「今は冬眠しているようなもの」と話す法理勝弘調教師。(境町トレーニングセンターで2月上旬撮影:小木曽浩介)
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「競馬ができなくなるなんて、夢にも思わなかったからね。これからどうするかなんて、全然決めてないよ。競馬一筋だったから他の仕事なんてできないしなあ」。昨年末に廃止された高崎競馬場(群馬県高崎市)の調教師・法理勝弘さん(48)は、相談するように優しく厩舎の馬をなでた。「いまは冬眠しているようなもの」と笑顔を絶やさない法理さんだが、時折、寂しげな表情を見せる。「ふと夜中に目が覚めて、どうすっかなあと思って、目がさえて眠れなくなる時もあるよ」。競馬事業は公営だが、調教師はいわば「個人事業主」。身分の保障は何もない。

 高崎競馬場は単年度収支の赤字が1992年から12年続き、2003年度は赤字額7億円、累積赤字は約51億円にまで膨らんだ。馬券の年間発売額は90年度の245億円をピークに下降線を描き続け、03年度には47億円に。出口の見えない連続赤字に県や高崎市は廃止の判断を下し、1923年に発足した同競馬場は04年12月31日、81年の歴史に幕を降ろした。

 だが、同競馬場から東へ約20キロの位置にある境町トレーニングセンター(トレセン)には、2月上旬の時点で、まだ多くの調教師や馬が暮らしていた。調教師29人、騎手8人、その家族らと、150−200頭のサラブレッド。他の競馬場を見つけたり、新しい職を見つけて移っていった騎手や調教師もいるものの、補償問題が片づいていないことなどもあり、トレセンに住めなくなる4月以降の身の振り方を決めかねて残っている関係者は多い。




額入りの写真を見ながら高崎競馬での日々を振り返る森山調教師夫妻。(境町トレーニングセンターで2月上旬撮影:小木曽浩介)
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 調教師歴17年の森山英雄さん(50)は、トレセン内にある馬房とつながる自宅で、妻広子さんと3人の子どもたちと暮らす。馬房には2年前には28頭の馬がいたが、いまは7頭。次の競馬場は決まっていない。高校2年生の長女が転校を嫌がったこともあり、ふんぎりがつかなかった。だが先日、家族で話し合い、次の競馬場が見つかった場合は長女を親戚に預かってもらい、森山さんらは引っ越すことに決めた。「夫婦で馬を育て、競馬をやってきた。どこの地方競馬場も苦しいのは一緒なのに、頑張っている所はたくさんある。何の手も打てなかった高崎は情けない」と森山さん夫妻は悔しさをにじませる。

 廃止後の高崎競馬場の業務は、JRA(日本中央競馬会)や他の地方競馬の馬券の場外発売だけ。それもやがて終了する。レースが開催されていない競馬場はひっそりとして、かつては場内に溢れかえった馬のいななきもファンの歓声も、今では遙か遠くまぼろしのようだ。

 「新天地で一から始める不安はあるけど、やっぱり競馬が好きだからね。生活が苦しくても、私たちは競馬がしたいんですよ」、森山さんは尽きせぬ競馬への思いを語る。

 競馬を愛した劇作家、故寺山修司は「馬敗れて草原あり」と優駿たちのロマンを語った。だがいま、地方競馬そのものが撤廃の危機に瀕している。平成3年には30場あった地方競馬場は現在22場に減り、売上げも長期にわたり低迷。いくつもの競馬場が“敗れ去ろう”としている。【了】