【F1】マクラーレン・ホンダは「周回遅れ」ではなく「2週遅れ」!?
2015年3月15日午後3時37分、マクラーレン・ホンダのマシンが、開幕戦オーストラリアGPのスターティンググリッドについた。しかし、コンパクトで美しかったはずのリアカウルには不格好な湾曲(わんきょく)が加わり、フロアにはいかにも応急処置といわんばかりの排熱口を開けた跡もある。
マシンもパワーユニットも、本来のポテンシャルを引き出せないまま、マクラーレン・ホンダはオーストラリアGP決勝に臨むことを余儀なくされていた。
ピットガレージからグリッドへと向かう途中、フェルナンド・アロンソの代役で出場したケビン・マグヌッセンのマシンから白煙が上がってコース脇に止まり、1周も走ることなくリタイア。もう1台のジェンソン・バトンのマシンも完走はしたものの、トップのメルセデスAMG勢から3.5〜4秒落ちのペースで、2周遅れの11位だった。
開幕戦オーストラリアGPを控えた木曜夕方、新井康久F1総責任者ら数名のホンダスタッフが、マクラーレンの面々とともにコースを歩きに出かけた。昨年から何度もF1の現場を訪れていた新井だが、コースを歩くのは初めてのことだった。路面や縁石を自分の目でチェックし、新生マクラーレン・ホンダとしての初戦がいよいよ始まると実感したことだろう。
「我々は信頼性を確保するために性能を犠牲にしません。テストの途中で入れたものには、対策が十分に間に合っていないパーツもあって、課題はありました。我々の経験不足もあるし、軽量なパッケージにするために最後まで攻めた結果、『これはなかったかな』という要素もありました。しかし、開幕戦までの10日間で、さくら(研究所)で課題をすべて潰し込んで、新仕様を確認しています。問題が出るとは思っていないですし、自信もあります」
そう語った新井は、パワーユニットの性能と信頼性確保に自信をのぞかせていた。さらに、「圧倒的な最下位とか、周回遅れになるとは思っていません」とも語っていた。
「テストでは、本番仕様のパワーユニットが壊れていたのではなく、最終仕様を見極めるためにいろんな物を試していたんです。性能が良くても信頼性が厳しいものもあれば、思ったほど性能が変わらなかったものもあった。それをすべて整理して、まとめあげてオーストラリアGPに持って行きます。ポテンシャルを引き出すためのマチュレーション(熟成)を進めていきます」
徐々に進歩を見せてきたホンダのパワーユニット「RA615H」は、本番仕様でさらに上昇カーブを描くと予想され、伸びしろを考えれば開幕戦で中団争いができるという予測をしていた。
しかし、そこには誤算があった。開幕戦はホンダにとって決して楽なものではなく、まずフリー走行が行なわれた金曜日に異変は起きた。パワーユニットのコントロールデータに不具合が見つかり、FP−1(フリー走行1回目)は約30分を残して取りやめなければならなくなったのだ。
データを見直した結果、このまま走行を続ければ重大なトラブルが発生する可能性があることが分かった。寒い冬のヨーロッパで行なわれた開幕前のテストとは異なる、32度というオーストラリア、メルボルンの気温が原因だった。
「ハードウェアもソフトウェアも問題ないです。しかし、それらをコントロールするデータ設定が問題なんです。気温に対するタフネス(耐久性)が低いものを持ってきてしまっていて、そのまま走るとメカニカルな問題につながるおそれがあった。年間4基という規制がある以上、1戦目で壊すわけにはいかないし、新たに組み直すにしても、確認の取れていないデータをぶっつけ本番で使うわけにもいかなかったんです」
ホンダはその問題のあるパワーユニットを使うために、冒頭で述べた応急処置をマシンに施したわけだが、この誤算の背景には、テスト終了から開幕までの10日間で完璧な準備ができなかったという事情があった。
「テストで出た課題を片付けるのに精一杯で、確認できていない項目がたくさんありました。正直に言えば、まだマチュレーション(熟成)というレベルにはいっていないんです」
新井は、苦しい状況をそう説明した。
結局、マクラーレン・ホンダは夜間作業禁止規定(※1)を破り、深夜までマシン整備作業を強いられた。パワーユニットの冷却を促しエンジン本体とMGU−K(※2)にかかる負荷を少しでも下げる努力を続けたのだ。
※1 夜間作業は午前4時から翌朝11時まで原則禁止。ただし年間2回まではOK。3回目以降はピットスタートのペナルティを受ける
※2 MGU−K=Motor Generetor Unit - Kinetic/運動エネルギー回生装置
迎えた土曜の予選、マクラーレン・ホンダはトップから3秒落ちのタイムで、出走18台中17位と18位。前日にクラッシュし、スペアのない最新型フロントウイングを壊したマグヌッセンは、バトンに0.6秒の後れをとった。
散々な結果だった予選後、厳しい質問が飛び交った記者会見を終え、少し憔悴(しょうすい)しているように見えた新井のもとに、バトンがやって来て肩を組み、励ますように言った。
「大丈夫かい? 2週間あるよ、2週間だ」
土曜の時点で、オーストラリアGP決勝は彼らにとってライバルとの戦いの場ではなくなっていた。2週間後の第2戦、マレーシアGPに向けて気持ちは切り替わっていたのだ。
日曜の決勝、マクラーレン・ホンダは2台ともにERSのアシストが十分に使えないため燃費が苦しく、遅いペースでの走行を強いられた。最後になってようやく、バトンが自己ベストタイム(トップから2.4秒差)を記録したが、彼らにとってそれはレースではなく、まさにグランプリの場を利用した「テスト」だった。それがマクラーレン・ホンダの開幕戦であり、リスクを冒さずに走ったからこそ、完走できたのだった。
「我々は実戦をテストの場としなければならなかった。メルセデスAMGは3年かけてパワーユニットの開発にあたっており、対するホンダは18カ月しか時間的猶予がなかった。ホンダのパワーユニットには、まだまだポテンシャルが秘められている」
マクラーレンのレーシングディレクター、エリック・ブリエはそう語り、ホンダを擁護した。さらに、完走したバトンもエールを送る。
「僕らはまだ速くないし、やらなければならないことがたくさんある。11位という結果に満足するわけにはいかない。でも、11位完走は今の僕らにとっては素晴らしい結果だ。これだけアグレッシブなパッケージを採用すれば、最初は苦労するもの。今日のデータが、次に向けて大きく進歩する手助けになる。もっとパワフルで素晴らしいパフォーマンスを手に入れられることに期待したい」
2週間後のマレーシアGPでリベンジを。マクラーレン・ホンダの戦いは続いていく――。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki