多弁だったハリルホジッチ新監督。その言葉から何が見えたのか――。 (C) SOCCER DIGEST

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 私はいま代表監督就任会見の直後に、本稿を書いている。
 
 就任会見というのは、新監督とチームにとって結婚披露宴のようなもの。監督が代わったからといって、チームの能力が劇的に変わるわけではない。だが披露宴に列席した関係者のひとりとして、ヴァヒド・ハリルホジッチ監督就任の可能性を前向きに考えてみたい。
 
 多弁な新監督は記者たちが呆れるほど長々と喋ったが、その中で気になった言葉を抜き出すと、次のようなリストができる。
 
勝利 「私は負けることが大嫌いです。日本代表に勝ちたいという気持ちを植えつけたい」
 
攻撃 「たくさんの選手が前に出ていくゲームをしたい。そのためにはスピードは大事。さらにはリズムの変化やフェイントも伝えていきたい」
 
組織 「サッカーにはボールを持つとき、持たないときの2種類の局面があるが、現代サッカーではどちらでもみんなが関わらなければならない。全員が効果的な選手であることが大事だ」
 
 こうした言葉から見えてくるのは、勝利にこだわり、攻撃サッカーを推し進めようとする新監督の姿勢だ。またスピードや変化の大切さを強調し、単に支配するのではなく決めるときに決める柔軟性を大切にしようとしている。
 
 このあたりはポゼッションという「自分たちのサッカー」に溺れ、ブラジルで惨敗した日本にとって、有効な処方箋になるかもしれない。
 
 攻撃的なサッカーを繰り広げながら、勝利にこだわる。
 こうした新監督の姿勢には、旧ユーゴのボスニア・ヘルツェゴビナ出身というバックボーンが大いに関係していると思う。
 
 私にはモンテネグロ人の知人がいて、「生まれてから4回も国の名前が変わった」というのが口癖だ。旧ユーゴは平和だった時期が短く、血で血を洗う紛争が繰り返された。新監督も会見で「ボスニア戦争で怪我を負った」と明かしている。
 
 つまり旧ユーゴの人々は、厳しい環境を生き抜くたくましさや知恵を持っている。この地域に生まれると、自然とそうした資質が磨かれる。
 サッカーに限らず、旧ユーゴから偉大なアスリート、指導者が出てくるのは、そのためだ。精神的、肉体的にタフで、多民族、多宗教が入り混じった社会で自分を表現するため、駆け引きも磨かれる。
 
 ハリルホジッチ監督はブラジル・ワールドカップで多様な戦術を用いてアルジェリアをベスト16に導き、優勝したドイツと名勝負を繰り広げた。これは旧ユーゴの指導者、勝負師の底力といってもいい。
 
 前述した言葉の中で、私が気になったのは「効果的な選手」というフレーズだ。これはハリルホジッチ体制を理解する上で、非常に重要な言葉かもしれない。
 
 この言葉には、次のような意味が込められていると私は思う。
 
 サッカーは敵がいるスポーツ。どれだけ入念に準備しても、予想だにしない局面が起こりうる。そんなとき、どれだけ効果的なプレーができるか。つまり即時の解決能力が問われるのだ。これは勝負勘と言い換えてもいいだろう。社会が安定した日本では、こうした感性はなかなか磨かれない。
 
 ハリルホジッチ監督はオシムがそうだったように、日本人がなかなか持ちえない鋭い勝負勘を備えている。この監督が日本人を率いたら……。ちょっと面白いことになるかもしれない。
 
「結果が出るまで時間がかかるので、皆さんも少し辛抱してほしい」と新監督は素直に語った。
 だが、結婚披露宴はだれもがバラ色の未来を描くもの。私も、そんな楽しい日々が長く続くことを願っている。
 
 あのドイツを最後の最後まで苦しめたアルジェリアのような胸を打つゲームを、いつか私たちもできたら……。
 そんなふうに思いながら。
 
取材・文:熊崎敬