指導したが、またも大きな驚きが待っていた。

「最初に見た時、ほぼ全員がこの走りをしていたんです」と秋本氏。秋季キャンプは1軍主力級、ベテランを除いて行われたが、参加選手すべてが速く走る上で理想的とはいえないフォームで走っていた。

 ここから、本格的な取り組みが始まった。正しくつま先で接地するため“その場ジャンプ”など、陸上界で用いられている矯正メニューを敢行。小学生のかけっこ教室も行っている秋本氏は「言っていることは小学生にも変わらない」と話す。意外とプロ野球選手にも理解されていないスプリントの基本を注入していった。

 なかでも、印象的だった選手がいる。大ベテランの鳥谷敬だ。

アキレス腱断裂の西岡剛は「もう一回、盗塁王獲りたいんですよね」と指導を志願

 2月の春季キャンプ。調整が一任されているベテラン勢の参加は免除されていたが、投手陣の指導中の2人がいつのまにか隊列に加入。すると、メニューが終わった後、トレーナーから言われた。「トリが個別に見てもらいたいと言っている」と。秋本氏は驚きながらも二つ返事で引き受け、鳥谷の走りを動画に撮って分析した。

 課題は脛の筋肉が弱く、後方に流れた足のつま先が落ちること。すぐに該当する部位の補強メニューを教えた。すると、翌日、驚くことがあった。アップ前に一人で走るフォームがもう良くなっていたのだ。

「本人に話を聞くと、前日にホテルに戻ってからメニューをやって、朝起きてやって、出発前にやって、球場に来てまたやってきたと。とにかく実践していた。球団の方に聞くと、とにかくトレーニング熱心で、ストイックな方だなと実感しました」

 今年36歳を迎えながら、向上心を持って取り組む“虎のレジェンド”。「自分が鳥谷選手の立場だったら、畑違いの人が来て、わざわざ話を聞きにいくかと考えたら、行かないと思う。一つでも多くのことを学ぼうとする姿勢がすごい」と秋本氏自身も刺激を受けながら指導し、走りは着実に変化したという。

 西岡剛はアキレス腱断裂の故障明けで参加を免除されていたが、全体に実施した講義の中で、本人のためになればと「アキレス腱を痛めやすい走り」について話した。翌日、「走り、見てもらっていいですか」とやってきた。「もう一回、盗塁王獲りたいんですよね」という胸中を聞き、走りを見直した。

 シーズン中は1〜2か月に一度、指導に赴きながら、気になる点があれば個人的に連絡を取り合い、助言を授けた。「ipad」を用いて選手から動画を送ってもらい、遠隔指導も実施。そして、チームとしても内野安打、盗塁の増加という数値として成果が表れ、レギュラーシーズンを終了。「足が速くなった」といううれしさはあったが、それ以上に達成感を覚えたことがある。今季、ランニング中に肉離れを起こした選手がゼロだったことだ。

「以前、指導したサッカーの現場でも同じように肉離れがなくなり、野球はどうかと思っていた。特に投手陣。最初に『投手陣に走りを教えてくれ』と言われた時に『投手に必要なの?』と思ったけど、聞けばポール間走で追い込む時に肉離れをする選手が多いと。体力作りで故障して登板できないなんてもったいない。だから、投手陣は速さより、効率のいいフォームを求めました」

「走り方次第で怪我はなくなる」…走りの見直しで野球界全体のレベルアップも

 以前、走塁中に故障した投手に「もう全然、痛くならないです」という声を耳にした。投手陣だけではない。鳥谷には「守備位置までのダッシュに疲れを感じなくなった」と言われ、日米で活躍してきた大ベテラン・福留孝介には「もう10年早く、この内容を知りたかった」と言われた。実際に変化を感じた選手の言葉が、効果の大きさを物語っていた。

「肉離れしないフォームを作ることの価値は大きな発見でした。世間からは“足を速くする職業”をそういう目で見られない。でも、自分自身は現役時代にフォームが原因で何回も肉離れして気づいていた。だからこそ、走り方で怪我はなくなるということは今後も打ち出していきたい。そういう変化は感じました」

 今月6日には再び、大阪に出向き、阪神の2軍選手のフォームチェック。そして、CSを控える1軍選手に対しては、実践的な指導も行った。就任当初、「陸上選手に盗塁の何がわかるんだ」「赤星を呼んで指導させた方がいい」などと厳しいファンの声も聞こえてきたが、今、1年間をこう振り返る。

「絶対に足を速くして、怪我人をなくして、野球に生かしてやろうと思っていました。1年前の秋季キャンプから始まり、年間を通して関わって、成果が出たことはうれしい。ただ、それもCSの結果次第。機動力を発揮して勝ってくれたら、いっそううれしいですね」

 今年、阪神で革命的な指導で実証したように、野球の基本となる走りが球界全体で見直されれば、故障が減ってレベル向上につながる。国際舞台において機動力を生かしたスモールベースボールがより強力な武器になる可能性だってある。「足を速くする。でも、怪我はさせない。その2つに関しては自信があります」と言った上で、秋本氏は言葉に力を込めた。

「若いうちにやらないとダメじゃない。自分は100メートルの自己ベストを出したのは27歳で、34歳まで10秒台で走っていた。年齢に関係なく、走りの技術を磨けば速く走れる。もう足は諦めて打撃だけで生きていこうと思う選手がいるとするなら、そういう選手に対して、引き出しを作っていきたい。選手の皆さんに言いたいです。今からでも走りは変えられます、って」

◇秋本 真吾(あきもと・しんご)

2012年まで400mハードルで活躍。オリンピック強化指定選手にも選出。13年からスプリントコーチとしてプロ野球球団、Jリーグクラブ、アメフト、ラグビーなど多くのスポーツ選手に走り方の指導を展開。地元、福島・大熊町のために被災地支援団体「ARIGATO OKUMA」を立ち上げ、大熊町の子供たちへのスポーツ支援、キャリア支援を行う。15年にNIKE RUNNING EXPERT / NIKE RUNNING COACHに就任。現在は「0.01」をアテネ五輪1600mリレー代表の伊藤友広氏とともに主催する。