■3月特集 アスリートの春 〜卒業、そして新天地へ〜(4)

 日本ラグビーの最高峰トップリーグを代表する『パナソニックの巨人』が、2016年のリオデジャネイロ五輪から正式種目となった7人制ラグビー(セブンズ)の日本代表として、桜のエンブレムを胸に新たなトライを始めた。

「日本は自分の国ですから、すごく自然に感じています。それに代表としての責任もあります」

 俳優のキアヌ・リーブスに少し顔が似ている元オーストラリア代表のダニエル・ヒーナンは、昨年9月に日本国籍を取得し、『ヒーナン ダニエル』となった。

 ヒーナンは1981年11月17日、オーストラリア・ブリスベン生まれの現在33歳。実家がジャガイモ農家なため、芋を意味する『スパッド(spud)』という愛称で呼ばれている。6歳から楕円球に親しみ、オーストラリアのU−19、U−21代表に選出され、2002年からはスーパーラグビーのレッズやブランビーズで活躍。196センチ・111キロの体躯を活かしたプレイは代表監督の目にも留まり、オーストラリア代表としても2試合に出場している。

 2007年に三洋電機(現パナソニック)ワイルドナイツへ移籍したヒーナンは、今年で8シーズン目を迎えた。

「スーパーラグビーで6年間プレイして、新しい経験・チャレンジをしようと、日本でプレイすることにしたんだ。最初はこんなに長く、日本にいるとは思いもしなかったけどね(笑)。だけど、とても充実しているし、チームメイトにも恵まれたね」

 日本に来てからの8年間、ヒーナンはスクラムやラインアウトのセットプレイの要となる「ロック(LO)の中心選手」として、パナソニックの野武士軍団を支え続けた。その結果、トップリーグ優勝3回、日本選手権優勝4回のタイトル奪取に貢献。また、トップリーグの「ベスト15」も4度受賞している。ただ、激しいプレイの代償としてケガも多く、2007年と2011年のワールドカップでは、オーストラリア代表に選出されることは叶わなかった。

 3年前、オーストラリアの女性と結婚。ただ、「2年前くらいから日本のパスポートを取ろうと考えていた。自然なことだったし、自分の人生のためでもあった。日本はとても良い国なので、日本で生活したかった」とヒーナンは言う。もちろん、プロ選手としてラグビーのことを考えての選択だった。「日本でラグビーを続けたかったし、日本ラグビーにも貢献できるはず。将来はコーチにもなるのもいいね。また、セブンズの代表になれることも大きかった」という理由で、日本国籍取得を決断した。

 そして今年2月、アメリカ・ラスベガスで行なわれたセブンズのサーキット形式による国際大会『ワールドシリーズ』に日本代表として初招集。ラグビーキャリアとしては、ほぼ初めての7人制の試合だったという。「私にとってはすごいチャレンジ。15人制はすごくスペースがせまく感じるけど、セブンズは広い。そして、みんな速い(笑)」とやや戸惑いを見せるも、「ラインアウトやキックオフといった私の15人制の経験が、セブンズでも機能するはず。難しいけど面白い!」と興奮を隠せない。

 ただ、セブンズ日本代表はワールドシリーズ5大会連続で15位タイの最下位に沈んでいる。今シーズンも残り4戦あるが、コアチーム(シリーズ全戦に出場するチーム)から自動降格する危機を迎えている。リオデジャネイロ五輪のアジア予選は今年11月に開催される予定だが、今後の強化の意味を考えると、残留するためには3月27日〜29日の「香港セブンズ」(※)、そして4月4日〜5日に秩父宮ラグビー場で行なわれる「東京セブンズ」で大きくポイントを稼ぐことが必須だろう。

※香港セブンズでは予選リーグでフランス、南アフリカ、アルゼンチンと戦い、その後に決勝トーナメント。

「もう若くないので、もっとトレーニングしないとね。今はコーチと仲間と香港で戦うことに集中している」と語るヒーナン。「香港は暑いからね!」とトレードマークだった長髪を短くカットし、自身2戦目のワールドシリーズとなる香港セブンズに向けて旅路に就いた。

 ただ、ヒーナンのトライは、セブンズだけにとどまらない――。

 昨年、IRB(国際ラグビー評議会/現ワールドラグビー)は、「日本の国籍を取得した上で、セブンズのワールドシリーズに4大会以上(※)、もしくは五輪予選に半分以上出場すれば、他国の15人制の代表経験があっても15人制の日本代表になれる」と規定を変更した。つまり、ヒーナンは今秋、イングランドで開かれるワールドカップにも日本代表として出場できる可能性が出てきた......というわけだ。

※すでにアメリカ大会に出場しているヒーナンは、残るワールドシリーズの香港大会、日本大会、スコットランド大会、イングランド大会のうち3大会に出場すれば条件を満たす。

 ヒーナン自身、五輪だけでなくワールドカップも視野に入れている。「今はセブンズを楽しんでいるから、まずは目前のワールドシリーズを頑張りたい。ただ、セブンズだけでも十分だけど、できれば秋に開催されるワールドカップに出場できるチャンスがあれば嬉しい。ワールドカップも年齢的には最後のチャンスだから」

 もちろん、オーストラリア代表を率いたこともある日本代表のエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)も、そのことは十分に承知している。

「2003年にヒーナンをワラビーズ(オーストラリア代表の愛称)に呼んだのは私です。彼の能力は分かっている。15人制日本代表の資格を取ったら、その時に招集するか考えます。ただ、7人制代表チームが彼を離さないかもしれない。彼は今、7人制日本代表の中で一番良い選手ですから」

 8年間もパナソニックの練習場がある群馬県太田市に住み続け、日本を好きになったヒーナンは、「日本のために戦う姿を応援してほしい」と語る。ただ、「歳を取ると、チャレンジする機会は少なくなります。今、できることに取り組みたい」という33歳の彼に、トップレベルでプレイできる残された時間は長くない。数多くの国際大会に出て、自分のパフォーマンスを披露したいと思うのは、アスリートの本能だろう。

「日本代表でプレイすることは誇りです。セブンズにチャレンジすることが最優先で、ひとつひとつステップを上がって行きたい」

 ラグビーというスポーツはいつ大ケガをしてもおかしくないし、15人制の日本代表資格を得られるかも分からない。それでも、彼の座右の銘は、父から教わった「Laughs is(that)you make it」。つまり、「笑う門には福来たる」である。

 この言葉を胸に、「どんな状況でも、楽しんだほうがうまくいく」と語るヒーナン ダニエルは、今、新たな挑戦に心を躍らせている――。

斉藤健仁●文 text by Saito Kenji