専門家が語る「対イスラム国」本当の戦況

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 イラク北部からシリア北部にまたがる広い地域を支配しているイスラム過激派組織「イスラム国」。
 その勢いは最盛期より弱まったとも言われるが、両国の各地で続いている政府軍や民兵組織との戦闘は終わる気配がなく、他の中東地域やアフリカ、アジアでは「イスラム国」に忠誠を誓うことで連帯しようとするイスラム過激派組織も出始めている。

 「イスラム国」については、その戦況や今後についてなど、報道だけでは分らない部分が多い。また、彼らに共鳴するように各地で起こるテロに「アメリカ主導の対テロ戦争はいつまで続くのか?」という漠然とした不安を抱く人もいるだろう。
 今回は、『イスラムの人はなぜ日本を尊敬するのか』(新潮社/刊)、『アメリカはイスラム国に勝てない』(PHP研究所/刊)などの著書がある、現代イスラム研究センター理事長の宮田律さんにインタビュー。「イスラム国」や「テロ」にまつわる疑問や不安をぶつけてみた。

【中編:「イスラム国」「タリバン」イスラム過激派が死なない理由】
【後編:アメリカの自省なき「テロとの戦い」が招くもの】

――まずお聞きしたいのが、1月に起きた邦人人質事件についてです。人質となった二人が共に「イスラム国」の戦闘員に殺害されるという最悪の結果となってしまいましたが、この事件を通してどのような感想をお持ちになりましたか?

宮田:一般的にイスラム世界の日本人への感情は良好で、あの事件のように日本人が名指しでテロの標的に挙げられたのはおそらく初めてだったはずです。これは、イスラム研究者の立場からしても衝撃的でした。
事件の印象としては、身代金として「イスラム国」が最初に出した「2億ドル」という額は、カイロでの安倍首相の発言を受けた一種の皮肉でしょう。あの発言によって日本がアメリカの同盟国だということが「イスラム国」側に相当強く意識されることになった。そして、日本人が犠牲になったことで、イスラム過激派の中で「日本人は敵である」という意識が定着してしまった感があります。犠牲になったことで更に敵として意識されるようになってしまったといいますか。

――確かに「2億ドル」というのは現実的な額ではありません。

宮田:政府は情報を出しませんが、水面下で交渉はしていたはずです。
後藤さん(殺害された後藤健二さん)の奥様のところには最初の映像が出る前から「イスラム国」関係者からのメールが届いていたということなので、そこで提示された身代金の額が、彼らの「本気の額」だったのだと思います。水面下の交渉で、日本政府が身代金要求に応じない。そこにカイロでの安倍首相の発言があったので、首相の口から出た「2億ドル」という額を捉えて、同額を要求する最初の映像メッセージを出したということでしょう。
ただ、一連の流れのなかで、二人の殺害がいつ行われたかはわかりません。どうも「イスラム国」は、最初に2人を並べた映像を出し、次いで1人に危害を加えて日本政府に心理的な圧力をかけるというシナリオをはじめから描いていた感があります。斬首という殺害方法の残虐さが取り沙汰されますが、イスラム世界ではたとえば「犠牲祭」の日などは、一般の人でも牛や羊の首を切ってその肉を貧しい人に分け与えますからね。慣れていると言いますか、ごく普通にできるという印象です。

――人質の解放交渉については、誰がやっても難しいものだったと思いますが、政府の反応は宮田さんから見ていかがでしたか?

宮田:アメリカを意識してか、安倍首相は身代金要求には絶対に応じないという姿勢を貫いたわけですが、そのアメリカにしても水面下で身代金を払うことはありますし、建前と現実は違います。そのあたりはもう少し柔軟にやってもよかったのではないかとは思います。
それと、特定機密保護法があって情報が流れてこないので、何が行われたのかよくわからないのですが、ヨルダンの対策本部にいた中山外務副大臣が何か動いた後、1日経ってから「イスラム国」から映像メッセージが出るといった不自然なタイムラグは気になりました。そのあたりからも、政府が国民に情報を流していないか、意図的な情報操作がもしかしたらあったのではないかと考えてしまいます。

――日本政府は基本的にはヨルダンに頼って人質の解放交渉をしていましたが、事件後にトルコの外務大臣が人質の居場所までつかんでいたということを言っていたりして、ちぐはぐな印象が残りました。

宮田:交渉の窓口がヨルダンというのはあまり良くないですよね。「イスラム国」の脅威を一番感じている国ですし、「イスラム国」からも敵視されていて、特に国王が敵として非常に強く認識されています。
一方、トルコはシリアのアサド政権を倒したくて、反アサド勢力が自国からシリアに入るのをずっと黙認してきたわけですから、当然「イスラム国」とも何らかのチャンネルがあるはずです。おそらく日本政府はトルコからのルートでも交渉をしていたとは思うのですが、対策本部をヨルダンに置いたというのは、「イスラム国」からするとイメージが良くなかったのかもしれません。
事件発生当時、安倍首相はイスラエルを訪問中でした。そこから一番近い友好国はヨルダンですし、ヨルダンはイラクとシリアに接しています。そういったことを踏まえて、深く考えずに「とりあえずヨルダンに対策本部を置いた」感が否めません。
安倍首相について言えば、カイロでの「イスラム国と戦う周辺各国に支援を行う」という発言は完全に余計で、日本人の安全を損なうものだったと思います。「難民支援、復興支援をやります」というだけで十分だったはずです。

――現在の戦況についてはいかがですか?イラクやシリアにおいて「ある町をイスラム国から奪還した」という情報は時折流れますが、逆の情報はほとんど見当たりません。それもあって一方的に「イスラム国」側が劣勢のように見えるのですが、決定的な状況の変化はない。これは少し不自然に見えます。

宮田:最近では、イラクのティクリートに、イラク政府軍とシーア派の民兵組織、それとイランの革命防衛隊などの地上軍を3万人送るというのと、同じくイラクのラマディの北の町をイスラム国から奪還したというニュースがありましたが、こうした「イスラム国を攻める側」の情報の多くはアメリカ経由のものですからね。
実際は、戦況に大きな動きはないのではないでしょうか。というのも、「イスラム国」と戦っているイラク政府軍もシーア派の民兵組織も、イラクのスンニ派地域で非常に評判が悪い。昨年、ティクリートで反政府デモが起こった時に当時のマリキ政権が空爆で鎮圧したこともあって、政府に対する信頼がないですし、シーア派の民兵組織にしても平気でスンニ派住民を虐殺しますから、スンニ派地域の住民の中に「イスラム国」と闘う勢力を歓迎するムードがまったくないんです。

――そんななかで、アメリカが地上軍を送るという動きが出ています。

宮田:イラク戦争の時に8年半も駐留したにもかかわらず、結局混乱だけもたらして撤退してしまったのですから、今アメリカがイラクに地上軍を送ったところでそれが決め手になるとは正直思えません。
それに、アメリカの世論にしても、今は「イスラム国憎し」といった風潮が強いですが、地上軍を派遣したら、「イスラム国」はIED(即席爆発装置)や自爆攻撃を多用してくるはずです。そうなると米兵の犠牲は避けられないわけで、犠牲者が出たら今度は「撤退しろ」という方向に風向きが変わる可能性があります。

――2007年に米軍がスンニ派部族の協力を得て当時の「イラク・イスラム国」をはじめとするイスラム過激派の掃討作戦を進めた結果、治安が大幅に改善したということがありましたが、この方法を踏襲できるのではないですか?

宮田:確かに、一度はそれで治安が回復したことはあったのですが、2011年に米軍が撤退して武装解除するとすぐにシーア派の民兵組織がスンニ派の元民兵たちを襲ってしまいました。もう同じ手法は使えないのではないかと思います。

――シリアの方の戦況はいかがですか?

宮田:シリアはイラクと違い、「イスラム国」対米軍・政府軍という構図ではなく、アルカイダ系のヌスラ戦線や自由シリア軍といった様々な反政府勢力が入り乱れていてより複雑です。
ヌスラ戦線はもともとサウジアラビアが支援していました。シリアはシーア派の中のアラウィ派が権力を握っている国で、同じくシーア派のイランが政権を支えています。サウジアラビアはスンニ派の中のワッハーブ派ですから、こうした「異端派」の政権は敵だということで、ヌスラ戦線に武器や弾薬を与えていたわけです。
自由シリア軍も同様で、その中の「イスラム戦線」という組織はカタールから支援を受けています。ただこちらは劣勢で、先日アレッポから撤退しました。
問題なのは、撤退した後、自分の身の安全や家族の生活のためにヌスラ戦線や「イスラム国」に寝返ってしまうことです。この時にサウジアラビアやカタールから与えられた武器を持って行ってしまう。
アメリカも、当初は「穏健な武装勢力」に武器や弾薬、資金を支援して、「イスラム国」と対峙させようという方針だったのですが、「穏健な武装勢力」って言葉からしてよくわからないですよね。そういう「穏健な武装勢力」も、結局は「イスラム国」やヌスラ戦線に転じたりします。

――混乱の度合いでいえばシリアの方が強いわけですが、そんななかでイラク・シリアの北部で戦うクルド人の士気が高いと言われます。

宮田:クルド人民防衛隊(YPG)が一つの勢力として戦っていますが、彼らはマルキストですからね。そういう勢力が今後影響力を拡大したとして、それでシリアが安定するかというと疑問です。
YPGはトルコのクルディスタン労働者党(PKK)と親密なのですが、PKKもやはりマルキストでエルドアン政権と非常に仲が悪い。つまり、YPGがシリアで力を持つと、隣国のトルコにとっても具合が悪いんです。こういった事情もシリアが混乱する要因になっています。
【中編:「イスラム国」「タリバン」イスラム過激派が死なない理由】(http://www.sinkan.jp/news/index_5581.html)
【後編:アメリカの自省なき「テロとの戦い」が招くもの】(http://www.sinkan.jp/news/index_5591.html)