提供:リアルライブ

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 2000年代前半に一世風靡したTBSのバラエティ番組「ガチンコ!」。平均視聴率20%を超えることも多く、00年代を代表するバラエティ番組である。ヤラセ疑惑の浮上や低俗番組と批判されるなど、何かと世間を騒がせたが、特に「ファイトクラブ」「ラーメン道」「大検ハイスクール」「BE-BOP予備校」は若者たちから絶大な人気を誇った。そこでリアルライブ編集部は、「ホームラン級の馬鹿だな」「スベリ止めなし!」などの名言を残した「大検ハイスクール」「BE-BOP予備校」の講師を務めていた大和龍門に直撃インタビューした。

 そもそも「ガチンコ!」の制作を請け負っているリサーチ会社の担当者から「フリースクールの先生を探している」と直接誘われ、番組に参加したという。ただ、最初は全くヤル気がなかったようで、「それまで番組を観たことがなかった。テレビに出ることなんか毛頭考えたこともなくて…」と明かした。しかし、担当者とは以前からの知り合いだったため、顔を出すだけという軽い気持ちでテレビ局に向かったのが始まりだという。

 当時、大和は無双館道場を開いていたが、中々知名度は上がらず苦労していた。「試合を行う時に、マスコミ各社に1週間ぐらいファックスを流すのよ。時間かかるんですよ。1000件近く流すんですけど、誰も来ないんだよね。本当に2年ぐらい誰も来なかった」と振り返った。そんなタイミングで「ガチンコ!」からの誘いがあり、その旨を道場の若い衆に伝えると「メチャクチャおいしいじゃないですか」と驚かれたが、大和はどこにメリットがあるのか分からなかったという。そんな大和に若い衆から「毎回試合の度にファックス流してるじゃないですか? あれやらなくていいんですよ」と説得され、「俺も『アレやんなくていいってことは最高じゃねぇかよ』っていうことで。それで始まったんですよ」と明かした。つまり、「ガチンコ!」に出演することで、自身の名前と道場の名が一気に有名になり、自然と注目されるようになると捉えたという。

 1度目に「ガチンコ!」に参加した際には、スタッフからは挨拶を徹底的に教え込むように指示されただけだという。「俺に、台本はねぇよ。スタッフからは『挨拶させてください』ってお願いされてたけど、でもあいつら(生徒)は『挨拶しないでくれ』って指示されていたかもしれない。だから、知らないで仕掛けられた事いっぱいあると思うんですよ」と内部事情を明かした。大和が対峙した生徒の大半は反抗的だったため、「お前ら、スタッフから何か言われてんのかっていう感じで…」と若干違和感を覚えたという。

 1度目の放送を観ていなかった大和。オンエア当日に突然、TBSから道場に電話がかかってきてことがあり、「『大丈夫ですか?』って。俺は『大丈夫ですか』」っていう意味がわからない。それで詳しい話を聞いたら、TBSに相当クレームが入ったらしいんだよ。でも、俺の道場には1本も苦情の電話がこなかった」と明かした。TBS側は大和の道場にも多数のクレームが寄せられていると気遣い、連絡してきたという。

 生徒たちには厳しい指導を行い、時には取っ組み合いをすることもあった同企画。大和が明かすようにTBSにクレームが殺到し、大和を誹謗中傷する意見も寄せらたが、一方で大和を応援する視聴者も多かったようだ。「色々ありますけど、『やめないでくださいね』ってスタッフの人に言われて。中には企画の途中で抜ける出演者もいたらしいのね。俺は一旦関わって出演した以上は、最後までやる。途中で辞めるっていうワケにはいかない」と覚悟を持って番組に出演していたことを明かした。

 1、2回まではスタッフもあの手この手で同企画の方向性を探っていたが、出演3回目で、ようやく本格的な方向性が決まったという。

 「『ガチンコ!』っていうのは撮影クルーが全部違うんですよ。企画ごとにディレクターが違うんですよ。ADとかはカブってたりするんですけど、偉い役職の人たちは独立している。『ファイトクラブ』『ラーメン道』がどうやっているのか、俺は知らねえワケだよ」と裏事情を明かした。スタッフからは「自由にやってください」と特に規制はなかったという。

 あくまで、本人はありのままで収録に臨み、スタッフの編集力によって面白い番組に仕上がったと強調。「セリフ通りとかにできてれば、はっきり言った話、俺は役者やってるから。演じれないんだよ。“編集”あっての俺だから」と無骨さいっぱいだった。インタビュー中は終始熱く語っていた大和。かつて「ガチンコ!」で見たままの男気に溢れた漢だった。

【プロフィール】
大和龍門(やまとりゅうもん)/1956年11月26日生まれ/鹿児島県出身/無双館代表、闘剣創始者