奥田民生、もうじき50歳。初のアメリカ公演で語ったこと
 何年か前に『ベストヒットUSA』を観ていて、興味深いシーンに出くわしました。ゲストのジェイソン・デルーロ(25歳)にイントロクイズが出題されたところ、問答無用の大名曲が分からなかったのです。オーティス・レディングの「ドック・オブ・ザ・ベイ」。周囲からヒントをもらうものの、結局サム・クックとの区別がつかずじまい。

 同じようなことがアウル・シティー(28歳のアダム・ヤングのソロプロジェクト名)を迎えた回でも起きました。曲はプリンスの「ビートに抱かれて」。ソングライターを職業とするならば知らないほうが難しい曲ですが、こちらも一向に出てこない。

 博識以前の常識が共有されずにどんな曲が生まれるのかと考えると、少し怖くもなります。しかし彼らのようなミュージシャンが出てきてしまう責任の一端は、聴き手の側にもあるのではないでしょうか。作り手同士の切磋琢磨だけでは、やはり限界があるからです。それは日本でも同じこと。

◆奥田民生は日本の聴き手に不満?

 そんな“厳しい聴き手”の不在を指摘し続けているのが、意外や意外、奥田民生。口数が少なくリラックスしたイメージがありますが、事あるごとに耳に痛い言葉を残しています。

 およそ20年前の本『FISH OR DIE』からのエピソード。ジェリーフィッシュのライブを観に行った民生は、ファンからのこんな問いかけに戸惑いを隠せなかったといいます。「民生さん、アンディとロジャーどっちが好きなんですか?」。

 そして2015年現在。ギタリストとして参加したバンド「ザ・ヴァーブス」初のアメリカ公演に際してインタビューを受けた彼は、現地のオーディエンスについてこう語っています。

「音楽の浸透度というか、みんな音楽が好きだなという印象が、日本より強い感じがする」

⇒【YouTube】Interview with Tamio Okuda and The Verbs in LA!/FCI NY http://youtu.be/iLGJ9KQJuto

 20年もの時を経ても、奥田民生はまだいらだっているように見えます。では一体“厳しい聴き手”はどのようにして育つのでしょうか。一つの手段が啓蒙活動であり、ミュージシャンはそれを実演によって行えるアドバンテージを持っています。

◆民生が歌うカバーアルバムを聴きたい

 3月18日にリリースされたザ・ヴァーブスの『Cover Story』。

 60、70年代のロックスタンダードをスティーヴ・ジョーダン(ドラムス)、ウィリー・ウィークス(ベース)という超スゴ腕によるリズムセクションが再現する。この贅沢は他では味わえません。

http://www.theverbs.us/glad-all-over/

 長年の懸念を払しょくするにはこれこそ日本でプッシュすべき作品だと思うのですが、バンドのボーカリストはスティーヴ・ジョーダンの妻ミーガン・ヴォス。ジョーダン主導のプロジェクトなので仕方ありません。

 それでもこの音と民生の歌で聴きたい。そして彼の見識が認める楽曲を演奏し、作品として残してほしい。聴き手を育てるには、王道を行くしかないのだと思います。

◆カバー集は、歌い手の価値観の表明

 そこで参考になりそうなのが、ザ・ヴァーブスのリズム隊もそろって参加しているボズ・スキャッグスの『A Fool To Care』。『Cover Story』よりもソウル、リズム&ブルースよりの選曲ですが、こちらも大変な傑作カバー集。

⇒【YouTube】Boz Scaggs‐A Fool To Care(Full Album Sampler) http://youtu.be/GvSRX2JXuY8

 啓蒙とは意味合いが異なりますが、しかしこの選曲には歌い手の“顔”がしっかりと刻まれている。リラックスしたサウンドを支えるものは、ボズの揺るぎない価値観。「I’m so proud」(カーティス・メイフィールド)や「Love don’t love nobody」(スピナーズ)などの曲もアラバマ色になってしまう。そこにパフォーマーの歴史があらわれるのです。

Boz Scaggs‐I’m A Fool To Care(Jools Annual Hootenanny 2015) http://youtu.be/hAN8LnK960o

 今年の5月で50歳を迎える奥田民生ですが、そろそろ「J-POPの大立者」(朝日新聞)の看板をおろしてもいいころなのではないでしょうか。そして聴き手を育てるのはもちろんのこと、2000年の大傑作『GOLDBLEND』以来、緩やかに下降線をたどるソングライティングに小休止を入れる意味でも、腰を据えて他人の曲に向き合うのも悪いことではないと思うのですが。

<TEXT/音楽批評・石黒隆之>