「ユリ熊嵐」11話。最終話に向かっていく物語の中、銀子の姿は「劇場版美少女戦士セーラームーンR」のフィオレと重なった。
百合ケ咲るるの「スキ」、蜂蜜の小瓶が割れている。
「るる。私はるるの友達失格だね。るるの気持ちを知っていて、知らないふりをしていた。友達なのに、嘘をついた。もう遅いかもしれない。でも聞いてほしいんだ。私が紅羽のスキを手放した日のことを。そしてその理由を」
百合城銀子は回想する。
どうやって椿輝紅羽と銀子は友達になったのか。
「スキは甘く、優しく、全てがきらきら、星のように輝いて見えた。だから勘違いしたんだ。世界が私を承認してくれたのだと。でも……」
それなのになぜ銀子との記憶を失ってしまったのか。
「クマを庇うつもり? やばーい!」「じゃあお前も悪だ!」
どうして銀子はヒトの姿になったのか。
「あなたのスキは、本物?」
るるは銀子にとってどのような存在だったのか。
「大丈夫だよ、銀子はるるが守るから!」

アニメ「ユリ熊嵐」11話「私たちの望むことは」は、不穏に始まり、すぐに脱ぐ欲望&幽霊こと百合園蜜子がいきいきと動きまわり、「ユリ承認」なくさまざまな女の子が襲われ、視聴者の予感のままに悲しく終わる。
次回、12話が最終回だ。

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幾原邦彦監督は、『アニメージュ』4月号のインタビューで、ラストについてこう答えている。
〈ラストシーンを見た方は驚くと思います〉
〈あと、ジャッジメンズの3人も、最終回には正体が明らかになるので、そこもお楽しみにという感じですね(笑)〉
えっあいつら「正体」とかあるんだ? と思わず動揺してしまったが、そこは最終回を楽しみにしたい。ちなみにジャッジメンズの3人は11話で、さらっと女神・クマリア様について「すでに失われました」と語っている。クマリア様が流星群になって降り注ぎ、その結果ヒトとクマとは断絶した……? 最終回で何かが明かされるかもしれないし、明かされないかもしれない。

「何かを渡す」ということは、約束や愛情を交わすことだ。幾原監督の作品においてもその色合いは強い。「少女革命ウテナ」では薔薇の刻印(指輪)、「輪るピングドラム」では運命の林檎。「劇場版美少女戦士セーラームーンR」でも花が渡されている。
今回の銀子を見ていると、「劇場版セーラームーンR」のフィオレを思い出す。
フィオレは幼いころに地場衛に救われ、彼のことが大好きになった。別れるときに、フィオレは衛から花を渡され、いつか花を返しにくることを約束する。その思いと約束が歪んだ形で成長させられ、起こってしまうのが映画本編の事件だ。
ひとりぼっちのフィオレに贈られた花は、ひとりぼっちの衛が幼いころの月野うさぎからもらった花だった。「あなたはひとりじゃない」と与えられる花。フィオレは最後それに気づき、うさぎに花を返す。
銀子は確かに、ヒトの世界からもクマの世界からも排除されてしまった。でもたくさんの人からスキをもらえているのだ。紅羽からも、澪愛からも、るるからも。けれど銀子は満足できず「承認=約束のキス」を求めている。そして、スキを諦めないと何度も繰り返してはいるけれど、誰にもスキを渡せていない。
銀子はひとりぼっちで、勝手で、エゴイストで、ないものねだり。願いが叶ってヒトになっても、もしかすると銀子は満たされないかもしれない。ヒトとヒトの間にも断絶はあり、ヒトになったからといってわかりあえるわけでも、幸せに暮らし続けられるわけでもない。
彼女はこのまま、開き直ったままで約束のキスがもらえるのか、それが作中でも肯定的に描かれるのか。それとも、フィオレのように立ち止まるのか。

「ユリ熊嵐」1話から、ずっと気になっていたことがある。
「あなたのスキは、本物?」「ユリ、承認!」
スキに、「本物」も「嘘」もあるのだろうか。純花のように「自ら嵐の中に飛び込む」スキだけが、本物のスキであるとはどうしても思えない。自分と相手以外の誰かに「承認」されるべきものであるとも。
その辺りはきっと好みの問題で、「ユリ熊嵐」はそういったテーマ選択や問題設定をしている作品として終わる可能性はじゅうぶんにある。でもラストシーン、ジャッジメンズの「承認!」をさえぎって、紅羽たち自身が「承認!」と叫んでくれれば、すっごく痛快だなー(妄想)。

(青柳美帆子)