『洗脳のすべて』(宝島)

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 戦後最大級の無差別殺人として世界を震撼させた「地下鉄サリン事件」から20年。事件を引き起こしたオウム真理教についてはこの間、いろんな側面から語れてきたが、中でも大きな注目を集めたのは、麻原彰晃(本名・松本智津夫=60)を中心とした"洗脳"の手法だった。

 オウムによる洗脳は、単に執拗な勧誘や過酷な修行だけではない。瞑想の際にLSDを服用させ深い悟りが得られたかのように思い込ませる修行や、高橋公判でもたびたび出て来る「ニューナルコ」と呼ばれる、電気ショックによって脳に刺激を与え記憶を消すという修行などで信者の脱会を困難にした。違法薬物を使いまくり信者の脳に直接働きかけていたのである。

 このように同教団による洗脳手法は過激で異質だが、今年1月に刊行されたムック『洗脳のすべて』(別冊宝島/宝島社)では身近な洗脳手法がさまざまな事例とともに紹介されている。

 まず巻頭は、X JAPANのボーカリストとして不動の人気を築いていたToshlのロングインタビュー。自身がかつて心酔していた「ホームオブハート」についてだ。自己啓発セミナーを主宰する同団体に出会ったいきさつやそこでの出来事、逃亡から現在までの壮絶な日々を語っている。Toshlは1993年に元妻と出会い、彼女に連れて行かれたセミナーやコンサートで、同団体のトレーナー・MASAYAを紹介される。「今すぐここで決めて下さい。決めないのがあなたのパターンです」と迫られ、ついにセミナーに参加するようになってしまったという。これは元妻の影響が大きかったようだ。

「自分が有名になったり、大きなお金が動く事で、家族がおかしくなり、自分が知らなかった強欲さを目の当たりにする。子どもからしたら、親や兄弟の今までと違う一面を見るということは、とてもショックなんですね。そうすると「もしかしたら、自分がいけないんじゃないか」という感情にもなってくるし、そこからいろんなものが崩れていく。さらにそこへきて当時のX JAPANの状況も重なって、僕自身、自信というものを見失っていた」

 孤独を強め〈自分の拠り所がどんどんなくなっていった〉というToshlのもとに近づいてきたのが、元妻だった。

「彼女を否定すると自分のことも否定することになる。自分が選んだ相手のことを最後まで信じたいという、ある種、心に不安を持つ人間独特の心理が働いてしまっていた」

 元妻と自分を同一視し、唯一の拠り所とするまでになっていたToshlは、同団体にとって格好のカモだっただろう。こうして、高額なセミナー代に加え、MASAYAのCDなどさまざまなモノを買わされるようになる。さらには、かつて大きく報道された「化け物アゴ男」「エゴ人間」「劣等男」といった気の毒な罵声の数々を浴びせられる"フィードバック"という手法、殴る蹴るの肉体的な暴力で、さらに自分に自信をなくし同団体への忠誠心を強くしていった。

「当時は僕という醜い人間が稼いだお金をMASAYAに使ってもらうことで、彼が生み出すものが醜い世界を美しい世界に変えるんだと本気で信じていました。もちろん、彼らはいきなりそういう方向に持って行かず、最初は自己啓発セミナーという形で感動させ、そこから少しずつ、彼らに取って都合のよい世界へと引きずり込んでいくんです」

「ただ単に殴ったり蹴ったりするのではなく、『すべてが僕のためである』という大前提というか大義名分があるんですよね。もちろん、まったくもって間違っているのですが、先ほどいったように、『人間の本質は美しいのに汚いものを被っているのだから、それを取り払ってやるんだ』という理屈なんです。もちろん、暴力は嫌だし辛いし痛いし怖い。けど『これも自分のためなんだ』と思わせるわけです。
 僕も嫌だから抵抗しますよね。でも、抵抗すればするほど暴力を受ける時間が長くなるし、途中からは『もうどうでもいいや』という心理状態になってしまう」

 暴力による洗脳が思考能力を低下させることを体験者であるToshlは生々しく語る。このように金・名声・実力すべてを手にした有名人が持つ心の隙間に入り込む洗脳手法は、中島知子と謎の女占い師との事例でも本書で紹介されているが、我々のような一般人が陥るさまざまな事例についても触れられている。

 例えばアラサー女性に多い"自分探しの旅"だが、そこに潜む落とし穴があるというのが「都会を捨てる自分探しの甘い罠/佐々木浩司」だ。2011年の東日本大震災以降、〈都会を捨てて地方で"自分探し"をする若者たち〉が増えているが、いざ向かった新天地のバーや宿泊施設では、こんな状況がみられるという。

「ここで注目すべきは、従業員である。彼らの多くは"自由"に憧れており、住む場所と食事が用意される代わりに、自ら志願して無給でスタッフとして働いているようなのだ。ホームページにはアシスタント(ボランティア)募集の告知が行われている。
 ここでひとつの疑惑が浮上する。自分探しの若者が、金儲けに利用されているのではないか、と」

 金を落とす側も"自分探し"の若者たち。働く側も、"自分探し"でやってきたボランティア。〈「自分探し」が駆動する永久機関〉と作者は称している。

 またワタミに代表される「ブラック企業」も、ブラックと知りながら辞めない人材について"洗脳"が機能していると指摘している記事も(「ブラック企業で働きたい!/高島昌俊」)。平均労働時間13時間というある居酒屋は〈バイトを含む全スタッフが参加する朝礼を毎日実施している。その内容というのが自分の夢や今の目標、好きな言葉などを大声で叫ぶ〉もので、気持ち悪いことこの上ない習慣を設けているのだが、これは近年の居酒屋業界で一種のトレンドとなっており〈これ目当てでバイト先を決める若者もいる〉というのである。

「大声でポジティブな言葉を発すると気持ちがいいですし、アドレナリンがたくさん出て"今日もがんばるぞ!"って気になれる。不思議ですけど、朝礼のおかげで元気が出るんです」

 月曜の早朝に街を歩くと、社屋とおぼしき建物の屋上で社員らが大声で何か叫んでいるような会社をたまに見かける。ハタから見ていて苦行でしかないと思っていたが本人たちは嬉々としてこれに臨んでいたとは、恐るべしだ。

 一方、洗脳する側も実際のところは自分で自分に対して"自己洗脳"を行っているのではないかという疑惑もある(「木嶋佳苗が自己洗脳で保ち続ける見せつけたい「自己像」/高橋ユキ」)。2009年に発生したいわゆる「首都圏連続不審死事件」で殺人などの罪に問われ、一審二審の死刑を不服とし、現在最高裁に上告中の木嶋佳苗被告(40)は、法廷で自信満々の態度を崩すことはなかった。

 事件発生当時からこの事件は木嶋被告のぽっちゃりとした容姿や、それに反して"男性を何人も手玉に取った"ということが大々的に報じられた。公判も抜群の注目度の高さだったが、「一審では午前と午後で服装を替え、刑事裁判では非常に珍しい"お色直し"を行った」ほか「堂々と法廷に現れ、時に傍聴席を見回す余裕も」あった。

「刑事裁判の被告人の多くは、ずっと下を向いてうなだれていたり、傍聴席を見回すことなどできずに、まっすぐ前を見据えて固まっている。彼女には、そうした素振りは一切見られなかった。
 大きな連続殺人事件の被疑者として、そして被告人として注目を集めていることをポジティブに受け止めているようにすら見えてしまう」

 自信たっぷりの振る舞いは、いつしか第三者にも伝染する。公判には次第に"佳苗ギャル"と呼ばれる女性たちが通い詰めるようになった。幾人もの男性が彼女に惹かれていった理由を探しながら傍聴するうちに、彼女の魅力に気づいていくのである。佳苗ギャルの1人はこう語る。

「目を閉じて彼女の声を聞いていると、綺麗な女性が話しているようにしか聞こえない。被害者とのセックス内容を赤裸々に証言しているのですが、"ドギツイ"性行為も彼女の話しぶりによって、上品なエロスを感じてしまうほど」

 木嶋と同様の"自己洗脳"は、おそらく冒頭に挙げたオウム真理教の麻原も、行っていたのではないだろうか。荒唐無稽な理屈を通すには自分で自分に暗示をかけなければ、やっていけないだろう。
(高橋ユキ)