今年4月に8度目の防衛を果たし、日本ボクシング界で圧倒的な存在感を放っているWBC世界バンタム級チャンピオンの山中慎介(32歳・帝拳ジム)。アメリカのボクシング専門誌『リングマガジン』の選出する「パウンド・フォー・パウンド(全階級を通じての最強選手)・ランキング」において、日本人選手として初めてベスト10に選ばれ、改めて世界に名を知らしめた。

 そんな山中選手に、強い憧れを持つ作家がいる。週刊ヤングジャンプでボクシング漫画『リクドウ』を連載している漫画家・松原利光氏だ。今回、山中選手に話を聞くにあたり、インタビュアーに松原氏を抜擢。自身もジムに通うほどボクシングの魅力に取りつかれた漫画家が、「神の左」を持つ男にボクシングへの想いを聞いた――。

松原利光(以下:松原):今日は、よろしくお願いします。

山中慎介(以下:山中):こちらこそ、よろしくお願いします。

松原:今、近年最高レベルで緊張しているんです......。パンチをもらわずして、すでにひざがガクガクしています(笑)。それくらい、めちゃくちゃファンなんです。

山中:ありがとうございます(笑)。

松原:実は、僕が描いている漫画『リクドウ』の主人公・芥生(あざみ)リクは、山中選手を参考にさせていただいている部分があるんです。

山中:そうなんですか?

松原:モハメド・アリ(※)やフェリックス・トリニダード(※)など、複数のボクサーの要素を取り入れているんですが、クレバーなファイティングスタイル、貫通力のあるパンチの打ち方は、山中選手を参考にさせていただいているんです。

※モハメド・アリ=1960年代から1970年代にかけて活躍し、WBA・WBC統一世界ヘビー級王座に輝いた、世界で最も有名なアメリカ合衆国出身のプロボクサー。
※フェリックス・トリニダード=ウェルター級(WBC、IBF)、スーパーウェルター級(WBA、IBF)、ミドル級(WBA)の3階級を制し、「1990年代で最強の中量級」との呼び声も高いプエルトリコ出身ボクサー。

山中:豪華なメンツに加えていただき、光栄です。

松原:まずはV8、おめでとうございます。(8度目の防衛戦となった)4月のディエゴ・サンティリャン(アルゼンチン)戦も圧巻でした。

山中:あの試合(7回KO勝ち)は、自分のボクシングができましたね。

松原:あれだけ「神の左」が警戒されていたにもかかわらず、最後は左で仕留めたのはさすがだと思いました。

山中:ラウンドを重ねるごとに、「もう少しでタイミングが合うな」とは感じていました。最後の左はタイミングでスムーズに出たというか、「ここだ!」と思う前に身体が反応しましたね。あれだけ自分の魅力を見せられた試合は、しばらくなかったかなと思います。

松原:僕は、初防衛戦のビック・ダルチニアン(オーストラリア)戦が、山中選手の試合で一番好きなんです。冷静に距離を保ち、雰囲気に飲まれないクレバーな試合展開が山中選手らしくて。

山中:たしかに、あの試合(12回判定勝ち)は思い通りに戦えましたね。

松原:ガンガン前に出てくるファイターで、「レイジング・ブル(怒れる雄牛)」と呼ばれるダルチニアンのプレッシャーは想定内でしたか?

山中:試合中はそれほどプレッシャーを感じませんでしたね。たしかに、ラスベガスの大舞台を何回も経験している雰囲気やオーラはありましたけど。ただ、ゴングが鳴る前のほうが怖かったんです。

松原:そうなんですか?

山中:向こうの陣営は、めっちゃごっつい奴ばかりで、しかも威圧してきたんで(笑)。

松原:山中選手の最大の魅力を、僕は「ギャップ」だと思っているんです。

山中:ギャップ、ですか?

松原:昨年10月のスリヤン・ソー・ルンヴィサイ(タイ)との防衛戦で、ダウンを奪った後、レフェリーにニュートラルコーナーに行くように指示されながら、対戦相手に歩み寄ってしまってカウントが止まってしまいましたよね? その結果、対戦相手に23秒もひざをついて休ませてしまい、具志堅(用高/元WBA世界ライトフライ級王者)さんに並ぶ世界戦6連続KO勝利を逃してしまいました。

山中:レフェリーに1回注意された時点で、止めておかないといけませんでしたね。反省しています。ただ、本能的なものが出てしまったんですよね。

松原:そう、そこなんです! 専門誌に「山中選手は『キラーインスティンクト(殺戮本能)』が強いため、理性を制御できなかった」と書かれていましたけど、普段は常に冷静でクレバーに試合を運ぶ山中選手が、「ここだ!」という場面で本能がむき出しになる......。そのギャップに、僕はやられてしまうんです。

山中:自分では分からないんですよね。リングに上がると、勝手にスイッチが入ってしまうというか、止められないです。もちろん、冷静でいようと心がけてはいるんですけど。

松原:まさに本能ですか?

山中:そういう部分はありますよね。自分の試合の映像を見ていると、(顔が)ニヤけている時があるんですよ。漫画のようにニヤッという感じで、うっすらと笑っていたりする。それも無意識でやっているんで、映像を見て初めて気づくので驚きますね。

松原:漫画を描く上で参考にしたいのですが、選手がよく「向き合った瞬間、強いと分かった」というコメントをしますよね。それって、例えばどこを見て感じるのですか?

山中:具体的にどこ、ということではないんですよね。構え合った時の微妙な距離感であったり、ちょっとした動作であったり、それこそ雰囲気であったり......。パンチを1発も出さなくても感じるものはありますし、ジャブで牽制している時に感じることもあります。

松原:なるほど。では、今まで向き合って、最も「ヤバい!」と思った選手は誰ですか?

山中:正直、今まで「やりにくいな」と思った選手はいますけど、「こいつ、ちょっとヤバいな」という感覚になった選手はいないんですよね。

松原:すごいですね。つまりまだ、「際際(きわきわ)の戦い」は経験していないのですね。

山中:そうですね。そういう質の相手と、早くやってみたいですね。

松原:やはり、強い選手とやりたいものですか?

山中:もちろん、長く防衛して、お金を多く稼いで......というのもアリなんでしょうけど、僕はもう32歳なので、これから5年、10年とボクシングができるわけじゃない。それならば、相手の質にこだわりたいです。本当の満足感を得られるために必要なのは、やっぱり相手の質だと思うので。

松原:求めるのは、防衛回数よりも、強い対戦相手なんですね。

山中:もう、防衛回数にこだわりはないです。記録としては残るでしょうけど、防衛回数の長短がボクサーとしての本当の評価かと言ったら、決してそうではない。一戦一戦の内容や、誰にどういう内容で勝ったかが問われている時代なので。

松原:では、具体的に対戦してみたい選手はいますか?

山中:バンタム級では正直、パッと思い浮かばないですね。もちろん、統一戦は魅力的ですけど。1階級上のスーパーバンタム級のほうが、今は熱いんですよ。

松原:ということは、階級を上げる可能性もあるのですか?

山中:1階級くらいであれば、という感覚はありますね。良いカードを組んでいただけるなら上げます。

松原:WBCのスーパーバンタム級王者、レオ・サンタ・クルス(メキシコ・26歳)との対戦を望んでいるという発言もされていますよね?

山中:サンタ・クルスはアメリカでの評価が高いですし、ラスベガスでの人気もある程度ある。対戦できれば、僕の夢でもあるラスベガスで試合ができるでしょうから。そういうことを込みで、彼の名前を出しているんです。でも、サンタ・クルスが階級を上げるというウワサもありますし、なかなか難しそうなんですけどね。

松原:ただ、ノニト・ドネア(フィリピン・32歳/世界5階級制覇王者)がフェザーからスーパーバンタムに階級を下げてくるというウワサもありますよね?

山中:そうですね。もし、ドネアがどの団体にせよ、スーパーバンタム級の王者になるのであれば、挑戦したいですね。

松原:山中慎介対ノニト・ドネア――。ファンとしては想像しただけで興奮します。

山中:実現したらビッグマッチですし、スリリングな面白い試合になると思います。それに、ドネアには同門の先輩、西岡(利晃/元WBCスーパーバンタム級王者)さんがやられていますから。そういう意味でも、面白い試合になりますよね。

松原:スーパーバンタムなら、WBAとWBOのスーパー王者、ギレルモ・リゴンドウ(キューバ・34歳)もいます。対戦の可能性はありますか?

山中:リゴンドウもいいですよね。究極の戦いができる相手だと思うんで。ただ、プロとして観客のウケを考えてしまうと、どうなのかなって思う部分もあって。

松原:タイプとして噛み合ない可能性がある、ということですか?

山中:そうですね。僕もリゴンドウも、自分から攻めて行くほうじゃない。そうすると、試合を楽しめる人が限られてしまうかなと。自分のスタイルを崩して、攻めて行ったほうが負けるというか。山場のない、退屈な展開で試合が終わってしまう可能性もある。リゴンドウは素晴らしい選手で、抜群に強いことは間違いない。ただ、観客に楽しんでもらうという面では、「対戦相手としてどうかな?」と思います。

松原:現在、日本人の世界王者は9人います。日本のエースの自覚のようなものはありますか?

山中:誰よりも目立ちたい、という思いはあります。それがラスベガスにつながることになるので。でも、エースどうこうというのは、自分ではなく、周りが決めることなんで、意識したことはないですね。

松原:なるほど。現在は帝拳ジムのジムメイトで、高校の後輩でもある村田(諒太・29歳/ミドル級)選手も、5月に見事なTKO勝ちをしましたよね。刺激は受けますか?

山中:ええ。いい刺激をもらっています。帝拳には、現役世界チャンピオンや元世界チャンピオンが数多くいるんです。だからみんな、刺激し合って練習しています。

松原:三浦隆司選手(31歳/現WBC世界スーパーフェザー級王者)、ホルヘ・リナレス選手(29歳/現WBC世界ライト級王者)、粟生隆寛選手(31歳/元WBC世界フェザー級&WBC世界スーパーフェザー級王者)、下田昭文選手(30歳/元WBAスーパーバンタム級王者)、五十嵐俊幸選手(31歳/元WBC世界フライ級王者)......。豪華すぎる練習風景ですよね。いつか見学してみたいです。

山中:ぜひ、いらっしゃってください。

松原:ホントですか、必ずおうかがいします! 本当に名残惜しいんですが、そろそろお時間なので、今日は時間を割いていただき、ありがとうございました。次の試合も期待しています!

山中:こちらこそ、今日はありがとうございました。


【profile】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年10月11日生まれ、滋賀県出身。帝拳ボクシングジム所属。第29代WBC世界バンタム級チャンピオン。2006年1月にプロデビューを果たし、2011年11月に世界王者となる。今年4月、8度目の防衛に成功。171センチ。25戦23勝(17KO)0敗2引き分け。

■松原利光(まつばら・としみつ)
29歳。和歌山県出身。2007年に『ヤングジャンプ増刊・漫革』(集英社)で『フリーダムスマッシュ』が掲載され、商業誌デビュー。原泰久(『週刊ヤングジャンプ』にて『キングダム』連載中)のアシスタントを経て、2014年より『週刊ヤングジャンプ』にてボクシング漫画『リクドウ』の連載をスタート。

水野光博●構成・文 text by Mizuno Mitsuhiro