老親を在宅介護することになった。仕事に忙しい自分は介護の担い手になれない。兄弟姉妹も“口だけ”介護。そこで、消去法で妻(嫁)に世話をさせると、とんでもない悲劇が訪れたのだった。

■「長男のオレが面倒を見るから」なぜ夫はカッコつけるのか

「私が担当した利用者さんなんですが、お姑さん(70代後半)の介護が原因で夫婦仲がこじれ、離婚してしまった方がいます」

と語り始めたのは女性ケアマネージャーのYさんです。聞けば、この利用者は50代半ばの夫婦で、共働き。育てた2人の子どもはすでに独立し、休日には一緒に旅行やゴルフに行くなど、とても仲がよかった。ところが、1年ほど前、姑が要介護2になったことで最悪の結末を迎えることになるのです(舅はすでに他界)。

「ご主人には2人の妹さんがいて、自分たち夫婦を含めた3家族はお姑さんが住む実家から、それぞれそう遠くないところに住んでいます。ご主人は妹さんたちとお母さんの介護について相談したんですが、格好をつけたのか『長男のオレが面倒を見るから』と言ったらしいんです。奥さんはその報告を受けた時、『勝手に決めないでよ』と憤ったらしいですが、すぐその後、義妹さんたちから電話があって『大変だったら言って。手伝うから』と言われたし、ご主人も『面倒を見る』と言った手前、介護を分担してくれると思い、やるしかない、と心に決めたそうです」(Yさん)

言うまでもありませんが、姑と嫁が良好な関係にあるケースはほとんどありません。むしろ折り合いが悪くて当たり前というのが世間の“相場”です。その奥さんもそうでした。そこへYさんが担当ケアマネージャーとして入ったわけです。Yさんは言います。

「私自身も嫁ですから姑に対する心理は理解できます。その私から見ても、奥さんは感情を抑え頑張っておられたと思います。利用する介護サービスもお姑さんの状態をよくすることを考えて選択されましたし、勤めもできるだけ早く終えて毎日実家を訪ね、お姑さんの食事を作ったりパジャマの洗濯をしたりしていた。ただ、越えられない一線はあって、排泄の介助はホームヘルパーさんに任せていました」

「お義母さんの介護を私ひとりにおっ被せている」

そんな介護が始まって半年くらいたった頃、Yさんは奥さんに愚痴られたそうです。

「主人が介護を全然手伝ってくれない。義妹たちも口では手伝うなんて言いながら、たまに連絡してくるだけで何もしない。お義母さんの介護を私ひとりにおっ被せている、と。その愚痴を聞いた時、不穏な空気を感じたのですが、案の定、ほどなくしてトラブルが起きました」

実は、姑はもともと外部の人間を家に入れるのが嫌で、嫁がホームヘルパーを入れことさえ気に入らなかった。介護の手抜きをしていると思い込んだそうです。また奥さんは仕事があるから日中のケアはデイサービスに頼らざるを得ないのですが、お姑さんは厄介払いされている、ととらえた。そのことを姑が携帯電話で娘たちに訴えると、事態はさらにこじれました。

■妻に仕事を辞めさせたことが離婚の最大の原因

娘(義妹)たちは介護をしない自分を棚に上げて、兄である夫にそれを報告。夫はそれを真に受けて、奥さんに「なにやってるんだ」と。奥さんのほうも「私の苦労を知ろうともしないし、手伝ってもくれない」と応戦。そんな言い争いが繰り返されることになりました。

「実際、私が訪問してもご主人が対応されたことは1度もありませんでした。そんなところからも、介護を奥さんがひとりで頑張っていると感じました」(Yさん)

その後も奥さんは夫に介護の大変さを訴え続けましたが、夫は聞く耳を持たず、それどころか、奥さんに「仕事をやめてくれ」と言い始めました。自分の稼ぎで十分やっていけるし、奥さんに介護に専念してもらいたいというわけです。

奥さんの置かれた状況と気持ちを無視した夫の勝手な提案でしたが、奥さんはなぜかこの提案を受け入れて、仕事を辞めてしまいます。口論を続けることに疲れ、投げやりになっていたのかもしれません。ところが、この決断が夫婦仲に大きな亀裂を入れる決定打となりました。

「奥さんはある会社の経理を担当していました。ベテランとして仕事ぶりは周囲から評価され、頼りにされていましたし、奥さんもやりがいを感じているようでした。そして何より会社で働いている間は、お姑さんと離れ、介護のことを忘れることができた。気持ちをリフレッシュし、立て直す場でもあったわけです。しかし、会社を辞めたことで、そうした逃げ場がなくなった。お姑さんとは四六時中顔を合わせることになり、それが大きなストレスになりました」(Yさん)

姑の世話で疲労困憊の妻が起こした「ある行動」

精いっぱいやっているつもりの介護もお姑さんには評価されず、それどころか義妹さんたちに否定的に伝えられる。それがご主人に伝わり、文句を言われるという悪循環……。

我慢の限界がきた奥さんは、ある行動を起こします。

姑の年金収入や家の資産をチェックし、その条件で入所できる有料老人ホームを探したのです。そして夫にそのパンフレットを見せ、「お義母さんを施設に入れてください」と言ったそうです。しかし、夫から返ってきた言葉は「おふくろは、この家にいたいと言っている。施設に入れるのは無理だ」。奥さんの気持ちはこの返答で切れ、別居。ほどなくして離婚に至ったそうです。

介護によって良好だった家庭が崩壊してしまうことがあるのです。

■「息子や娘に迷惑かけたくない」消去法で嫁が介護を担う

在宅介護の主な介護の担い手は、家族構成や同居・別居などの条件によってさまざまですが、要介護者に男性の子どもがいる場合は、その嫁が主な介護者になることが少なくありません。

ただし、それとは矛盾する意識調査があります。内閣府が2012年に行った団塊世代を対象にした意識調査の中の「要介護時に希望する介護者」を見ると、最も多かったのは男女とも「配偶者」でした。

男性は54.7%、女性は26.6%。夫婦のどちらかが要介護になったら、連れ添った妻・夫に介護をしてもらいたい人が多いということでしょう。これは当然の意識でしょう。

配偶者の次に多かったのが「子ども(実子)」で、男性は5.4%、女性は13.9%。それに次ぐのが「本人の兄弟姉妹」(男性、女性とも1%)で、「子どもの配偶者、つまり嫁(娘婿のケースはほぼないはず)」に介護してもらいたい人は男性が0.1%、女性は0.7%でした。にもかかわらず、現状にはお嫁さんが介護を担うケースが多いわけです。

この矛盾はなぜ生じるのか。

Yさんは長年介護現場を見てきた経験から、こう読み解きます。
「男性がお嫁さんに介護をさせるのは申し訳ないという意識があるのだと思います。女性の場合は、『あんな嫁の世話にはなりたくない』と思う人も多いはずです。しかし、現実に要介護状態になると、仕事を持っている息子や娘に迷惑をかけたくないという考えが先に立ち、消去法で嫁が残るんです。この世代(70代後半)は自分自身が養父母の老後の面倒を見た人も少なくないですし、嫁というのはそういう立場だという意識も根強くありますから」(Yさん)

「お義父さんは、ポツリと“ありがとう”と言う」

そんなこんなで在宅介護の担い手は、お嫁さんになるケースが多いというわけです。
ただ、ケース・バイ・ケースですが、義父の介護ではお嫁さんはそうストレスを感じることは少ないといいます。

「お義父さんの場合は、ポツリと“ありがとう”と言ったりすることがある。そのひと言でお嫁さんの気持ちが和らぐというか、頑張る気になれるんです」(Yさん)

しかし、姑はただでさえ折り合いが悪いのに、介護となれば言葉や体の接触が密になるわけですから、お嫁さんのストレスは大変なものです。それが高じると、介護放棄や言葉の暴力、虐待に発展することもあるそうです。

そんな事態に陥らないためにはどうしたらいいのでしょうか。「嫁の務めだから、などと決して頑張りすぎないことです」とYさんは言います。

「担当のケアマネに事情を話し、うまく介護サービスを利用して自分の負担を軽くすることを考えた方がいいと思います。いい意味での手抜きですよね。情を込めて介護をしようとしても裏切られることが多い。どうせ嫌われているんだから、割り切るべきです」(Yさん)

■要介護の姑を“操縦”する賢い口の利き方

しかし、介護サービスを利用しようとしても、姑が従わないこともあるのではないだろうか。

「私が担当した利用者さんには、そのハードルをうまく越えた方がいます。その方のお姑さんは、お嫁さんの言うことすべてに逆らうんだそうです。だから、『介護サービスを利用しましょう』と言っても拒絶されることは目に見えている。そこで、一計を案じ、『ケアマネさんからホームヘルパーを勧められたんですが、お義母さんはどうせ受け入れないでしょうから断っておきました』とか、『デイサービスはお義母さんには耐えられないでしょうね』などと逆の言い方をした。そうしたら、すぐに、利用するからと言い出したそうです」(Yさん)

嫁が姑を介護するケースでは、こうした心理戦も必要なのです。

また、夫も介護をきっかけに長年連れ添った妻と険悪な関係になるのは避けたいはずです。離婚といった事態を招かないためには、妻の精神的肉体的なつらさを理解するように努め、少しでも自分で介護をする、それができなければ、せめてねぎらいの言葉をかけるということをすべきだとYさんは言います。

「それと兄弟姉妹など親族に介護の現状を知らせることもご主人がすべきことです。お嫁さんは、親族の目や言動がかなりプレッシャーになり、ストレスにもなるんです。介護がきっかけで親族間がいがみ合うことも少なくありません。だから、ご主人は要介護者の状態を伝える時に、『妻が頑張ってくれているから助かるよ』といったひと言を加えてほしいですね」(Yさん)

親に要介護になったときに「すぐするべきこと」

今回、Yさんを取材している際、隣にいた男性ケアマネのSさんが最後にこうつけ加えました。

「介護は突然始まることが多く、親族の中でも親元の近くに住む人、発言力の弱い人、そしてお嫁さんがなんとなく担い手になってしまいがちです。そうしたコミュニケーション不足がトラブルを招いてしまう。ですから、介護が始まったら、できるだけ早い時期に親族が集まって、介護の役割分担などを話し合ってほしい。その話し合いも、発言力のある人の都合で話が進んでしまうことが多いので、介護の担い手として比重が重くなりそうな人、お嫁さんなどが中心に語り合えるような配慮も必要です」

親が要介護状態になったら、慌てずに親族会議。その際、お金のことでもめるのを回避するため介護の費用負担の話も忘れてはいけない、とSさんはこう続けます。

「お嫁さんには、相続権がないにもかかわらず介護をさせられるという不満が大きいんです。ちょっと言いづらいかもしれませんが、お嫁さんに介護をしてもらう分、費用面は親族が持つ、といった発言があれば、お嫁さんの気持ちも少しは救われるはずです」

(ライター 相沢 光一)