写真左から、園子温、名越稔洋

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日本に実在する歓楽街をモデルにした街を舞台とするアクションゲーム「龍が如く」シリーズ。重厚な世界観と高いゲーム性、こだわりぬいたシナリオで、熱狂的なファンを多く抱える本シリーズも、今年でいよいよ10周年を迎える。3月12日には、最新作であるPlayStation4/PlayStation3用ソフト「龍が如く0 誓いの場所」が発売になったばかりだ。

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そこで今回、シリーズの生みの親として知られる名越稔洋氏と、映画監督の園子温氏を迎えて対談を行った。テーマはずばり、「表現としての暴力とエロス」だ。活躍のフィールドは異なるが、共に暴力やエロスを重要なテーマとして扱ってきたクリエイター同士、どんな話が展開されるのだろうか。

■日本を舞台に、大人の男だけで勝負したくなった。

園:名越さんとは初めましてですよね。でもお名前とお顔はいろんなところでお見かけしています。一度見たら忘れられないですから(笑)。

名越:そう言っていただけると嬉しいです。僕は以前から園監督の映画を見させていただいていました。最初に自分の中でグッときたのは「冷たい熱帯魚」ですね。

「なんだこれ!」って衝撃を受けましたね。あの作品をネタにいろんな人と酒を飲みましたよ。色味も綺麗だし、全体的に枯れた感じの絵がよかった。この感覚、なぜか女性にはあまり理解してもらえないんですけどね。

園:たしかに女性は僕の映画はあまり……って人が多いかな。でも、それ言ったら「龍が如く」もどうなんですか?(笑)

名越:(笑)。メインのユーザー層はやっぱり男性ですよね。だけど、近づくなって言うと逆に女の子って近づいてくるんですよ。実際、「龍が如く」は毎回50万本くらい売れますけど、買う人のうち1〜2割くらいは女性なんです。

園:そうなんですね。そもそも「龍が如く」ってどういうコンセプトで生まれた作品なんですか?

名越:その話のためには、少しさかのぼって説明することになるんですが、10〜20年くらい前まで日本のゲームって世界一だったんですよ。

だけど、今は欧米のランキングに日本のゲームは一本も入っていない。当時はたまたまファミコンなんかが世界的にヒットしましたが、ハリウッド的な大型投資で作る手法をやられると、いつか抜かれるというのはわかっていたことです。

それでどうなったかというと、日本人なのに外国人のふりをして作品を作らないといけないという風潮がゲーム業界にできたんですね。行ったこともない外国の町を舞台にして、外国人を主人公にする。どこかのフォーマットと同じことをやって、しかも売れない。何をやってるんだって思いました。

それなら自分は核のあるものを作りたいなと。日本を舞台に、大人の男だけをターゲットに勝負したくなったんです。

園:なるほど。先ほどPVも見せていただいたんですが、歌舞伎町……ゲームだと神室町ですけど、リアルですよね。店内の描写で、ここ実際に見たことあるぞってシーンもありました。実際、歌舞伎町でかなり遊んでいたんですか?

名越:歌舞伎町ではよく遊んでいましたね。

ゲームの舞台は1988年で、ちょうど僕も上京してきたくらいでした。まだキャバクラじゃなくてキャバレーでしたね。女の子も普通の人がいなくて、年齢を聞いたらそろそろ50の大台だったり、実は男だったり(笑)。

でも未だにそういうお店が歌舞伎町にはあるんですよね。園監督にとって歌舞伎町はどんな場所ですか?

園:昨年、歌舞伎町を舞台にした「新宿スワン」という映画を撮ったんですよ。そのときに僕も遊ばないといかんなと思って通いましたから、けっこう楽しい場所っていう感覚ですね。

ゲームの舞台になっている80年代の歌舞伎町って、一番すごかった時代じゃないかな。それこそ、欲望が渦巻いていた。

■歌舞伎町の魅力

名越:そうですね。僕が18で田舎から上京したとき、東京で遊びに行こうって思って最初に行ったのが東京駅だったんですよ。だって「東京」じゃん! って(笑)。だけど、日曜の丸の内なんて誰もいない。

園:わかる! 僕も東京駅に行きましたよ(笑)。

名越:それである時、某カメラ屋さんのテレビCMを見て、東京って丸いんだ!と。

山手線の駅をぜんぶ回れば東京がわかるはずだって思ったんですね。で、東京駅から徐々に南下していって、グルっと行って新宿駅で歌舞伎町を見たときに「ここだ! 俺の知ってる東京はこれだ!」って確信したんです(笑)。

山手線めぐりはそこでゴールを迎えて、少ししてから歌舞伎町で働くようになりました。毎日松屋の牛丼を食ってましたね(笑)。

園:今はなき香港の九龍城に近い輝きを持っているのかなって思いますね。

外国人の思う日本的なダークファンタジーが存在する町が歌舞伎町なのかも。

聞いた話なんですが、外国人が新宿のホテルに泊まって、フロントでこう聞いたらしいんですよ。「ニンジャがどこにいるか教えてください」って(笑)。当然、フロントは「ニンジャなんていませんよ」って答えるんですけど、そうしたらその外国人は「わかってる! そういうふうに言わないといけないのはわかってるけど、そこを何とか教えてよ!」って(笑)。

名越:(笑)。

園:ゲームの話に戻りますけど、「龍が如く」の中では、そんな歌舞伎町ならぬ神室町で暴れることができるんでしたっけ?

 

■セーラー服のラインの数でエロいかどうかが決まる

名越:「龍が如く」では相手からケンカをふっかけられないと自分からは殴れませんね。それから子どもが死ぬシーンもありません。そこは明確に貫いている部分です。

園:それってやっぱりモラル的なところで?

名越:二つ理由があって、ひとつは僕もそれはやりたくないってこと。それから、いろいろ周りからうるさく言われるからっていうのもありますね(笑)。ただ、ゲームの場合は暴力よりエロの方がうるさいかな。テレビCMを打つときは毎回大変です。

園:僕もいつも怒られていますよ(笑)。同じ戦いが繰り広げられているんですね。

名越:話し合えば何とかなる場合もあるんですけどね。文書で言われてもわからないですよ。「◯◯を想起せしめる表現」とか言われて。“せしめた”覚えはないんだけどって(笑)。

「龍が如く」では最初、ピンク色にフェードアウトするだけで怒られました。その表現がセックスを想起させるっていうんですよ。それはあなたの感覚でしょって(笑)。

園:映倫と同じですね。僕の場合は、セーラー服のラインが二本だとエロくて、一本ならエロくないからセーフって言われたことがあります。それはあなたの勝手な趣味じゃないか!(笑)

名越:(笑)。ただ、そのとき担当してくれた人による部分はありますね。

園:映画もそう。ゆるい人がついてくれるとゆるかったりしますね。最近だと「地獄でなぜ悪い」っていう映画を撮ったのですが、あれはPG12なので小学生が見てもいいことになってるんです。いいの? って(笑)。

名越:「地獄でなぜ悪い」は僕の中で園監督作品ナンバーワンです。星野源君の歌をカラオケでフルで歌えるくらい何度も見ましたよ。

園:ありがとうございます。でも「龍が如く」も映像表現の点では映画的ですよね。

映像のクオリティもすごい。僕はゲームをプレイしていて、最近はなんで自分は映画やってるんだろうって思うこともあります。ゲームと映画の境界線は消えていっている気がしますね。

僕もゲームを作ってみたいですよ。日本映画なんて、ろくなストーリーがないし、面白いものがない。予告編を見ただけで、もう絶対に「龍が如く」の方が面白いって思います。今、映画をやる必然性ってどんどんなくなっていますから。日本映画は僕から言わせると沈没しています。

名越:ただゲームの方も閉塞感はありますよ。

というのも、ファミコン時代から続いているタイトルって今でも続いているんですね。さすがにもういいよって思ったりすることもあります。そういう状況の中で「龍が如く」は得をしているタイトルなんですよね。

最初に声の出演として渡哲也さんを起用したりして、かなり引きもよかったし、さらにその上でしっかりお金をかけていいものを作ったので、そのギャップでも評価が上がったところがあります。そうやってファンの方の熱が生まれて、実はそれが10年経った今も残り香としてあるんですよね。だから今でもシリーズタイトルを出せているところがあります。

不思議なのは誰も追従してこないことです。「龍が如く」しかない。だからファンも次が見たいと言ってくれているんだと思います。「龍が如く」って毎回同じ舞台ですし、ある種、こち亀であり寅さんなんですよね(笑)。

■暴力とセックスは面白い。なぜなら普段やらないものだから

園:そろそろ今日の本題なんですが、「表現としての暴力とエロ」っていうテーマをいただいたこと自体が、僕としては近未来に生きているんだなぁって感覚なんですよ。

だって、小さい頃のTVなんて、21時くらいからおっぱいが出始めて、22時からはドラマでセックスして、23時からはもうめちゃくちゃでしょ(笑)。

そこから自主規制が重なって、僕の周りもどんどん暴力とエロをやめて寂しくなってきている。僕は別に暴力とエロが大好きでたまらないってわけじゃなくて、ただそれらを描くことは自由に表現することなんですよね。

単に周りがやめちゃったから目立つだけ。僕からすれば普通ですって感じ。むしろ今の若い日本映画作家なんかは、縁側でみかんを剥いて「空が青いね」みたいなものを撮ってるけど、それでよくむずむずしないなって思う(笑)。

名越:映画でもゲームでもそうですが、よく暴力表現やエロは子どもに悪影響が……なんて言われますよね。

園:僕は本物の血は苦手なんですが、映画で血を見るのは面白いと思う。創作物で見たからって、じゃあ現実でやるかって言ったらやらない。映画を見ていた子ども心にもそれはわかっていましたし、問題視するようなものじゃないですよ。

名越:ゲームの場合はまた独特な言われ方をするんですよね。あの殺人犯はこのゲームをやっていましたって。ゲームは未だに不可思議なものとして扱われることが多いし、そうしておいたほうがゲームのせいにしやすいんでしょうね。ゲーム脳なんて未だに言われたりもしますし。本当の暴力表現って、心が荒らされるような気持ちになるものだと思うんですよ。暴力シーンは暴力シーンでしかないですから。

園:暴力とセックスって面白いんですよね。それはなぜかっていうと、普段はやらないものだから。だからこそ面白いし、ゲームや映画から暴力やエロの表現が完全に抜かれたら、それこそ僕はイライラして暴力に走っちゃうかも(笑)。そういう意味で、僕は毒抜きだと思っています。

■これから作りたいもの。惹かれる題材について

園:話は変わりますが、「龍が如く」ってやっぱりキャバクラで遊んで取材して作ったんですか? 今でも遊びに行ったりします?

名越:もちろんです(笑)。今でも歓楽街で遊びますよ。歌舞伎町だけじゃなく、銀座や六本木も。あ、でも歌舞伎町は顔バレしてるから、あまり行かなくなりましたね。うちの店もゲームに出してくれとか言われますから(笑)。

園:だからゲームがすごくリアルなんですね。

名越:リアルといえば園監督の作品も現実の事件をモチーフにしたものがありますよね。感心するのは、そのスピードがすごく速いなってことです。「希望の国」とかもそうでしたね。

園:うーん、だけど、作っているうちに現実に追い越されそうだなって思ってますよ(笑)。

名越:たしかにすごいスピードで価値観が変わっていますよね。

たとえば僕はTwitterやFacebookはやらないんです。皆でつながりあって拘束され合うのって、窮屈じゃないのかなって思ってしまう。でも今は皆つながりたがりますよね。

価値観が変わってきていて、ヘタすると「おいしい」とか「悲しい」みたいな感情の基準までズレ始めている気もする。今まではそれって世代の違いがそうさせていたのかなって思っていたのですが、最近は技術がそうさせているんじゃないかって思うんですよ。昨日までそうじゃなかったのにっていう。それって怖い話ですよね。とてつもなく悪い方向に進んでしまったら国がひっくり返るくらいのことになりそうな気もします。

結局のところ、そういうものを僕らは受け入れるしかないんだけど、そうなっているっていう意識は持っていたいし、皆にも持っているかい? って聞いてみたい。警鐘を鳴らすってわけでもないけど、自分が作るもので、そういうテーマを取り上げてみたいですね。園監督はこれから取り上げたいテーマはありますか?

園:僕は未来がどうなるのかっていうことに興味がありますね。「龍が如く0 誓いの場所」も80年代が舞台ですけど、今とぜんぜん違いますよね。じゃあ今から20年後はどうなっているのか。それを想像しながら作ってみたいと思っています。

ゲームと映画。フィールドは違えども、表現者として共感しあっていた名越氏と園監督。二人が今後、どんな作品を世に送り出してくれるのか楽しみだ。