デビュー戦を白星で飾ったハリルホジッチ監督。前任者と比べると「ボーナス」に近いデビューだった。(C)SOCCER DIGEST

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 ハリルホジッチ新監督のデビュー戦となった大分でのチュニジア戦は、縦への速さが顕著に出た一戦だった。これはザッケローニ体制で染みついた手数のかかる攻撃を解体し、ゴールへの意識を高めるという意味で評価できる。
 
 もっとも2-0という結果は順当で、手放しで喜ぶようなものではない。長旅を終えたばかりのチュニジアは残り20分で運動量が落ち、日本の2ゴールはそこを突いて生まれたものだったからだ。
 
 勝負に絶対はないが、日本は2戦目も勝つ可能性が高い。ウズベキスタンは好チームだが、たとえ苦戦したとしても意欲の高い日本が最後は押し切るのではないか。メディアが「改革」、「進化」といった言葉で、新体制の船出を称賛するのが目に浮かぶ。
 
 日本サッカー界は監督が代わるたび、こうした騒ぎを繰り返してきた。
 
 だが、メディアが騒ぐほど日本代表が進化していないことは、結果が正直に物語っている。2002年以降は足踏みが続いており、最近は実質的に後退している。この悪い流れを変えるには、監督を代えるだけでは足りない。もっと知恵を絞り、もっと汗をかかなければならないだろう。例えば、親善試合の在り方を変えるということだ。
 
 振り返ればアギーレ前監督のデビューは、ウルグアイ、ベネズエラという歯応えある南米勢との連戦だった。この時はウルグアイに完敗し、ベネズエラにも引き分けと初白星を挙げるのに苦労した。本来、意義のあるテストマッチとは、こういうものではないだろうか。
 
 ブラジル・ワールドカップでの惨敗からの流れで、謙虚に実力不足を認めるところから始まったアギーレ体制とは違い、ハリルホジッチ監督のデビューは就任祝いの「ボーナス」に近い形となった。これからも、こうした流れは続くのだろう。
 
 サッカーは興行であり、国内で格下相手に勝って喜ぶのは決して悪いことではない。だが、そればかりでは肝心の強化が疎かになる。そのバランスが、日本代表は悪い。親善試合の多くは興行重視のホームゲームばかり。たまに海外に出ても、試合時間が日本のテレビ局の都合で決められ、閑散としたスタジアムで試合をすることも珍しくない。
 サッカーとは多くの見方ができるスポーツで、たとえ格下相手に楽勝しても「こんな収穫があった」と語ることができる。それはサッカー協会や監督には都合がいい。協会は強化に尽力していることになるし、監督も雇われている立場として「自分は仕事をしている」とアピールすることができるからだ。
 
 だが楽な試合ばかり用意していては、本人が頑張っているつもりでも、どこかに甘さが出てくる。これは協会がどうとか、監督がどうといった問題ではない。良くも悪くも人間は環境に左右される。
 
 ブラジルでの惨敗を忘れないためにも、日本はもっと海外に出るべきだ。ウルグアイやアルゼンチンはしばしば日本に来てくれるが、たまにはこちらからも出て行くべきだろう。
 
 南米で戦ったら、おそらく日本は惨敗する。恥もかくだろう。
 
 だが、それが良いテストマッチだ。縦に速い攻めを磨きたいのなら、南米勢の厳しい攻撃を耐え凌いで一発を狙うというのは、最高のシミュレーションになると思う。
 
 日本は2年後のコンフェデ杯に出られない。それなら、なおさら海外に出るべきなのだ。
 
文:熊崎 敬