“かつて大虐殺を行った当事者が、その行為を再現する”。この前代未聞の試みに賛否が巻き起こり、世界及び日本でも昨年異例のロングランヒットを記録した『アクト・オブ・キリング』。まだ、その記憶も新しいが、また違った衝撃が走るドキュメンタリー映画が今後続々と公開予定だ。『アクト・オブ・キリング』に続く衝撃作を11本紹介する。

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■暴力と恐怖に支配された街の現実を、否応なしに目撃『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』

イスラエルの報道写真家、シャウル・シュワルツの初の長編『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』(4月11日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開)は、邦題からわかるように、メキシコ麻薬戦争の実状に、自らの命を奪われる一歩手前のギリギリまで踏み込んだ1作だ。

舞台は“世界で最も危険な街”と称されるというメキシコの都市シウダー・フアレス。この町では、なんと年間3000件を越す殺人事件が起きる。ところが、事件が解決されることはほぼ皆無。メキシコでは起きた犯罪の3%しか捜査されず、99%の犯罪は罪に問われることなく犯罪者は野放しになっている。というのも下手に警察が捜査に動くと、彼らに待ち受けるのは麻薬組織による“死”の報復以外にないのだ。

カメラは地元警察官のリチの毎日を主軸に追う。その日々は衝撃と戦慄のシーンの連続だ。出勤するとすぐに殺人事件の報が入り、現場に駆けつけると、銃弾に倒れた遺体が。いつ報復を受けるかもわからない捜査官たちが常に黒い覆面をかぶって行動する。緊迫の中、リチは証拠品を集め、報告書をまとめる、やるせない日々。抗争の果てに死んだ人間たちを日に10体以上処理することも珍しくない。この1年で殺害された同僚は4人。当然、彼の心が休まる日はない。国境を隔てた目と鼻の先にあるアメリカ合衆国の都市エルパソは全米で最も安全な街。その不条理と自らの運命を呪いながら彼は今日も現場に向かう。

カメラはもうひとり、主人公として追う。彼の名は、エドガー・キンテロ。彼は現在メキシコ国内だけでなくアメリカ合衆国でも人気を集める音楽ジャンル“ナルコ・コリード”の若き歌い手だ。

このナルコ・コリードは、麻薬カルテルのボスたちを英雄と称え、殺し、拷問、誘拐、麻薬密輸にまつわる暴力的な歌詞がならぶ、歌謡曲で本国では放送禁止されている。でも、メキシコ系アメリカ人で、ロサンゼルス育ちのエドガーは麻薬ボスたちから話をきくと歌を制作。歌が気に入られるとボスたちから多額のチップが懐に入り、ついには自らのバンドでCDアルバムをリリースすると大ヒットと成り上がっていく。インターネットでしか麻薬カルテルを知らない彼は、さらなる成功を夢見て実際の麻薬組織と接触をはかり、本拠地へ旅立つ。

麻薬組織の影に怯えながら、懸命の仕事をしながら報われないリチと、麻薬カルテルに憧れ、麻薬組織の存在から富みを得るエドガー。この事実にはもう虚無感をおぼえるしかない。そして、暴力と恐怖に支配された街の現実を否応なしに目撃することになる。

■いじめ、レイプ、自殺未遂、病……。苦境を力に変えた女子レスラーの半生記『がむしゃら』

女子プロレス団体“スターダム”のヒールレスラーとして活躍中の安川惡斗(本名:祐香)。去る2月に行われた試合で大ケガを負い、そのことが大々的に報じられたことから彼女の存在を最近になって知った人も多いに違いない。『がむしゃら』(3月28日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開)は、その彼女の愛らしい笑顔からは想像できない秘められた衝撃の過去と半生が明かされていく1作だ。

手掛けた郄原秀和監督は彼女との出会いをこう明かす。

「彼女との出会いは2005年のこと。僕が講師をしていた日本映画学校(現・日本映画大学)に役者志望で彼女が入ってきた。そのときの第一印象としては、とにかく“元気だな”と(笑)。ただ、ひとつ歯車が狂うとなにもかもがダメになる危うさもあって、印象に残る生徒ではありましたね」。

その後、郄原監督が旗揚げした劇団の公演に彼女が出演するなど交流は続き、その過程で彼女の辛い過去も自然に話しを聞くことになった。そんな郄原監督が安川を正式に撮りたいと思ったのは今から2年前だったそうだ。

「プロレスをテーマにした舞台に出演していた彼女が、実際にプロの門を叩いたと思ったら、瞬く間にデビューして、いっぱしのレスラーに成長した。まず、その行動力がすごいなと。それから、こう思いました。“生き辛さがしきりに叫ばれる今の世の中で、これだけマイナスなことを抱えながらも生き生きとしているヤツはいないんじゃないか”と。その姿にひきつけられて、撮影を申し込みました。本人は最後まで“私の人生なんておもしろくない、映画になんてならないですよ”と言っていたのですが」。

そして、いざ撮影を始めると予想にもない事件が次々と起こることになる。

「撮影に入る前も、よく冗談まじりに言っていたんです。“お前の半生は漫画みたい。普通では考えられないことが起こりすぎている”と。で、いざ撮影を始めると、これがまたいろいろなことが起こる(苦笑)。頚椎椎間板ヘルニアになる、バセドウ病が悪化する、甲状腺の悪化で入院する、と、ことある事に試練が彼女を襲う。“こいつはどんな星の元に生まれたんだよ”と思いましたよ」

作品は、そんな度重なる逆境を跳ねのけ、不死鳥のごとく復活を果たす彼女を記録。その苦境を力に変える彼女の心の強さと生きることへのひたむきさが胸をうつ。

「安川を知る人がよく言うんですよ。“これだけ心が折れない人を知らない”って。僕もまったく同感。おそらく安川と同じことが自分の身に降りかかってきたら、僕は耐えられな(笑)。この彼女のひたむきさには感服する。特に自分の居場所を見つけられないでいる若い世代の人には、なにかひとつ心に届くものがあるんじゃないかと思っています」と郄原監督はメッセージを送る。

■母の心の闇に向き合った息子。ショッキングな現実を目にした後、静かな感動が押し寄せる『抱擁』

昨年の東京国際映画祭で上映され反響を呼んだ『抱擁』(4月下旬よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開)は、これまで200以上のTVドキュメンタリーを手掛けてきた坂口香津美監督が自らの母にカメラを向けた1作だ。

1930年生まれで老齢期を迎えた母親は精神が不安定。夫が倒れて入院するとさらにその症状は悪化して、精神安定剤が手放せなくなる。ほどなくして夫は他界。さらに母親の精神は混迷し、深い闇に包まれていく。

時に収拾がつかないほど取り乱す母親の心の闇とともに、立ち会う息子の心の動揺と哀しみまでもが封じ込められた映像は、はじめショッキングであまりに痛々しく目を背けたくなるほど。

最愛の人を失ったあとに訪れるどうしようもない喪失感、抗うことができない老いとそのことで向き合う厳しい現実、このいまの社会で生きていく孤独や不安、そんな母親の声にならない叫びが痛いほど伝わってくる。

そしていよいよ差し迫ったとき、母親に同じく老齢を迎えた妹が手を差しのべる。その妹の説得で母親は38年ぶりに鹿児島県種子島に帰郷。そこから何かが変わり始める。

都会のひとり暮らしから、田舎での妹との共同生活。地域の住人や親戚らとの交流が始まったとき、母親がいまここにある現実の中で明日に向かって生き始める。それは生きる気力を取り戻した人間の姿にほかならない。“いいこともあれば悪いこともあるこの世の中を、人はどうやって生きていくのか?”。その命題ともいうべき問いへのひとつの答えがこの作品にはある。人と人が支えあい、喜びを分かち合い、共に歩むこと。それをシンプルに伝えるラストシーンを迎えたとき、きっと心が温かな感動に包まれるはずだ。

■驚異の空中撮影で捉えた、アルプスの究極映像『アルプス 天空の交響曲(シンフォニー)』

ドイツ、オーストリア、フランス、イタリア、スロベニア、リヒテンシュタイン、スイスの7カ国にまたがるアルプス山脈は、世界有数の観光地。その雄大な自然と美しい山の風景は今も昔も世界中の人々の心をとらえて離さない。

『アルプス 天空の交響曲(シンフォニー)』(4月18日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開)は、そんなアルプス山脈を驚異の空中撮影で捉えたドキュメンタリー。いままでみたことのないアングルで、アルプス山脈の大自然が体感できる1本だ。

もともと軍事用に開発された遠方からでもブレないズーム撮影が可能な「シネフレックスカメラ」をヘリコプターの下につけて撮った映像は、自由に大空を飛ぶ鳥の目でとらえたかのようで驚きのシーンの連続。地上からでは決して見ることのできない、登山者でも見たことがないであろうアルプスの驚異の大パノラマが目の前に広がる。そのアルプスの美しさには目が釘付けになることだろう。

その一方で、我々はもうひとつ衝撃的な風景を目撃することになる。それはアルプスの悲しい現実だ。観光化によって失われていく自然、消えゆく氷河など、空中撮影は、それらを上空から白日の下にさらす。雄大な自然に忍び寄る環境破壊。その厳しい事実も私たちは目撃することになる。

いうなれば本作は、アルプスのすばらしい風景も翳り消えゆく風景も丸ごと収めた極上の空中映像集。そのすばらしき映像での遊覧飛行は体感あるのみだ。

■人生を変える旅に出よう<ハント・ザ・ワールド>

“インターネットがどんなに普及して世界がつながるのが近くなっても、まだまだ世界は広く、未知の世界がある”。そんな驚きの世界を体感させてくれる特集上映が<ハント・ザ・ワールド [ハーバード大学 感覚民族誌学ラボ 傑作選]>(5月よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開)だ。

この“ハーバード大学感覚民族誌学ラボ”は、美学と民族誌学とのコラボレーションを進めるハーバード大学のラボラトリーだ。アナログとデジタルメディアを駆使した研究プロジェクトの成果として、同ラボは映画、ヴィデオアート、写真、インスタレーション作品などを発表。中でも、その独自のフィールドワークから今までにない独創的なドキュメンタリー映画を次々と生み出し、世界の映画祭で高い評価を得ている。

今回、傑作選として公開される4作品は、同ラボの真骨頂ともいうべき人類学のフィールドワークから生まれた逸品ばかり。いずれもが知られざる驚異の世界を体感する内容になっているといっていい。

2009年に発表された『モンタナ 最後のカウボーイ』は、それこそジョン・ウェイン主演の映画などでもよく描かれてきたアメリカン・カウボーイの歴史の終焉にたちあった貴重な1作。

おびただしい数の羊をひきつれたカウボーイたちが、放牧のためモンタナ州ベアトゥース山脈を縦断していく過程が克明に記録されている。その250キロにわたる旅は、切り立った崖あり、クマの襲撃あり、雪道ありと常に危険と隣り合わせ。見る側は、その今は消え去ったカウボーイたちの過酷な冒険を疑似体験するような感覚に陥る。

2010年の作品『ニューヨーク ジャンクヤード』はモンタナの驚異の大自然から一転、ニューヨークという大都市の片隅が舞台。

NYメッツの本拠地「シティ・フィールド」のまわりに広がる自動車部品のジャンクヤードで生きる人々を活写している。どこからやってくるのか次々と中古車が運び込まれ、スクラップされると部品に分けられ、その部品を求めてどっからともなく客が押し寄せてくる。そこに集うのは、グレーゾーンの仕事で世間を渡り歩くカップルや、毎日小銭をせがむ老女など、今を逞しく生き抜く市井の人々。再開発計画で街が消滅へカウントダウンが始まる中、彼らの顔は意外にも明るい。

金融の中心、カルチャーやファッションの発信地という世間一般にあるニューヨークとはここはもう別世界。ウォールストリートの成功者とは真逆、都会の片隅で生きる労働者の姿を目撃することになる。そのいままで見たことのないニューヨークの顔にはただただ驚されるに違いない。

2013年に発表された『マナカマナ 雲上の巡礼』は、ユニークなチャレンジに満ちた1作。

焦点が当てられるのは、建物そのものは出てこないのだがヒンドゥー教の聖地であるマナカマナ寺院。ネパールのジャングル奥深くにある、同寺院はヒマラヤを望む雲上にある。かつて巡礼者たちはそこまで3時間をかけ歩いて向かった。でも、いまは便利なロープーウェイが出来て片道10分で到着。作品は、そのロープーウェイ内にカメラを置いて、乗った人々の10分の道程をワンカットで記録する。浮遊するロープーウェイのカプセル内は、終始無言の人もいれば、アイスを食べる女性、ときには運搬される動物も。そんな彼らの背後には、息をのむほど美しい大自然のパノラマが広がる。巡礼者たちと向かい合わせで同情しているような錯覚に陥る映像は、ちょっとしたショートトリップが味わえることだろう。

今回、再上映される『リヴァイアサン』は、トロール船に同乗した1作。漆黒の海で数週間続く危険な漁の毎日が映し出される。すでに見た人はおわかりと思うが、この作品で際立つのが衝撃のカメラアングル。もはや漁で捕らわれた魚たちの目と同化したようにしか見えない視点で切り取られた映像は、人類の残虐さと容赦なさを我々に突きつけるはずだ。

■日本人が知らない“日本”に驚く『和食ドリーム』『宮古島トライアスロン』

<ハント・ザ・ワールド>がまだ見ぬ世界を知る特集であるならば、すずきじゅんいち監督が相次いで発表する『和食ドリーム』と『宮古島トライアスロン』(共に4月11日よりテアトル新宿ほか全国順次公開)は日本人が知らない“日本”を知ることに衝撃を覚えるに違いない。

『東洋宮武が覗いた時代』『442日系部隊』『二つの祖国で』の日米合作三部作で、これまである意味、日本人の歴史から消されていた“日本人の知らない日本”といっていい日系アメリカ人のドキュメンタリーを発表してきたすずき監督だが、今回はユネスコ無形文化遺産に登録された“和食”をキーワードに日本人の知らない日本を紐解く。

「日米合作三部作で描いた日系アメリカ人の歴史は、拠点をアメリカに置いたとき、恥ずかしながら僕自身初めて知ったこと。当時を知る人は高齢になり、残された時間は少ない。“いま彼らの言葉を記録しておかないと、日本人として知っておかなくてはいけない歴史が忘れ去られてしまうかもしれない”。そんな想いから三部作はすべてスタートしています。実は『和食ドリーム』も出発点は同じなんです」。

ここで、すずき監督が目を向けたのは、ひとりの和食のパイオニアだ。

その人物とは、共同貿易会長の金井紀年氏。アメリカに寿司が根付く未来予想図を描き、いまから50年も前から日本から寿司ネタを空輸してきた彼は、アメリカにいち早く寿司を普及させ、今に続くブームを作った人物だ。

「こういってはご本人に失礼ですけど、90歳をすでに超えた金井さんの功績と言葉を記録しておくには今しかないと思いました」。

その金井氏を中心にしながら、世界に和食を広めていった料理人、和食の極めた一流の料理人たちを取材。日本食レストランNOBUの松久信幸、銀座久兵衛三代目の今田景久ら、和食の料理人たちが次々と登場する。

「うれしいことに皆さんほんとうに協力的で、惜しげもなくその技術を披露してくれ、自らの信念も語ってくれました。非常に奥深いお話ばかりだったのでカットするのが惜しくて、編集はほんとうに頭が痛かったです」。

こうしてまとめられた作品は、“よいネタが流通しなければ和食文化は育たない”という信念のもと、金井氏が切り開いたといえるアメリカでの和食文化の広がりの過程がみてとれる。これはまた日本人の知らない日本といっていいだろう。

「金井さんをはじめ、ここにご登場してくださったアメリカの日本食レストランの料理人たちがいなかったら、アメリカでこれほど和食が認知されることはなかった。もっと言うと、これほど“和食”が世界に広がることもなかったのではないか。そうなると和食が無形文化遺産に登録されたかも定かではない。彼らのアメリカでの活躍がなかったら、和食はいまどうなっていたのだろう? 取材を通じて、そんなことを考えました」。

一方、総監督を務めた『宮古島トライアスロン』は、宮古島で1985年から続くトライアスロン大会に密着した。トライアスロン宮古島大会は、国内屈指のロング・ディスタンスレース。3キロの水泳から始まり、バイク155キロ、ラン42.195キロで競われる。国内では280ぐらいのトライアスロン大会があるが、その中でも人気が高いレースとして知られ、1700人程度の出場枠に倍近い3000人の応募があるほど。まず、それほどの歴史を刻んできたトライアスロン大会が存在することに驚かされる。鈴木監督も「僕自身も知らなくて。“こんな大会が行われているのか”と思いました」と言う。

今回、撮影チームが立ち会ったのは、節目となる30回大会。

トライアスロン専門誌「トライアスロン・ルミナ」の女性編集長、宮古島に移住して大会に挑んでいる整体師の夫婦、トライアスロンチームに所属する女子アスリートなど、さまざまなタイプの参加者のレースまでの日々を前半は追う。

「最終的に彼らに取材をお願いしたのですが、その過程でお会いしたほかの人も総じて嫌味がない。トライアスロンをする人はアクがないというか。自然体でいきいきとしている人が多い。彼らの人間性がひとつトライアスロンという競技の本質をひとつ映し出しているかなと思いました」。

作品の後編は、本番当日を迎えた大会に密着。先の登場人物のレースぶりをフォローしながら、トライアスロンレースの過酷さ、すばらしさ、美しさを臨場感のあるダイナミックな映像で伝える。

「レースの全体像を空から撮りましたし、水泳は海中から撮ってもいる。とにかくトライアスロンを全方位から撮れるようにカメラを用意して、適材適所に設置して最善の撮影ができるよう尽くしました。制限時間が13時間30分と1日がかりですから、もう大変(笑)。テレビ中継が難しいことがよくわかりました。ふつう追い続けられませんよ。おそらく、これほどトライアスロン大会をきちんと記録した映画は今までない、と自負しています」。

最後にすずき監督はこうメッセージを送る。

「宮古島のトライアスロンは“ストロングマン大会”とよばれ、他選手との戦いであると同時に、自分との戦いに挑むレースでもある。そういう意味で、敗者はいない。勝ち負けをこえて、自分自身と戦う人間の姿に触れてほしい」。

■インドネシアで起きた100万人規模の大虐殺を、被害者側から見つめていく『ルック・オブ・サイレンス』

最後に触れるのは『アクト・オブ・キリング』のジョシュア・オッペンハイマー監督の最新作となる『ルック・オブ・サイレンス』(初夏、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開)だ。

すでに大きな話題になっているようにこちらは、『アクト・オブ・キリング』の続編ともいうべき内容。今度はインドネシアで起きた100万人規模の大虐殺を被害者側から見つめていく。

作品の主人公となるのは大虐殺で兄が殺害された青年アディ。2003年、オッペンハイマー監督の撮影したある映像を目にして衝撃を受ける。それは虐殺をした加害者たちが、その殺害行為を誇らしげに語るインタビュー映像だった。2012年、意を決してアディはジョシュアに提案する。“自ら加害者と会ってみたい”と。自ら加害者に会い、その罪について問うアディ。一方、加害者たちが今も大きな力を持つ村で暮らすがゆえ、半世紀もの間、亡き子供への想いを封じ込めてきたアディの母親の堅く閉ざされてきた本心も解き放たれていく。加害者と向き合った被害者の二人の心に去来するものとは? その言葉にならない言葉が静かな衝撃となって胸に響くに違いない。