痴漢を疑われ警察に拘束されたマイケルさん。彼はその後、どうなったのでしょうか(写真 : Komaer / PIXTA)

もし、電車の中で痴漢呼ばわりされたら、迷わず逃げる――。これは、痴漢呼ばわりされて数日間警察に拘束されたある欧州出身のビジネスマン、マイケル(仮名)さんが得た教訓だ。

彼はその朝、過去4年間毎朝そうしてきたように、混み合った山手線に乗って通勤していた。と、そのとき、突然、激高した女性に怒鳴られ、体をつかまれた。ほとんど日本語が話せないマイケルさんは、最初、その女性が何を主張しているのかまったくわからなかった。

彼女が怒鳴りだした瞬間、車内の乗客は一斉にこちらを向いた。それから数秒後、マイケルさんは自分が痴漢行為をしたとして、彼女に責められていると理解した。

上司に電話で助けを求めたが…

それから、その女性は彼の腕をつかむと、彼を列車から引きずり下ろし、駅員を呼んだ。頭が混乱していたマイケルさんは無抵抗だったが、「悪いことは何もしていない」と思っていた。これはそもそも誤解であり、最悪の場合でも詐欺なんだと自分に言い聞かせた。日本の法律は無実の自分を守ってくれると思っていた。


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「子どもがいて、犯罪歴もなく、同じ電車で4年間問題を起こさず通勤してきた私のような外国人既婚男性が、痴漢行為をはたらくなんて、一体誰が思うでしょうか。しかし、あの瞬間、その後に起こることがわかっていたら、私は駅から走って逃げていたでしょう」と、マイケルさんは話す。

駅員たちがやってきて、マイケルさんと女性に駅員室に来るように伝えた。彼はこの時点で逃げることもできた。しかし、「無実である」と信じていたマイケルさんは、これに従った。そして、彼は自分の携帯電話に伸ばし、状況を報告。駅員はこれを止めようとしたが、マイケルさんは上司に助けを求めた。

しばらくすると警察が来て、彼と女性はそれぞれ別々の部屋に案内された。そしてマイケルさんは、彼が痴漢容疑で告発されたこと、そして彼に手錠をかけることを説明した。そしてマイケルさんを犬のように1人の警察官につなぐと、パトカーの中に引きずりこんだ。

このときからずっと、マイケルさんは留置所に入っているとき以外は手錠をかけられ、何か(いすや棒など)につながれることとなった。トイレに行くときも、トイレのドアは開けた状態で、警察官とつながれていた。

警察は、通訳者を通じてマイケルさんの尋問を始めた。車内でどのような位置に立っていたのか、その場所にいるとき両手はどこにあったのか、などを、彼は極端なほどに詳しく説明しなければいけなかったという。そして警察は、マイケルさんのDNAを採取し、彼を告発した女性の衣服に付着したDNAと照合を行う、と話した。「この検査がウソをつくことはない」と警察は彼に告げたが、その後、この検査結果について話すことはなかった。

尋問は午前10時頃始まり、午後11時30分頃に終わった。警察は決して脅すことはなかったという。「ただ、とにかく13時間以上私を質問攻めにしました」とマイケルさん話す。

最初は「じきに出られる」と言った弁護士も…

この間、マイケルさんの上司は、マイケルさんと面会できるように求めたが、警察は明白な理由を告げずにこれを拒否した。マイケルさんは家族と会うことも許されなかったという。ただ、幸いなことに、彼は国際的な大企業に勤めていたため、会社の顧問を務める優秀な弁護士たちの助けを得ることができた。

午前0時半、マイケルさんは弁護士たちと面会。すると彼らは、「じきにここから出られる」とマイケルさんを安心させてくれた。が、実際のところ、マイケルさんはその後も、拘束されることになった。

彼は、ほかの容疑者2人と同じ留置所に入れられた。そこは、昼でも、夜でもつねに電灯がついていた。彼は畳のうえで、ほかの2人の被疑者に挟まれて、小さくなりながら朝を迎えた。シャワーを浴びられるのは5日に1回のようだった。

翌日、彼は検察庁に送られた。そこで彼は、ほかの容疑者約200人とともに1つの部屋で待たされた。ようやく担当の検察官と会ったとき、マイケルさんは自らの無実を主張し続けたが、その日も留置所に戻された。その後、弁護士たちと再び面会。が、弁護士たちに前日ほどの「自信」は見られなかったという。

ついに、弁護士との3度目の面会で、弁護士たちはマイケルさんに、やっていない痴漢について自白するようキッパリと要請した。

「でも私はやっていない!」マイケルさんは、ついに声を荒らげた。すると、弁護士は一拍おいて、「いいですか、マイケルさん」とこう始めた。「もしあなたが容疑を認めないなら、警察はあなたを最大23日間拘束し続ける。そして、警察はあなたが罪を犯したと考えれば、あなたを起訴するかもしれない。その事件が検察官に委ねられ、裁判で判事によってあなたに有罪判決が下されれば、あなたは刑を受けることになります」

「その一方で、もし痴漢を認めるのなら、数日のうちに罰金が科され、前科はつくが、ここから出られるでしょう。考えてみて下さい。ご家族のことを考えてみて下さい」

無罪を主張することはリスクが高すぎる

マイケルさんは、自身が勤める国際的な大手企業で重要な責任を担っているような人物だ。道徳心もあるし、人から信頼される人物でもある。そして、自分に自信も持っている。しかし、留置所に戻ってしばらくすると、マイケルさんは自白することに決めた。弁護士たちと同様、無罪を主張することはリスクが高すぎると考えたからだ。

彼の取り調べを行った警察官に対して、彼は今までの主張を撤回。警察が求める「罪の自白」に合うように、すべての供述を書き換えた。「このとき、警察は私が実際にそれをやったかどうかを尋ねることはしませんでした。ただ起こったことだけを尋ねました。警察は真実には関心がなかったのだと思います」とマイケルさんは振り返る。

今やマイケルさんには前科がついている。心に傷を負ったマイケルさんは家族とともに日本を離れ、二度と戻ってくることはないと話している。

筆者はマイケルさんのことをよく知っていて、無実だと信じているが、彼が罪を犯したかどうかを知ることは不可能だ。しかし、マイケルさんの経験から明らかなのは、痴漢容疑で警察にいったん拘束されたら、その後悲惨な状況が待っているということだ。

マイケルさんの話は、私が知っている日本に住む外国人の中では、かなり有名な話だ。同じことが、自分の身にも起こる可能性があることを彼らはわかっており、中には誤って告発されることが怖くて、電車に乗るのを心配している人も数多くいる。通勤電車の中ではずっと手を挙げているという外国人もいるほどだ。

最大23日間という日本の拘束期間は、先進国の中でも最長だ。本来であれば、これは特別な拘留所で行われるべきだが、1908年に拘留所不足からできた暫定制度によって、警察署に拘束されることが多い。取り調べの環境もまた、警察の裁量に委ねられているようだ。

マイケルさんのように、取り調べを10時間以上受けさせられる場合もあり、食事やトイレなども自由には認められないことすらある。さらに、再逮捕されれば、23日間の拘束期間は延長されることもある。もっとも、最近では、東京地裁は、痴漢事件の場合、一定の条件を満たせば勾留を認めない扱いをしているようだ。

また、弁護士は、依頼人が起訴される前に調書を見ることができない。こうした中、弁護士の役割は、容疑者の意思決定の手助けをし、心理的カウンセリングを行うことに限られてしまう。この話を日本人の知人にしたが、誰もこのことをよく知らなかった。

こうした法体制は、容疑者を自白に導くために作られているとしか思えない。先が見えない状況が23日も続けば、誰しも何でも(罪を犯していなくても)自白してしまうのではないだろうか。仮に容疑者が根負けして自白してしまった場合、無罪を証明することはほぼ不可能だ。

外国人だったから最悪のケースは免れた

3月以来、電車で痴漢行為を指摘された後、線路を走って逃走する男性が続発、電車にひかれて死亡するケースも出ている。彼らが有罪だったかどうかを、私たちが知るよしはない。が、彼らがその後起こることを恐れて、こうした行動に出たのではないか、と想像することはできる。彼らが無罪だったとしても、それを立証することは難しかっただろう。警視庁によると、日本の刑事事件における裁判有罪率は99.9%に達する。

日本の犯罪率は著しく低いので、裁判官のミスは、おおむね正常に機能している法システムにおける不幸な出来事だとみなされる。しかし、いかなる理由もなく誰かの生活を破綻させるミスが許されるのであれば、この国の法システムは正常に機能しているとは言えないのではないだろうか。

大手企業に勤める外国人のマイケルさんは、比較的幸運だったかもしれない。企業弁護士とはいえ、早い段階で優秀と考えられている弁護士にアクセスできたからだ。しかし、そんな彼でさえ、自分の無罪を証明することはできなかった。

これが「普通」の日本人だったら、こうした事件で人生が破綻していたかもしれない。おそらく拘束を避けることはできるだろうが、起訴されたり、有罪になったりする可能性はあるのだ。