中国が提唱したアジアインフラ投資銀行(AIIB)の行方が注目を集めている。資金の受け手になるアジアの途上国が参加するのは当然としても、英独仏伊、スイス、ルクセンブルグといった欧州勢も参加を表明した。慎重な日米との間に亀裂が生じ、中国は「日米欧の団結にくさびを打ち込んだ」と祝杯をあげているに違いない。

 AIIB設立構想は、2013年10月の習近平国家主席による東南アジア諸国歴訪に合わせて打ち出された。各国から総額1000億ドルの資本金を集め、途上国の鉄道、道路、港湾、空港、上下水道、電力といったインフラ整備に投融資しようという目論見だ。

 中国にとって、AIIBは戦略的かつ経済的に大変なプラス効果がある。どの国に融資するかを実質的に決めるのは、事務局を握る中国だ。たとえば中国軍艦の係留を認める国に港湾を整備すれば、中国の存在感は飛躍的に高まる。

 工事を受注するのも当然、中国企業が中心になるだろう。シャドーバンキングの破綻によって国内で仕事がなくなった建設会社がアジアの途上国で荒稼ぎできるのだ。

 日米は「新機関のガバナンスが不透明だ」と批判している。これは建前上のきれいな台詞にすぎない。事の本質は「中国が札びらをかざして、アジアへの影響力を高めるのは容認できない」という戦略上の判断である。

 そうと分かっていながら、欧州勢が参加したのはなぜか。ずばり言えば「欧州にとって中国は脅威ではない」からだ。クリミアに侵攻したロシアは東欧やバルト3国を脅かす可能性がある。だが、中国が欧州に攻め入る可能性は地政学的にほとんどない。

 つまり欧州にとって脅威は国境を接したロシアであり、中国は共存共栄を目指すビジネスパートナーなのだ。

 インフラ整備の市場規模は約8兆ドルとされる。欧州勢は中国が脅威でないからこそ、米国と多少の緊張が生まれる犠牲を払っても、巨額の投資ビジネスに一口かめる環境にあった。

 日本と米国はどうか。米国は中国が南シナ海で暴れ回っているのを放置できない。南シナ海を奪われたら、東南アジア全体が中国の軍事的影響下に入ってしまう。日本はとっくに尖閣諸島が中国に脅かされている。

 日米にとって中国はビジネスパートナーである半面、政府や政治家はあからさまに公言しないが、本質的に安全保障上の脅威なのだ。

 AIIBがアジアにおける中国の縄張りを強める道具と分かっていて、日米は「はい、そうですか」と容認するわけにはいかない。欧州と日米を分かつ鍵は「中国を脅威とみるか否か」である。

 日本の経済界には「AIIBに参加しないとインフラ商戦で不利になる」という意見もある。日本が出資すればビジネス機会も平等に与えられるはずだ、という思惑だろう。

 これはまったく甘い。実質的に中国が決める案件で日本企業にビッグチャンスが生まれるわけがないではないか。中国がそんな国際常識や礼節をわきまえた国だったら、大量の漁船や公船が傍若無人に尖閣諸島や小笠原諸島に押し寄せてはいない。

 いっそ日本も米国も参加すれば「中国の独断専行を封じ込められるのではないか」という見方もある。これも甘い。自分の意見が通らなくなると分かっていて、構想をぶち上げるようなお人好しではない。初めから「本部は北京」と決めているのだ。

 AIIBは既存秩序に対する中国の挑戦である。日米は受けて立つ以外にない。

■文/長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ):東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。規制改革会議委員。近著に『2020年 新聞は生き残れるか』(講談社)

※週刊ポスト2015年4月10日号