おかげさまで、この『新車のツボ』も100回目記念。ここは景気よく!......というわけで、今回は歴代最高価格車を取り上げることにした。英国王室御用達にして、みずからのキャッチフレーズで"ベストカー・イン・ザ・ワールド"といい切っちゃうロールス・ロイス(以下、ロールス)だ。

 世の高級車といえばメルセデスやBMWなどのドイツ系が有名だが、これらもしょせんは基本的に2000万円級どまり。ロールスはさらにその上。まさに雲上界の、"やんごとない"方々のためのクルマである。まあ、現在のロールスは経営的にはBMW傘下だったりはするが、クルマは別物である。

 現在のロールスは大きく分けて、2つの系統がある。大きいほうが"ファントム"で、価格はベース価格で約5000〜5800万円。今回の"レイス"は小さいほうで、そのベース価格はファントムよりお安め(!!)で3333万円。レイスとほぼ同等サイズの4ドアモデルは"ゴースト"で、ベース価格はやはり3000万円台(約3200〜3700万円)となる。

 ここでベース価格という、普段あまり使わない表現をしたのは意図的である。だいたい、やんごとない世界では、おクルマをツルシ状態でお求めになる方々はほとんどいないからだ。そもそも選べるカラーや室内素材、オプションは下々の大衆ブランドではありえないくらい膨大だし、カタログにないカラーや室内調度を追加したり、場合によっては家紋を入れたり......といった特注例も多い。

 今回の取材車もそうである。たとえば、1300個以上のLEDを職人が手埋めするスターライト・ヘッドライナー(直訳すると、星空天井)だけでも140万円ちょい、自光式のボンネットマスコット(通常は金属製)で80万円弱......と、「それだけで新車が1台買えるわ!」とツッコミたくなる驚愕オプションがテンコ盛り。ベース価格は前記のとおり3333万円だが、今回のレイスの総額はほぼ4000万円でございます。あっ「マンションを諦めれば、俺、もしくは私でも買える......」とか錯覚しちゃったそこのアナタ、クルマには30年ローンとかありませんから。あしからず。

 それにしても、やんごとない世界を垣間見ると、すぐにカネの話となってしまうのが、下々の人間の悪いクセである。すみません。

 レイス......というか、ロールス全車に共通する大きな特徴のひとつに、現在のクルマ用のドアとは正反対に、後ろヒンジで前側が開く"コーチドア"がある。

 こうした前開きドアは、きらびやかにドレスアップしていても乗り降りしやすく、ロールスに乗るような超VIP最大のハイライトである「クルマから降り立つ」ときに優雅に見える......というのがメリットだろう。

 ファントムやゴーストなどの4ドアのロールスでリアドアが前開きなのは、主役たるオーナーが座るのが基本的に後席だからだ。しかし、レイスは主役がみずから運転する2ドアクーペなので、当然のごとくのフロントがコーチドアになるわけだ。

 ロールスは伝統的に、エンジンスペックを公開していなかった。エンジンのデータ表に記されていたのは"必要十分"という文字だけ。こんなエピソードもかつてはロールスの孤高っぷりを象徴するツボだったのだが、BMW傘下になった現在のロールスは普通のクルマと同じく、排気量や出力、トルク、燃費(日本のJC08モードは非公開......というか、たぶん未計測)といった性能値はきちんと公開されるようになった。なんせ、現代はなんでも情報公開の時代だからか(笑)。

 自分でステアリングを握るべき2ドアクーペのレイスといっても、そこいらの下世話なスポーツカー(?)のようなふるまいは皆無。本気で走れば、スーパーカーなみの性能をもっていても、普段の運転感覚は粛々としたもので、路面に凹凸など存在しないかのように滑る乗り心地。ステアリングホイールそのものも大きく、そしてそのステアリングやアクセルや反応も"じんわりの極致"みたいな調律なので、しらずしらずのうちに、いい意味で上から目線の、落ち着いた上品な運転になるのがロールスのツボである。

 オートマは8速もあり、サスペンションも精巧な電子制御可変システムのカタマリなんだが、よくある"なんちゃらモード"とか"マニュアル・パドルシフト"みたいな切り替え式のオモチャはなにもない(エンジン回転計もない!)。しかも、こんなに巨大なのに、ボディの四隅が手に取るようで、ビックリするほど運転しやすいのがロールスだ。そりゃそうだ。お抱えの運転手だろうが、自分の運転だろうが、どこでも優雅にスイスイ走れてこそ、本物のVIPのツボってことなのだろう。

 やんごとない世界では、優秀な執事ほど黒子に徹して、その存在を意識させないものだ。ご主人の手をひとつも煩わせず、舞台裏などこれっぽっちも見せず、ご主人のツボを尽きまくるのがロールスという機械なんである。

 基本的に階級社会ではない日本では、本来の意味でロールスに乗るべき人間というのは存在しない。日本の皇室も昔はロールスを好んで使っていたようだが、今はもちろん国産車が基本である(パレード用のオープンカーなどはロールスだけど)。

 だから、日本でロールスに乗っているのは、みずからの才覚で成功した方々である。ロールスに乗る(あるいは乗っていた)有名人としてはビートたけしさんが有名だが、それ以外をネットで検索してみたら、鈴木その子氏(故人)やアパグループの元谷芙美子氏、たかの友梨氏......などがヒットした。

 圧倒的に女性が多いのは、男性の成功者の場合、まずはフェラーリなどのスーパーカーに乗りがちだからか。乗ってみればロールス自体が女性的なクルマとは思わないが、この世でここまでオーナーにかしづいてくれるクルマはロールス以外にない。このあたりが女傑たちのツボをくすぐるのかも。

佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune