■オバマの日本語力と私の英語力を比較

「お招きいただき、光栄です」

こう私が日本語で告げ、出迎えてくださったオバマ米国大統領と笑顔で固く握手を交わした。安倍晋三総理同行で招かれた米国大統領主催晩餐会の冒頭の一コマである。私は小泉純一郎元総理のアメリカ訪問時以来、2度目のホワイトハウス晩餐会への招待となった。「2度の招待を受けたのは飯島さんがはじめてではないか」と安倍総理に冷やかされたが、大変に名誉なことだと思っている。この晩餐会で、私が座ったテーブルは全員アメリカ人で、英語の話せない私は、彼らとまったく会話ができなかった。「いつでも通訳に行きますから」と言った隣のテーブルの(旧知の)佐々江賢一郎駐米大使はもちろん通訳にはこなかった。ご自身のことで大変にお忙しかったのだろう。

とはいえ、外交交渉で英語を話す必要は、それでも感じていない。大事なことは愛嬌と度胸だ。その証拠に、オバマ大統領とて、日本語は全くと言っていいほど話せない。安倍総理の米国訪問の前後で「オハヨウゴザイマス」「カラテ、カラオケ、マンガ、アニメ、エモジ」「マタチカイウチ」とスピーチなどで日本語を使っていたが、私だって「グッドモーニング」「ハンバーガー、コーク」「スモーキングルーム(喫煙室)、プリーズ」ぐらいは話せる。オバマ大統領の日本語力と私の英語力とで、どっちが上手かと言ったら勝てる可能性はある(笑)。

それは冗談として……。

2回目だから余計に強く感じたのかもしれないが、今回米国側の安倍総理への待遇は破格のものだった。国家元首並みとよく言われたが、それ以上にオバマ大統領をはじめ、米国で安倍総理を迎えてくれた人から「おもてなし」の気持ちが感じられたことがうれしかった。同行中、やはりいちばん感動したのは、米議会の上下両院合同会議での演説だ。日本のニュースでも10回以上のスタンディングオベーションがあった、と報じられたそうだが、現場での拍手喝采の大きさはすさまじいものがあった。議員たちが立ち上がっての拍手が鳴りやまない。最後には、事前に配られた演説原稿に、総理のサインを求める列ができたほどだ。

事前に演説原稿に目を通したときには「これで米国の議員へ伝わるのか」という不安もあった。私は英語がよくわからないので、読んだのは和文だけだが、静かな淡々とした印象だった。国会の所信表明演説もそうだが、どうしても日本語の演説は、問題点を指摘されないことを重視して官僚が作文するため、平坦な内容になってしまう。その点欧米の政治家だと、例えば、ブッシュ元大統領なら、第二次大戦中に戦闘機に乗っていて日本軍に撃墜されたというようなインパクトのあるエピソードを中心に構成される。安倍総理の演説原稿の第一印象はそういう鍵になるようなネタが足りないような感じだったのだ。

それが蓋をあけてみたらびっくりするほどの大うけ。それで聞いてみたら、今回の演説は日本語の原稿を英文に訳したのではなくて、英語に精通したスピーチライターが最初から米国人の感性に合わせて英語で書いたものらしい。だから日本語で読むとよさがなかなかわからないが、現地で米国の人の反応を見ると、英語がわからない私でも素晴らしい演説だったことを体感できた。

そんな米国側の反応を証明するのが、演説後に欧米などの著名な学者187人が発表した「日本の歴史家を支持する声明」だろう。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で知られるハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル教授や、米マサチューセッツ工科大学のジョン・ダワー教授など、世界中の知識人が集まったと言ってよいそうそうたる顔ぶれだ。

日本の報道では、この声明文は、いわゆる歴史認識の問題について演説内で「謝罪」がなかったことに抗議するために発表されたかのように扱われていたが、全文を読んだ印象は全く違う。声明文で演説に触れた部分は次の通りだ。

「議会演説において、安倍首相が人権という普遍的価値、人間の安全保障の重要性、そして他国に与えた苦しみを直視する必要性について話しました。私たちは、こうした気持ちを賞賛し、その一つ一つに基づいて大胆に行動することを首相に期待してやみません」

これがどうして総理への抗議になるのか理解に苦しむ。

こと歴史問題に関して、第二次大戦の敗戦国である日本は、国際的に肩身の狭い思いをしてきた。外交下手も重なって、海外では中国や韓国の一方的な主張に押されてきた面もある。それが、安倍総理と現政府の努力で少しずつ風向きが変わってきたように思う。声明文をさらに読んでみよう。

「慰安婦問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、ゆがめられてきました」「元『慰安婦』の被害者としての苦しみが、その国の民族主義的な目的のために利用されるとすれば、被害者自身の尊厳がさらに侮辱されることになります」「『慰安婦』の正確な数について、歴史家の意見は分かれていますが、おそらく永久に正確な数字が確定されることはないでしょう」「米国、ヨーロッパ諸国、日本を含めた、19・20世紀の帝国列強の中で、帝国にまつわる人種差別、植民地主義と戦争、そしてそれらが世界中の無数の市民に与えた苦しみに対して、十分に取り組んだと言える国はまだどこにもありません」

世界の論調に影響力を持つ学者たちが、こういう公平な見方をしてくれるようになったことが本当にありがたい。これも安倍総理の演説が米国を動かしたからだろう。

安倍首相の帰国後、あれだけ慰安婦問題の解決と言っていた、韓国のパク・クネ大統領も、歴史問題と日韓関係は別、というように軟化しているから、安倍訪米の効果は絶大だったのではないか。

■米国共和党に近い自民党清和会

今回の訪米で、オバマ大統領は就任以来はじめてと言っていいほど、親日的な姿勢を見せた。訪日時でさえ、ビジネスライクな言動を繰り返した大統領が、ここまで安倍政権に肩入れしたことは大きな収穫だった。中国の画策するアジアインフラ投資銀行に脅威を感じたのかもしれない。同盟国・日本とは経済・安全保障両面で歩調を合わせることでアメリカの国益も増大することが、就任6年目にしてやっと理解できたのだろう。(安倍総理の出身母体である)自民党清和会は、伝統的に米国共和党と交流が深い。これまでの冷めた関係もそういったことが背景にあるのかもしれない。しかし、この訪米を機に米国民主党とのパイプがつくれた。そうなれば、オバマ大統領の民主党と議会の過半数を握る共和党の両党が日本との連携を深めようとするだろう。いろいろと実りの多い訪米だったが、ただひとつ残念なのは、あまりの過密スケジュールでお土産を買う時間が取れなかったことだ。

(内閣参与(特命担当) 飯島 勲)