ハリルホジッチ新監督は冒頭、相応のプライドを示した自己紹介を行なった。(C) SOCCER DIGEST

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 寡黙との風評を耳にしていただけに、確信に満ちた饒舌ぶりには少々面喰った。
 
 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、成功体験が蓄積し、しかも今脂の乗り切った指導者らしい自信を漲らせ「日本代表を復活させる」と豪語した。
 
「JFA(日本協会)以外の代表、さらにはクラブチームからも、いろんなオファーを受けた」
「少しだけ時間が欲しい。そうすれば、必ず大きなことを成し遂げる」
「日本は現在FIFAランク55位。私がアルジェリアの代表監督を引き受けた時は52位だったが、3年間仕事をして17位に上昇した」
 
 手前味噌ではあるが、不快感はなく相応のプライドを示した自己紹介と言えた。
 
 名選手から名監督になり、理想的なサクセスストーリーを紡いで来た。その点では、自ら「親友だ」と言うイビチャ・オシム氏に被る。ブラジル・ワールドカップでは、試合ごとに戦術を変え、大幅に人を入れ替えながら、グループリーグを突破してアルジェリア国民の心を鷲掴みにした。
 
 その点ではアルベルト・ザッケローニ氏とは対照的で、明らかに引き出しは多い。格上と見られるベルギー戦では徹底して引きながら勝点奪取を逃すと、一転して勝利が必要な韓国戦ではキックオフから攻勢に出て前半だけで3ゴールをラッシュ。試合を決めてしまった。さらにはノックアウトステージに入ると、後に世界チャンピオンとなるドイツの前に立ちはだかり、カウンターから何度もゴールを脅かした。
 
「世界一のチームが相手でも勝つためにトライする。最悪なのは、トライしないで負けることだ」
 
 結局ドイツ戦は、延長の末に1-2で敗れるが、アルジェリアに戻ると「道ですれ違う人たちが、みんな幸せそうな顔になっていた」と言う。ラジャ・カサブランカ(モロッコ)をアフリカチャンピオンに導き、2部から昇格させたリール(フランス)を率いて欧州チャンピオンズ・リーグに進出。人気クラブのパリ・サンジェルマンでカップ制覇も経験し、アフリカに渡って代表チームでも成功した。日本協会の霜田正浩技術委員長が「このタイミングでは最高の監督に来て頂けた」と自負するに値する人材だろう。
 歴史を俯瞰すれば、日本協会にとっても、これはひとつの節目になるのかもしれない。とにかく原博実氏が技術委員長に就任する前は、狭い世界で代表監督が決まって来た。ハンス・オフト、ジーコ、オシム各氏は、先に各クラブ(企業)が関係を築いた監督で、フィリップ・トルシエ氏にしても本命だったアーセン・ヴェンゲル経由の紹介だった。あまりに世界の情勢に疎く、会長の気紛れな一言で決まるような人事は、まるで説得力を欠いた。
 
 だが原―霜田体制に移行後は、二度の苦い経験を経たとはいえ、一貫して世界の事情に目を凝らし情報を収集し続けて来た。また代表を支えるのがクラブという明解な指針を示し、「クラブからは引き抜かない」ことを前提に人選を進めた。その結果「どんな時にも不測の事態に備えている」という原専務理事の言葉に、嘘がなかったことが証明された。
 
 新監督はマジックを匂わせたわけではない。「攻守にハードワークをして、タッチ数を制限し、スピーディだが緩急をつけたプレー」と、むしろ誰もが行き着く日本スタイルを示唆する。同監督が指揮したアルジェリアは、日本よりはるかにフィジカルをはじめとする個人能力が高かったので「最後はペナルティエリア内に3〜4人くらいが絡む」攻撃で決定力を引き出そうと考える。
 
「数年前にはもっと良いプレーをしていたのに自信を失くしている選手がいるので、直接話して勇気づけたい」
 香川真司を思い浮かべているのは明らかだろう。
 
「私のノートには、たくさんのやるべきことが記されている」
 復活のカギは細部に宿る。そしてハリルホジッチ氏は、その細部を追求できる数少ない監督のひとりなのかもしれない。
 
文:加部究(スポーツライター)