『危ういハイテク機とLCCの真実』(扶桑社)

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 乗客150人が犠牲となったドイツの格安航空会社(LCC)ジャーマンウイングス機の墜落事故で、あらためてLCCの安全性が問われている。これまでの調査によると、事故の原因は27歳の副操縦士が機長を操縦室から締め出し、意図的に機体を急降下させて墜落させた可能性が高いというものだった。独メディアの報道では、副操縦士には精神科の通院歴があり、自室から墜落事故が起きた日が「就労不可」だったとする診断書も見つかっているという。

 ジャーマンウイングス社はルフトハンザドイツ航空の子会社で、問題の副操縦士は2013年9月から勤務し、630時間の操縦経験があった。フランクフルト近郊の在住で、地元航空クラブのメンバーでもあった。パイロットになるのは子どものころからの夢だったのだ。ジャーマンウイングス社は操縦士の採用時に「精神面の安定」をチェックするが、採用後は定期的な健康診断を行うだけで「精神面での定期検査は実施していない」という。いまのところ、本人が病気を会社に隠していたとされている。

 LCCの安全性については、一般に「古い機材を使っているのは大丈夫か」といった声がよく聞かれる。今回、墜落した飛行機も24年間使用した中古のエアバスA320だ。だが、専門家によるとそれはさしたる問題ではないという。整備さえしっかりしてあれば、既存航空会社からの"おさがり"でも十分、安全運航は保たれる。最大の問題は、実は乗務員(とくにパイロット)の管理だという。そのことをいち早く指摘したのが『危ういハイテク機とLCCの真実』(扶桑社)だ。著者の杉江弘氏はボーイング747の乗務時間で世界一の記録を持ち、42年間JALでパイロットを務めた元機長だ。同書は2年前の13年5月に出版された。

 徹底したコストダウンと効率的なオペレーションで格安運賃を実現したLCCは、規制緩和を象徴するニュービジネスとしてもてはやされてきた。日本国内では地方空港活性化の起爆剤として期待と注目を集めている。そのせいもあって、安かろう悪かろうではないかといった不安の声や安全性に対する疑問はタブー視される傾向にあった。ジャーマンウイングス機の事故直後も『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ系)に呼ばれた著者の杉江氏がLCCの問題点を指摘すると、すかさず司会の宮根誠司氏が「まだ原因ははっきりしたわけではありませんので......」などと再三フォローする場面が見られた。本当にLCCの安全性は「問題なし」と言えるのか。

 以下、杉江氏の著書を元に点検してみよう。

 まず知っておいて欲しいのは、LCCはいったん破綻したビジネスモデルだということだ。同書によれば、最初のブームは1980年代から90年代にかけてのアメリカで起きたという。きっかけは78年の規制撤廃法の施行だった。この政策によっておびただしい数の新規航空企業が参入し、それまで全米で36社だった航空会社が233社に急増した。

 その結果、何が起きたか。まず最初の6年間で業界全体の整備費が30%削減された。FAA(米連邦航空局)が摘発した安全基準違反が84年に2万8864件だったものが、87年には6万3191件と2倍以上になってしまった。整備の手抜きは事故に直結する。「LCCといえども厳格な安全基準が定められているから、安全に関しては心配ない」という言説があるが、違反が増えれば元も子もない。実際、当時できたアメリカのLCCは事故を繰り返し、破産したり大手航空会社に吸収されたりして、ほとんどが姿を消すことになる。

 もっとも有名なのがバリュージェット社の事故と倒産劇だ。同社は93年に航空機2機で開業し、わずか3年で保有機数51、運行便数320と大躍進を遂げた。しかし、運賃を引き下げるため徹底的なコストダウンが行われた。機内食、座席指定、搭乗ラウンジ、マイレージなどは一切なく、人件費も抑えられた。パイロットは予定通りにフライトを終了した場合だけ給与が支払われるため、整備や天候に問題があってもフライトを強行した。整備はすべて外部のリペア・ステーション(FAA認定工場)に回し、コストのかかる自前の整備場や部品倉庫、整備士は持たないという徹底したものだった。

 バリュージェット社の緊急着陸の回数は、94年は15回だったが、翌年はなんと59回と急増した。ほとんど1日おきに緊急着陸を繰り返す時期もあり、大事故の発生は時間の問題とされていた。整備作業には18社の下請けがあり、そこからさらに約50社の孫請けへ回され、航空機の品質管理は下落の一途をたどっていった。そして、ついに起こるべく事故が起きたのだ。

 96年5月、マイアミでDC9が沼地に墜落して105人の乗客と5人の乗員が死亡した。現場はワニが生息する湿地帯で捜索活動が難航し、連日センセーショナルに報じられた。事故原因は貨物室に積み込まれた荷物が発火、煙がコックピットに充満したため、パイロットが操縦不能に陥ったというものだった。危険物のチェック不備や煙探知装置が装着されていなかったことなど、さまざまな点で安全に不備があった。バリュージェット社はこの事故がきっかけで信用を失い、ついに破産に至ったのだ。

 しかも、これはほんの一例に過ぎない。あの冬のワシントンのポトマック川に墜落したエア・フロリダをはじめ、ピープルエクスプレス、ノースイースタン航空などが次々と事故を起こし、多くの利用者が規制緩和と自由競争の犠牲となって命を落とした。これが第一次LCCブームの顛末だ。著者の杉江氏は、当時のLCCと今のLCCはどこが違うのかを問う。本来ならば、この過去の失敗の教訓、とりわけ安全面での教訓をどう活かしているのかを航空会社や行政当局は明らかにする責任があるという。

〈しかし、残念ながらそのような議論はなく、LCCが航空の新しいページを開くがごとく、メディアでも扱われているのが現状だ〉(同書より)という。

 杉江氏が指摘する現状のLCCの問題点は3つある。整備の外注化と機材使い回しのオペレーション、そして乗務員(とくにパイロット)の待遇だ。

 航空機整備には大きな格納庫と整備人員が必要で、既存航空会社でもコスト削減のため一部を外部の専門会社に出す例もある。だが、LCCでは整備のほとんどすべてを外注するケースが珍しくない。こうなると、自社内で航空機の故障やトラブルと向き合う整備士のスキル向上という面でマイナスとなる。外注そのものが悪いということではなく、中長期的に人が育たなくなってしまうということなのだ。

 LCCの最大の特徴は効率のよい運航オペレーションにあるといっていい。保有機をいかに無駄なく使い回し、少ない機材で多くの便数を飛ばすことができるかが勝負だ。宿命的に予備機(問題が生じたときに備える代替機)をほとんど持たないことになる。便と便の間の地上滞在時間も少なければ少ないほどよいとされる。そうなると、いきおい整備上の問題が発見されても、無理をして飛ばそうということになりかねない。

 だが、杉江氏がもっとも危険だと警告しているのが「機械」より「人」に関する問題だ。なかでもパイロットの過労とモチベーションの低下は重大事故につながる可能性がある。効率的な運航のため、LCCでは1日に5回も6回もの離着陸を強いられる。〈そうなると、1日の最後の着陸ともなると疲労から集中力が欠けてくる恐れがある〉(同書より)。それだけではない。夜遅くにホテルにチェックインして朝早く乗務するというのも当たり前だ。地上滞在時間は短く、乗務と乗務の間に機長が客室清掃を手伝うこともあるほど慌ただしい。それでいて労働条件(給与)も決してよくないから、会社への帰属意識も低く、モチベーションが維持されない。健康管理面での支障が出る可能性は否定できない。

 93年8月にアメリカン・インターナショナル・エアウェイズ社のDC8・61型機がキューバのグアンタナモ海軍基地で滑走路手前の地面に激突し、炎上する事故が起きた。このときの機長はアトランタで深夜勤務を終えて自宅に帰る途中、会社から、前日に欠航となった貨物便をノーフォークまで運び、そこで貨物を搭載してグアンタナモ基地へ行き、その後、フリーでアトランタへ戻る勤務を指示された。機長は疲労を感じていたが、断ることができなかった。事故後の公聴会では、「ベースレグからファイナル(最終コース)へ旋回したとき、何となく無気力でどうでもいいような気分を感じたが、飛行場を探したか、パワーを増したか減らしたか覚えていない」と証言した。貨物便なので乗客はいなかったが、そら恐ろしい話である。

 2009年2月にはカナダのナイアガラの滝近くのバッファロー近郊でコルガン航空のボンバルディアQ400が落ち、乗客乗員と住宅地の住民計50人が死亡する事故があった。機首を上げて速度を増すべきところ、逆に下げて失速した。原因は、パイロットの訓練の欠落と過酷な労働条件による疲労だと指摘された。このときの副操縦士の年収は200万円以下ともいわれ、機長ともども遠隔通勤を余儀なくされていた。アメリカでは会社の拠点へ家族と一緒に引っ越すことを諦めて遠距離通勤をするパイロットが当たり前になっている。理由は給与が低いことに加え、いつまた会社が倒産したり、解雇されるかわからないからだ。

 こうした事例は決して対岸の火事ではない。背景には、LCCの参入による世界規模のパイロット不足がある。2014年には日本国内でもLCCのパイロット不足が深刻化し、大量欠航が相次いだ。ピーチ・アビエーションは年初から4月までに病気やけがに加え、航空法が定める身体検査の基準を満たせず就業できない機長が8人も出て、2000便余りが欠航した。そうしたことの影響か、同年4月には沖縄・那覇空港でエアバスA320が海面ギリギリを飛行する重大インシデント(事故に至らなかったが危険だった事例)を起こしている。

 航空会社にとってパイロット養成は大きなコスト負担だ。杉江氏の著書によると、例えばボーイング747で実機訓練を1時間行うと、着陸料の安いアメリカでも150万円はするという。消耗品のタイヤは1本50万円だ。そこで、実機訓練を大幅に削減し、シミュレーター中心に変更する動きが加速している。さらに、規制を緩和し、簡易に副操縦士を養成できるMPL(マルチクルー・パイロット・ライセンス)が導入されようとしている。これは小型機でのわずかな訓練を終了した後、ジェット旅客機のシミュレーターでの訓練で取得できる、あくまで対象機種の副操縦士に特化した限定ライセンスだ。副操縦士になるには、これまでは最低でも4年かかったものが、MPLの導入で2年に短縮できるという。コストを極限まで抑えようとするLCC経営者にとって、これ以上ないシステムだ。

 しかし、いくらシミュレーターの性能が向上しても、実機の訓練に勝るものはないのは素人でもわかる。とくに横風の離着陸テクニックは、シミュレーターをいくらやってもマスターできるものではない。これ以上、実機訓練の削減を行ってはならないと、杉江氏は断言する。

 さて、ジャーマンウイングス機の墜落事故だが、問題の副操縦士が元交際相手の女性に「いつかすべてを変えてみせる。僕の名前を誰もが知り、記憶に残るだろう」と話していたと独大衆紙ビルトが報じている。副操縦士は勤務先への不満を募らせていたようで、元恋人の話では「ふだんは穏やかなのに、待遇や将来など仕事のことを語ると興奮して別人のようだった」という。「給料が安い」と怒りをぶちまける一方、契約が更新されるか異様に怯えていた。夜中に突然「墜落するッ!」などと叫んで目覚めることもあったという。

 杉江氏が指摘するLCCパイロット特有の不安定な待遇が事故の背景にあったのだろうか。今後の調査が気になるところだ。
(時田章広)