音楽文化として根付きつつある音声合成技術「ボーカロイド」。卒業式の定番はいまや、「仰げば尊し」でもEXILEでもなく、初音ミクだ。

 岐阜県関市の山間にある武儀(むぎ)中学校の卒業式。ピアノの伴奏に乗せて、卒業生24人の清らかな歌声が体育館に響いた。

 教室の窓から桜ノ虹 ゆめのひとひら 胸奮わせた 出会いの為の別れと信じて 手を振り返そう

 晴れやかな曲調の中にも、切なさを感じさせるメロディー。歌詞に3年間の子どもの成長を重ね、聴いていた保護者らは胸を熱くした。

 昨年3月の、例年の卒業式と変わらない光景。一つだけ違ったのは、この「桜ノ雨」という曲が音声合成技術「ボーカロイド」を用いてインターネット上で発表された「ボカロ曲」だったことだ。

 歌いたいと提案したのは生徒たち。ダンスボーカルユニットEXILEの「道」も候補に挙がったが、音楽科教諭の意見も聞きながら検討し、「桜ノ雨」に決めたという。「心がこもっていた」と、教員らも生徒たちの合唱をしんみりと振り返った。

「桜ノ雨」は10代の間では、卒業ソングの「神曲」として知られる。halyosy(はるよし・ハンドルネーム)さんが作詞作曲し、2008年2月にボカロソフトの初音ミクが歌う作品として、動画投稿サイト「ニコニコ動画」で発表された。直後から「卒業式で歌いたい」との声が続出。halyosyさんは言う。

「ボカロだっていい曲はある。それを若者が大人に伝えるきっかけになっていると思う」

 ボカロはヤマハが00年に開発した技術。音符と歌詞を入力すると歌声に変換される。07年8月、クリプトン・フューチャー・メディアがその技術を基に「初音ミク」を発売したのをきっかけに、一般化した。これまでに製品化されたキャラクターは約60種類。ユーザーはニコニコ動画やYouTubeを通して自分の作品を発表する。それがいまや、J‐POPをしのぐほどの人気だ。

 デジタル化された音楽に詳しい産業技術総合研究所首席研究員の後藤真孝さんは、「人間の歌声でなければ聴く価値がないという旧来の価値観が打破され、合成された歌声がメインボーカルの楽曲を楽しむ文化はすでに誕生している」と指摘。

 しかし、30代以上の反応は真逆。卒業式でボカロ曲を歌うことをどう思うかと聞くと、「ボカロって何?」(中学教諭、男性、39)「え?意味がわからない」(主婦、36)といった反応が返ってくる。

「情緒的な場面でボカロ曲」には、まだ抵抗があるようだ。前出の後藤さんは、ボカロを「音楽技術の一つ」と捉えれば抵抗感は薄れるのでは、と話す。

AERA  2015年3月16日号より抜粋