『ひみつの教養 誰も教えてくれない仕事の基本 』(プレジデント社)

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 かつて小泉純一郎元首相の秘書官として政界裏工作やマスコミ対策に豪腕を振るい、現在は内閣官房参与の職にあって、安倍首相の強力ブレーンを務める飯島勲氏。そんな飯島参与が"世界水準のエリート""リーダー"になるための秘訣を教えるというフレコミで出版したのが、『ひみつの教養』(プレジデント社)だ。

 ただの秘書経験しかない飯島氏がいつのまに"世界水準のエリート"に?と驚いていたら、その中身も想像を超えたとんでもないシロモノだった。

「私のこれまでの経験から、日本社会の中で組織を生き抜き、権力をつかむ方法を伝授する」という飯島参与だが、国際性やリーダーとしての資質論はほとんどなし。とにかく、自分の利益や地位を守るために手段を選ぶな、とばかりに、嘘やデタラメ、不公正、責任放棄といった卑劣きわまりないやり口を読者にアドバイスしまくっているのだ。

 たとえば、人材活用。飯島氏はなんと実力主義を否定し、「バカ」の重用を提唱する。

「ここは思い切って『バカ』を徹底的に利用するのがいい。明らかに能力不足の部下であったなら、むしろ大きな権限を与えて重用する。その部下は大喜びするだろうし、自分に対して敬意を払う」

 逆に有能な人材を重用しても、それは当然だと思われ感謝もされず、自分を軽視さえする。しかし「バカ」を重用すれば恩を感じて絶対的味方になるというのだ。

「実力主義は組織存続のための最小限にとどめ、人材登用はまず『敵』『味方』で行うのが現実的な知恵だ」

 さすが、郵政解散で党内に「抵抗勢力」なる仮想敵をつくって、世論を誘導し、権力維持をはかった小泉首相の参謀である。

 一方、上司に対してはどう対処するか。飯島氏は「上司が『カラスは白い』と言ったら正しい返事は、どっち?」と読者に質問を投げかけたうえで、当然のように「カラスは真っ白」が正解だと断言する。

「組織で理不尽はつきもの。上司がちょっとおかしなことを言ったからといって笑って受け流さなければ社会人などやっていられない」

 しかも、飯島参与は「私なら『白いカラスを連れてきて、やっぱり上司の言う事は正しいと宣伝する』」という。

 部下を「バカ」呼ばわりし、上司には徹底的に媚びへつらう。そんな飯島流処世術が上から目線で語られていくのだが、まあ、これくらいなら、勘違いジジイの自慢話として受け流してもいい。問題はミスや不祥事への対処法だ。

 飯島は「これらはすべて私が実際に経験したことをもとにしている。すぐに現場で応用できるはずだ」と前置きして驚くべき卑怯な手を伝授する。

「会社のスキャンダルが表沙汰になったら、一切の責任を誰かに押し付けて、一目散に逃げることをお勧めする。(略)設備投資がほとんどなく、アイデア一発勝負で起業でき、慢性的人手不足のIT産業なら、重大な不祥事が明るみにでた時点で退職金をもらって遁走すべきだろう。
 投資関連会社なら、大金を稼ぐなり、ノウハウさえ盗みなりすれば、あとはどう蒸発するかを考えたほうがいい。このような業種にいるのならメディアや捜査当局と戦うメリットは一つもない」

 さらに、メディアや捜査当局と対峙しなければならなくなっても、明白な違法行為でない場合は、「価値観の違いであると強弁すること、絶対に謝ってはいけない」と断言する。

 そして、マンションの景観についての業者と住民とのトラブルになり、業者が「申し訳ない」と謝ってしまったことで裁判に敗訴したことを例に出し、「突っぱねればよかったものを」と残念がるのだ。

 また、みずほ銀行が不祥事の際に、頭取が謝罪会見に出席したことを例に出し、トップが謝ってはならない、と主張する。

「みずほにとって頭取の謝罪にプラスの効果はまるでなかった。喜んだのはマスコミだけだ(略)第一に、はじめの釈明、謝罪に役員が出てきたことだ。これによって問題が大事かのような印象を広めてしまった。謝罪に関しては、広報と担当部署が書面で済ませてしまうのが一番いい」

 カメラの前で謝れば、マスコミの扱いも大きくなるから、無味乾燥な書面がベストだという。また会見じたい、法的に義務付けられているわけではないから「無視できるだけ無視したほうがいい」となる。

 そして会場は自社でやるとエンドレスになるため時間を区切ってホテルで。また、違法農薬を使った中国産の米の売買が発覚した場合を例に、会見での具体的発言をレクチャーする。

「『商品の回収など生ぬるいことでは問題を反省したことにはならない。現地法人の経営者を即刻クビ、法人を解散させる』と、記者をびっくりさせる大げさな幕引きをするという手もある。後日、同じ人間を経営者に、別の名前の会社が、同じ場所で発足するという算段だ」

 メディアの追求は一過性のものだから、時間が経てば後追いしないと飯島氏は嘯く。

 企業に社会的責任が求められる昨今の傾向とは真逆の、無責任きわまりない手法のアドバイス。こんな人物が内閣参与を務めているという事実に愕然とするが、実は飯島氏は政治家に対しても、同様の事実隠蔽、責任放棄をすすめている。

 例えば第二次安倍内閣改造で経産相になり、その後政治資金の問題で辞任した小渕優子議員について、飯島参与は自分なら「辞任を防ぐ手立てがあった」と豪語するのだ。

 飯島参与はこれまで数多くの閣僚の身体検査を行ってきたが、ほとんどの政治家は怪しい領収書の一枚や二枚は必ず出てきたという。そこで指示するのが政治資金収支報告書の"修正"だった。

「収支報告書はいくらでも修正できる、という特徴を最大限に利用し、閣僚候補の報告書から怪しい領収書が見つかった場合は、ただちに怪しげな記載事項についての修正を行わせていた」

 収支報告書の"修正"ではなく"改ざんのススメ"ともいえるものだが、飯島参与はこれを自分の手柄だと言わんばかりに自慢し胸を張る。そして小渕議員に関しても問題発覚の経緯から十分に"改ざん"が可能だったと主張する。

「実は小渕氏の政治資金問題を最初にスクープしたのは『週刊新潮』ではない。スクープ記事が発売される約一カ月前、内閣改造直後の九月一八日付の「しんぶん赤旗」が、『小渕経産相。第三の"財布"/企業・団体献金二七五八万円』と報じている」

 よって「しんぶん赤旗」の報道が出たときに、さっさと収支報告書を"修正"していれば、辞任することもなかったと、小渕事務所や経産省に説教するのだ。

 それだけではない。同じく"うちわ"問題で辞任した松島みどり元法務相についても、「私は四〇年以上選挙に関わっているが、社会通念上「うちわ」に見える公職選挙上の『法定ビラ』など無数に存在している」として、こう断言する。

「そのまま突っぱねればよかった」

 政治家としての使命や有権者に対する責任を一切顧みない、自分の地位や権力を維持するための方法が延々書かれているのだが、しかし、今の安倍政権、安倍首相のふるまいを見ていると、まさにこの飯島流処世術を実践しているのではないか、という気もする。自分の不祥事や失言は一切謝罪せず、すべてメディアのせいにして、味方だけを重用する──。

 実際、飯島参与の安倍首相との結びつきはかつての小泉元首相との関係をはるかに凌駕する濃密さだという見方もある。本書でも、飯島氏は安倍晋三首相と菅義偉官房長官のことを気持ち悪いくらいに持ち上げまくる。

「将来のための不人気政策を実行し、かつ国民の信頼を得られる稀有な政治家である。この二人が舵取りをしていることに日本の幸運を感じると同時に、私のすべてを尽くして応援していきたいと決意を新たにした」

 そして、返す刀で、官邸に敵対するものを徹底的に攻撃するのだ。たとえば、今、問題となっている辺野古移設について飯島氏は「衝撃のスクープ」と章立てしてこんなことを言い放っている。

「経済的に厳しい状況に置かれていた辺野古地区では、村の発展の決め手として米軍誘致を決定、村長が村議会議員全員の署名を集めて、米軍の民政長官に陳情したという。慎重に対応していた米軍側も、村の熱心な陳情と、海兵隊の訓練場の必要に迫られたことから、誘致に応じたそうだ」
「(それなのに)現在の辺野古には、東京からカネを巻き上げることしか考えない住民、他県出身者の反対派左翼運動家も流れ込み、ますます事態を複雑にしてしまった」

 都合のいい部分を抜き出して事実をゆがめる手口も安倍首相そっくりではないか。このひどい政治状況はもしかしたら、頭の悪い暴走首相と卑劣な政界仕掛人の合体がもたらしたものなのかもしれない。
(野尻民夫)