救急救命を任とする「ドクターヘリ」に携わる人々を描いたTVドラマが話題ですが、この「ドクターヘリ」の操縦士には、どうすればなれるのでしょうか。

あのヘリの操縦士になるためには?

「ドクターヘリ」に携わる人々を描いたTVドラマが、2017年7月より放映中です。現実のドクターヘリこと「救急医療用ヘリコプター」とは、救急専用の医療機器が搭載され、機体内において医師と看護師が必要と判断する治療を行うことができるというもので、現在、急ピッチで増強が進められています。2017年3月現在、全国41道府県で計51機が緊急事態に備え待機しています。

 その操縦士には、どうすればなることができるのでしょうか。ヘリコプターや航空機のパイロットスクールを運営する日本フライトセーフティ(東京都江東区)にて、現役の操縦士として働く、飯田克博さんに話を聞きました。

――ドクターヘリの操縦士には、どうすればなれるのでしょうか?
 
 ドクターヘリの操縦士のような、プロのヘリコプター操縦士として働くにはまず、自家用操縦士と事業用操縦士のライセンスを取得する必要があります。バブル時代以前は自家用操縦士のライセンスのみでヘリコプターの運航企業に入社できるケースがありましたが、現在では事業用操縦士のライセンスも必要となっています。

――なぜ、バブル時代以前は自家用操縦士のライセンスのみで大丈夫だったのでしょうか?

 バブル時代以前は各社、企業体力があり、事業用操縦士を内部で養成することができていたからです。


機体内で医師と看護師が救命医療に従事できるドクターヘリ(画像:photolibrary)。

――現在、自家用操縦士と事業用操縦士のライセンスを取得するためには、どのくらいの費用と時間がかかるのでしょうか?

 当社において、日本国内で両ライセンスを取得するとなると1600万円から1900万円、自家用操縦士のライセンスのみ米国で取得すると、1400万円程度になります。

 両ライセンスの日本国内での取得を目指す場合、たとえば普段、仕事をしながら週2〜3回通学するとして、取得時間は3年から5年かかります。これは、日本で自家用操縦士のライセンスを取得する際の基準が、米国と比べて厳しいためでもあります。それに比べて、自家用操縦士のライセンスのみ米国で取得する生徒さんは、仕事を辞めて月曜日から金曜日までの週5日間、集中的に勉強にはげむケースが多く、人それぞれですが、1年半程度で取得しています。ちなみに当社では9割以上の生徒さんが、米国で自家用操縦士のライセンスを取得しています。

英語必須! 話せないと「お話にならない」

――ライセンスの取得金額が高額ですが、皆さんどうされているのでしょうか?

 自分の貯金をくずして残金をローン払いしたり、親族に借りたりするなど、皆さんさまざまです。

――御社のスクールに入校し、米国で自家用操縦士のライセンスを取得しようとした場合、どのような課程になるのでしょうか?

 当社のスクールに入校すると、日本でまず1日4時間程度、約1か月間座学を行います。米国でライセンスを取得するには当然、英語での試験を突破しなければいけませんので、英語教材と当社オリジナル日本語教材を使って、航空に関する力学やシステム、計器、法規、気象、英語などを学びます。生徒さんのなかには、英語が苦手な方も当然いらっしゃいますので、模擬試験などを繰り返し行うことで、英語に慣れていただきます。カリキュラムの内容はとても専門的ですので、生徒さんの集中力を切らさないよう、講師も日々分かりやすく伝えるよう、努力しています。

――なぜそこまで英語に慣れる必要があるのでしょうか?

 航空管制官とのやり取りを始め、航空業界はとにかく英語づくめだからです。日本にあるヘリコプターの多くは外国製で、機内の表示や利用マニュアルなど、ほとんどが英語で書かれています。ですから、英語を避けていると「お話にならない」のが現状なのです。

――日本での座学を終了したのちの、渡米後の課程はどのようなものでしょうか?

 FAA(米連邦航空局)の定めた自家用ライセンス取得を目指すため、当社の提携校で2〜3か月間かけて、座学や口頭試問対策、飛行実習訓練などを行い、最終的に3択形式の学科試験と実地試験を行います。自家用ライセンスは米国で取得しますが、事業用操縦士のライセンス取得は帰国後、日本で取得するため、米国での教習はおもに日本人教官が担当します。

 標準的な飛行実習訓練の時間は78時間程度ですが、100時間行う方もいます。このあたりは生徒さんのそれぞれの能力によって、大きく変わりますね。

――FAAの自家用ライセンスを取得したあとは、どのような課程になるのでしょうか?

 日本に帰国して約1か月間、学科講習を行い、JCAB(国土交通省航空局)の定める自家用、事業用ライセンスの取得を目指します。米国で取得したFAAの自家用ライセンスを、JCABの自家用ライセンスに切り替えるためには、法規の学科試験を受験する必要があります。この試験とJCABの事業用ライセンスの学科試験(気象、通信、法律など)に合格すれば、残るは事業用ライセンスの実地訓練のみとなります。

ライセンス取得後の壁、「時間」と「ハート」

――JCABの事業用ライセンスの実地訓練は、どのくらいの期間になるのでしょうか?

 8か月間から12か月間かけて訓練します。しかも朝7時過ぎから17時過ぎまでとハードです。場所は国内で、東京ヘリポート(東京都江東区)をベースに関東エリアで行われます。そののち実地試験を経て、晴れてJCAB事業用ライセンスの取得となります。

――あとはドクターヘリ操縦士の募集を探すだけでしょうか?

 ドクターヘリの操縦士には、総飛行時間が2000時間以上のベテラン操縦士しかなることができません。ヘリコプターの運航企業に就職後10年かけて、ようやくたどり着けるといったレベルでしょうか。ドクターヘリは狭い場所や足場の不安定な場所など、着陸の難しい現場で任務を行うケースもあり、極めて高い操縦技術が求められますし、ほかにも、現場からの急な要請で目的地が分からないまま飛び立ち、そこから臨機応変に業務を行うといったような、冷静な判断力と高い集中力も要求されるのです。

――ドクターヘリの操縦士には、ほかにどのような資質が求められるのでしょうか?

 とにかく、社会に貢献したいという「情熱」を持った人材ですね。給与も同年齢の会社員と比べて少し多い程度ですし、操縦士になるまでの訓練もとてもハードですから、軽い気持ちではなることができません。

 ドクターヘリの操縦士の大半は現在50代以上で、高齢化が進んでいます。しかし、これからもニーズが増えていく大切な仕事ですから、若い人たちにもぜひチャレンジしてもらいたいですね。

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 ドクターヘリの操縦士になるには「とにかく情熱が必要」と繰り返す飯田さんは最後に、「操縦士になったあとも、一生勉強し続けてほしい」と話していました。

【写真】まもなくテイクオフ「医療ジェット」


2017年7月末より北海道で医療搬送を目的とした「メディカルジェット」が実用化。写真はその研究運行での様子(画像:北海道航空医療ネットワーク研究会)。