ハウステンボスを引き受けた澤田秀雄氏

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 長崎県佐世保市にあるオランダの街並みを再現したテーマパーク・ハウステンボス。澤田秀雄氏がこのテーマパークの社長に就任して、今年で5年目となる。創業以来18期連続の赤字だった同社の再建に着手し、わずか1年で黒字化を成し遂げた。営業利益は四期連続二桁の伸びを見せ、いまや同社は、氏が会長を務める親会社・H.I.S.の利益の6割を稼ぎ出す存在となっている。
 
 これから澤田氏が目指すところはどこなのか。経営についてノンフィクションライターの稲泉連氏が迫る。

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 澤田氏がハウステンボスの再建を引き受けたのは2010年のことだ。創業以来赤字を垂れ流し続けてきたハウステンボスは2003年に破綻、野村グループの野村プリンシパル・ファイナンスが再建に乗り出したものの、7年後には再び経営危機に陥った。
 
 佐世保市にとってハウステンボスは、重要な雇用と観光のインフラである。閉鎖による地域経済への影響は大きい。
 
 そんななか、同市の朝長則男市長が直々に依頼したのが、20代で興したH.I.S.を大手旅行代理店に育て上げた澤田氏だった。
 
 実は彼は二度、市長からの依頼を断っている。何しろこれまで一度の黒字化もなく、野村グループのファンドが300億円もの投資をしてなお先行きが見えなかった案件だ。再建をH.I.S.で引き受けることは、誰の目にもあまりに危険な選択に映った。
 
 しかし予想外だったのは二度の断りにもかかわらず、朝長市長が澤田氏の社長就任を諦めなかったことだ。

「僕は頼まれると弱いんですよ」と彼は今でも苦笑する。

「だから、三度目はアポイントを入れなかったんだけれど、市長はそれでも来たんです」

 エレベーターの前で書面を渡され、胸をうたれるものを感じた。

「もちろん情が動いただけではありません。我々のH.I.S.は観光で生きてきたのだから、そのお手伝いを少しはしなければならない、という思いもありました。もし我々が引き受けなかったら一つの地方都市が死んでしまうわけですから。それにね」

 澤田氏は学生時代に西ドイツへ留学して4年半を過ごし、その後も世界各国を旅した。帰国後、まだ日本になかった格安航空券販売やパッケージ旅行の販売を始めたことが、H.I.S.の始まりとなる。彼は自身のそうした起業家としての原点を思うとき、20代で「世界の多様性」を感じ取ったことが、新たな挑戦を好む姿勢を培ったと感じてきた。

「やっぱり僕には新しい創造的なことにチャレンジしたい、という気持ちがある。市長から再三の依頼を受けたことで、その気持ちが抑えられなくなったというのも一つの理由でしたね」

 当時、人も疎らで閑散としていたハウステンボスを訪れると、彼は赤字続きで疲弊している従業員たちを一堂に集めて言った。

「ここをみんなで黒字にしましょう。僕について来れば、間違いなく半年か一年で黒字になる。だまされたと思って一緒にやってほしい」

 彼が黒字化に当たって掲げたのは、「2割の経費削減・2割の売り上げアップ」という単純明快な目標だった。具体的にはディズニーランドの約2倍ある敷地の3分の1を無料化し、外部の飲食店やショップを誘致することで経費を大きく削減。フリーゾーンには集客力のあるコミック「ワンピース」の海賊船を配置するなど、集客の磁力を作り出した。

 次に広大な敷地を活かし、限られた予算の中で「日本一」や「東洋一」にこだわったイベントを繰り返した。LEDで場内のあらゆる建物や運河をライトアップする冬のイベント「光の王国」、オランダに因んで650種のチューリップを用意したチューリップ祭や「花の王国」。これらは現在に至るまで、恒例のイベントとして来場者数の増加を支えている。

撮影■田中麻以

※SAPIO2015年4月号