チュニジアと戦った就任第1戦。ハリルホジッチは「これまであまり出場しなかった選手を使う」と述べ、それを実行した。続く第2戦のウズベキスタン戦にも、同じ概念で臨むつもりだという。
 
 就任会見でハリルホジッチは「選ぶメンバーが毎回異なる可能性がある」と言いながら、直近の2試合には「これまでのメンバーを中心に戦うつもり」と語った。自分の目で見て確かめている時間がないからだそうだが、時間の制約がある中でも、ハリルホジッチは、可能な限り選手を試そうとしている。
 
 前任者のアギーレも、全く同じ方法論を用いた。就任初戦から4試合、意外なメンバーを招集し、周囲を驚かせた。ハイライトとなった4戦目のブラジル戦でも、ファン、メディアが考えるベストメンバーとは異なるテスト色の強いメンバーで戦った。結果は0−4。予想通り、大敗に終わるとメディアは一斉に反発した。「代表はテストをする場ではない」と、憤慨するテレビ解説者も現れた。

 その結果かどうか、定かではないが、アギーレはアジアカップに、ベストメンバーを編成。そのうえご丁寧にも、同じスタメンで4試合を続けて戦った。

 しかし、それを受けて誕生したハリルジャパンを、アギーレ時代と同じような目で見るメディアはいない。少なくともいまのところだが、今後、選ぶメンバーが毎回変わっても、批判は起きそうもない気がする。就任記者会見で、ハリルホジッチが「時間を下さい」と、わざわざお願いしたこともあるが、W杯後の数ヶ月間で、それが世界のスタンダードであると、メディアは遅まきながら気付かされた。そんな感じがする。

 だとすれば、2人の代表監督の果たした役割は大きいと言える。

 日本代表監督に外国人を起用する意味はそこにある。世界のスタンダードは、彼らを通じて運ばれてくる。サッカーゲームの戦い方、布陣、選手起用法、チーム強化の方法論等々は、彼らを通してアップデートされるといっても言い過ぎではない。彼らが日本サッカーの進歩に大きな影響を与えていることは紛れもない事実だ。

 アギーレ解任会見でも、ハリルホジッチ就任会見でも、大仁会長は、6月に始まるW杯予選を引き合いに出し「時間がない」という台詞を口にしたが、もし氏が日本代表監督だったら、つまり、アップデートされていない日本人指導者が代表監督だったら、こうなっていないはずだ。古い常識に日本は相変わらず支配されているだろう。W杯本番まで3年数か月もあるこの時期から、ベストメンバーを編成する愚行を平気で犯しているに違いない。

 その昔(90年代半ば)、代表監督だった加茂さんは「代表チームは常にベストメンバーで戦うものだ」を、常套句のように用いた。それを聞かさせていた当時の選手の脳裏に、いまなお、それが常識として刻まれていることは十分に考えられる。そして、現在の指導者、テレビ解説者は、ちょうどその世代に当たる。「代表チームは常にベストメンバーで戦うものだ」と言い出す人がいることに僕は必然を感じる。実際、前でも述べたように、アギーレに対してそうした言葉を浴びせる人がいた。

 いまなおアップデートされていない人、旧バージョンの中に埋没している人は、逆にいま、存在感を際立たせることになる。時代と逆方向を行くものとして、古めかしく感じられる。手倉森監督もそのひとりに見えてしまう。

 いま、リオ五輪アジア予選に臨んでいる手倉森ジャパン。試合をハリルジャパンと並行して行っているので、比較しやすいことも手伝うが、このサッカーは、まさに旧バージョンだ。非効率なサッカー、非論理的なサッカーを、手倉森監督は躊躇うことなく実行している。そんな感じだ。