ジュノ・ディアス×円城塔×都甲幸治が語った「未来と文学」

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『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の著者ジュノ・ディアスが来日。3月3日に芥川賞作家の円城塔、翻訳家で早稲田大学教授の都甲幸治とともに、神楽坂la kaguにて「未来と文学」をテーマにトークイヴェントを開催した。最新短編『モンストロ』から、「クリエイティヴ・ライティング」を教えるマサチューセッツ工科大学(MIT)でのエピソード、さらにはテーマである「未来と文学」についてまで、いま世界で最も注目される作家が魅力的な語りを繰り広げた内容を紹介する。

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『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』でこれまでにない圧倒的に新しい文学を切り開いたジュノ・ディアス。マンガ、アニメ、SFの知識を大量に投入し、マイノリティ文学をポップ・ヴァージョンとして更新。『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は世界中でベストセラーとなり、アメリカを代表する文学賞である全米批評家協会賞、ピュリッツァー賞を受賞した。

いま、世界で最も注目される作家のひとりとなったジュノ・ディアス。『The New Yorker』誌で発表した最新短篇『モンストロ』【1】ではディストピア的な近未来を描いた。彼は『モンストロ』で何を目指したのだろうか。


【1】和訳版は、登壇した翻訳家・都甲幸治著『生き延びるための世界文学 21世紀の24冊』に収録。


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ジュノ・ディアス|JUNOT DIAZ
1968年ドミニカ共和国生まれ。ラトガーズ大学、コーネル大学大学院で学び、デビュー短篇集『ハイウェイとゴミ溜め』(1996)で高い評価を受ける。初長篇『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(2007)は全米批評家協会賞およびピュリツァー賞を受賞。現在、マサチューセッツ工科大学創作科で教鞭を執る一方、ピュリツァー賞選考委員も務める。

『モンストロ』は科学のナラティヴを更新する

ディアス 『モンストロ』は病気が広がっていく様子を新たな書き方で表現することを目指した作品です。科学は近年急激に発展している一方、科学的なものを伝える表現はほとんど進歩がないような気がしていました。病気が蔓延していく表現についても同じで、17世紀からほぼ発展していません。

都甲 病気の蔓延を表現する原型をつくったというと、ダニエル・デフォーの『ペスト』がそうでしょうか?

ディアス 小説のジャンルでナラティヴの原型をつくったのはデフォーだと思います。詩や宗教説話では、それ以前から、病気の蔓延についての表現はあったとは思いますが。

都甲 なぜ、そうした表現に関心があるのですか?

ディアス それは、わたしが移民であることと関係しているのかもしれません。「移民=危険な病気」が進行してくる、というような社会的な見方があります。進行する病気は、移民のメタファーとなりえるのではないでしょうか。

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オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(写真左)の主人公は、幼稚園では女たらしの園児だったが、それ以降は全く女の子にモテない人生を送ってきたオスカー・ワオ。SFファンタジーやロールプレイングゲームにどっぷりハマったオタク青年は、行く末を心配した母に祖国ドミニカ共和国へと送り込まれる。英語、スペイン語、日本語を散りばめ、オタク文化の知識が大量投入された作品はラテンアメリカのマジックリアリズムを更新し、圧倒的に新しい文学を切り開いた。/生き延びるための世界文学 21世紀の24冊』(写真右)には、先述の通り短編「モンストロ」を収録。その他、タオ・リン、アレハンドロ・サンブラからJ・M・クッツェーまで、世界文学の「いま」を読めるブックガイド。

ディアス 日本の場合は、ポップカルチャーにおいて、病気、疫病が広がっていく様子の描写が溢れていますよね。テレビ、マンガなどを見るに、文化として病気が蔓延するのをなんとしても止めようというエネルギーがあるように感じます。

アメリカでも日本でもドミニカでも同じだと思いますが、自分たちと違う歴史をもった人々とどのように接すればいいのか、人はよく分からないのです。移民が入ってくるとき、どう対応するかは国によって違います。アメリカは多様性の国だといわれていますが、実際は非常に神経質です。移民など、新たな変化を強いるものに対して非常に強い抵抗感をもっている。これはアーティストとして見るととてもおもしろい現象です。

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都甲幸治|KOJI TOKO
1969年福岡生まれ。翻訳家、早稲田大学文学学術院教授。著書に『21世紀の世界文学30冊を読む』『狂喜の読み屋』『生き延びるための世界文学』など。訳書にジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』『こうしてお前は彼女にフラれる』(ともに共訳)、チャールズ・ブコウスキー『勝手に生きろ!』など。

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円城塔|TOE ENJOH
1972年北海道生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2007年「オブ・ザ・ベースボール」で文學界新人賞を受賞してデビュー。『烏有此譚』で野間文芸新人賞、『道化師の蝶』で芥川賞受賞。2014年『Self- ReferenceENGINE』英語版で米フィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞。大阪在住。

円城塔は『道化師の蝶』で芥川賞を受賞。2014年には『Self- ReferenceENGINE』英語版で米フィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞するなど、近年活躍の場を世界にまで広げている。

もともとは物理の研究者で、生活が苦しくなり小説を書き始めたという経歴をもつ円城が、ジュノ・ディアスに彼が教鞭を執るマサチューセッツ工科大学(MIT)での生活について訊ねた。

“本を正しく読む”というプログラミング

ディアス まず、円城さんがそうだったという、「生活が苦しくなったから小説を書き始める」という選択は、経済計画的には間違っていますよね?

円城 ぼくも、人にはおすすめはしないです。

ディアス まだ物理には関心をもっていますか?

円城 走ることと同じで、やっていないと力が落ちます。いまはもうできないですね。ところで、MITでクリエイティヴ・ライティングを教えるというのも奇妙なことだと思ったのですが。

ディアス 確かに奇妙だと思います。けれど、アートを大学できちんと教えるという意識は、アメリカの社会全体に根付いていますよ。

円城 もっぱら科学や最先端のテクノロジーに関心のあるはずのMITの学生が、文学の何に興味があるのでしょう?

ディアス 歳の離れた彼らのことを理解するのは、とても難しいです。人類学的なアプローチしかないんじゃないでしょうか。ただ、MITの学生だけでなく、地元の高校生などを教えていて思うのは、彼らは社会から、「自分の存在意義を見つけなければならない」という凄まじいプレッシャーを受けているということです。しかもそれは経済的に価値のあるものでなければならない。誰もが最終的にはお金持ちになって有名にならなくてはならないといった印象すらあります。

大学に入るまでは正しく理解して本を読むことを教えられます。大学ではその“プログラミング”を解除してあげたい。MITの学生にだって、文学は必要です。人生を会計的に解釈できるものだけで理由付けするのは間違っていますから。

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ディアス MITのクリエイティヴ・ライティングの教室には、20人ぐらいの学生がいます。世界でも飛び切り頭がいい20人です。彼らがいる教室に入ると“波”を感じるんですね。それは感情の波です。怖いという感情です。就職ができなかったらどうしようだとか、両親をがっかりさせたらどうしようなどといった恐怖心です。教えている身としては学生の恐怖心を取り除いてあげたい。恐怖心があると読書はできないですから。

円城 ぼくも、自分の本を読んだ人に、よく分からなかったと謝られることがあります。面白い、面白くないでいいのにと思のですが。

ディアス それもやはり、読書を楽しむものではなく理解しなくてはいけないものとして捉えているからでしょうね。

わたしの場合は、誰かに好かれたいという目的では絶対に書くことはありません。好き/嫌いも、反応としてはシンプルすぎます。嫌いといわれてもいいんです、読書経験をしてくれれば。読書経験はもっと複雑なものです。

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トークイヴェントが始まる前、アメリカのSF作家サミュエル・レイ・ディレイニー【2】の話題で盛り上がっていたというジュノ・ディアスと円城塔の両氏。作家はかならず誰かのDNAを引き継いでいると語るディアスが、これまで、そしていま、どのような作家の作品を読んでいるのか円城に訊ねた。またそれぞれの「未来と文学」に対する考えについても語った。

文学は“親族のなかでいちばん怠け者のおじさん”

円城 難しいですよね、サミュエル・ディレイニーは。僕は、これまではカート・ヴォネガット【3】とか、アメリカのSFを読んできました。あと、最近はロバート・A・ハインライン【4】を読み直したりしています。

ディアス 最近、アメリカではテクノロジーに対する哲学的な考察をメインに書いている作家が多いですね。その流れで言うと、わたしはテッド・チャン【5】の作品をよく読んでいます。


【2】サミュエル・レイ・ディレイニー
アメリカのSF作家(1942年-)。代表作に『ダールグレン』『バベル‐17』など。作品には、黒人、同性愛者、詩人という自身の経歴が色濃く反映されている。

【3】カート・ヴォネガット
アメリカの小説家(1922年-2007年)。代表作に『タイタンの妖女』『スローターハウス5』など。村上春樹など多くの作家に影響を与えた。

【4】ロバート・A・ハインライン
アメリカのSF作家(1907年-1988年)。代表作に『夏への扉』『異星の客』など。いくつものベストセラーを生み出し、SFの大衆化に貢献した。

【5】テッド・チャン
アメリカのSF作家(1967年-)。代表作に『あなたの人生の物語』。ブラウン大学でコンピュータ科学を学び、作品の多くは物理や数学などがモチーフにされている。1999年『あなたの人生の物語』でシオドア・スタージョン記念賞受賞。


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Self-Reference ENGINE「シンギュラリティ」「AI」「巨大知性体」などがちりばめられた、SFと諧謔に満ちた円城塔のデビュー作。本作の英訳版で、円城は日本人2人目のフィリップ・K・ディック賞特別賞を受賞

円城 冒頭の“科学をどう書くか”という話題にも関係してきますが、ぼくは、そこに何か新しい書き方があるように思えて、ずっとSFを読んできました。

ディアス 円城さんは「未来」に対してこだわりをもって書かれていますよね。「未来」を取り上げる理由は、SFというものにデフォルトとしてついてくるからなのか、それとも別のこだわりがあってのことなのでしょうか?

円城 単に「未来」をもっと良くするの方法があるのではないかという感覚で書いていています。けれど、ぼく自身の「未来」の展望は暗いんです。

ディアス 最近は、どのような作品を書かれていますか?

円城 最近は、ハロー・キティの冒険について書こうとしています。あと新たな漢字をつくろうともしています。

ディアス ハロー・キティですか? 最近、ハロー・キティは猫ではないということ、さらには暮らしている場所も日本ではなくイギリスだったということが話題になりましたよね。わたしはそれを電話で母に伝えたんです。彼女は、何に対してもかならず何かしらの意見を言う人なんですが、電話越しに絶句していました。

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日米でいま注目を集める作家が顔を合わせる貴重な機会となった今回のトーク・イヴェント。最後には質疑応答の機会も用意された。

「未来」において文学に何ができるのかという会場からの質問に対してジュノ・ディアスは、「さまざまなことが語られていますが、文学やアートのもつ最も強い部分は、やはり人間性なのだと思います。文学は料理もできないし、皿を洗ってもくれません。家賃を払ってくれるわけでもありません。文学は、親族のなかでいちばんボンクラで怠け者のおじさん、みたいなものです。けれど、未来においても文学はかならず、人間性を取り戻してくれるのです」と答え、イヴェントを締め括った。

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