電車内でやってもいない痴漢を疑われたら、とにかく現場から逃走せよ――

インターネット上で従来から唱えられてきた、こんな説があらためて注目を集めている。先日、痴漢騒動に絡み電車から降りた男が実際に線路上をダッシュで逃げる動画が拡散。その逃走ぶりを見たネットユーザーらが、論戦を再開させたのだ。実際、「逃走」という対応は適切なのか。弁護士に聞いた。

弁護士「期待できるメリットに比べ、デメリットが大きい」

線路上を走り去る男を捉えた動画は2017年3月14日、当時現場にいて撮影したツイッターユーザーが投稿した。場所はJR埼京線の池袋駅で、痴漢行為を指摘された男が降車後に線路に下りて走り出したという。

今回の事案が冤罪なのかどうかは別にして、この映像を見て「やはり逃げるのは有効なのか」といった感想をもった人は少なくないようで、「有効ではない」と考える人たちとネット上で論戦を交わしていた。

このテーマは以前から関心を持たれており、たとえば16年3月20日放送の「行列のできる法律相談所」(日本テレビ系)では、北村晴男弁護士が「本当に(痴漢を)やっていないなら立ち去る、あるいは逮捕される前に全力で走って逃げるしかありません」と述べ、菊池幸夫弁護士も「本当にやっていなければ、その場に留まる義務はないです」と話した。

今回、J-CASTニュースが17年3月16日にアディーレ法律事務所の吉岡一誠(いっせい)弁護士に「仮に、やっていない痴漢を疑われた場合、逃走は適切な対応か」について見解を尋ねると、「様々な意見があるかと思いますが、期待できるメリットに比べ、デメリットが大きいと思われるので、個人的にはお勧めしません」とし、こう答えた。

「逃走することにより期待できるメリットは、現行犯逮捕の後に勾留されて、長期の欠勤により仕事もクビになってしまうといったリスクを回避できるというものであり、大きなメリットであることは間違いありません。

しかしながら、ラッシュ時の人ごみの中で逃げることは困難な可能性がありますし、今回のケースのように、逃げるために咄嗟に他者を突き飛ばすなどすれば、暴行罪等、他の犯罪で逮捕されてしまうリスクも生じます。

また、駅構内やホームの監視カメラの映像やIC乗車券の履歴等から人物を特定されて、結局、後日逮捕される可能性があります。そして、その場合には、『やましいことがあるから逃げたのだろう』という判断から、逃げずに現場に留まった場合と比べて裁判所の心証が悪くなる可能性があります」

では、現場でどう対応するのが適切か

そこで対応方法として、現場に留まり、「何よりもまず、『やっていない』ということは強く主張すべきです」と勧めた。その主張を裏付けるための行動として、

「自分に有利な証言をしてくれる目撃者がまだ現場近くに居るかもしれないので、現場近くの群衆の中に目撃者がいないか呼びかけるのが良いでしょう。後になって目撃者を探すことは困難なことが多いです」

という点と、

「被害を受けたと申告する女性に、具体的な被害の状況を語らせることが望ましいでしょう。こちらの認識と食い違いがある部分については、しっかり指摘しておきましょう。なお、後々証拠として用いるためにも、現場での会話は全て録音しておくようにしましょう」

という点を指摘した。

一方、無実でも現場にとどまると、駅務室に連れられ、言い分を聞いてもらえないまま警察に引き渡されてしまうのが現実だという声も少なくない。吉岡弁護士は「このようなリスクを避けるために、名刺を渡すなどして身分を明かした上で、その場を立ち去るのも一つの方法です」とした上で、その際の注意点をこう述べた。

「後日警察から任意の事情聴取を求められる可能性はあります。また、立ち去る際に、被害を受けたと申告する女性や駅員等から制止されることもあるかもしれませんので、暴行をしたなどと言われないためにも、むやみに振り払ったりしないよう注意が必要です」

「この人痴漢です」といった証言さえあれば有罪とされるかを聞くと、

「物的証拠などの客観的な証拠がなく、被害者の供述しか証拠がない場合でも、供述に至った経緯や供述内容の合理性、供述内容の変遷の有無・程度、虚偽供述の動機の有無などをふまえ、その供述が信用できるものと認められ、被告人が犯人であることにつき合理的な疑いが差し挟まれる余地がないと判断されれば、有罪となります」

という。ただ、最高裁では「満員電車内の痴漢事件においては、被害事実や犯人の特定について物的証拠等の客観的証拠が得られにくく、被害者の供述が唯一の証拠である場合も多い上、被害者の思い込みその他により被害申告がされて犯人と特定された場合、その者が有効な防御を行うことが容易ではないという特質が認められることから、これらの点を考慮した上で特に慎重な判断をすることが求められる」という判例が09年4月14日に出たと、吉岡弁護士は紹介していた。