【厳選!佐野弘宗の新車のツボ】

 知っている人も多いと思うが、あの錦織圭選手(プロテニス)は現在、ジャガーのアンバサダーをつとめている。アンバサダーを直訳すると"大使"。クルマ以外も含めた高級ブランドの大使役と同じように、錦織選手もジャガー関連のイベント出演や広告・キャンペーン活動などを担うのだという。

 錦織選手は昨年9月のアンバサダー就任会見でも明かしていたが、以前テニス大会でたまたま見かけて以来、ジャガーに憧れていたんだとか。で、このFタイプ(日本発売は2013年5月)を初めて見て、ひと目ボレ。錦織選手サイドからジャガーにアプローチがあったという。窓口になったのは、日本法人のジャガー・ランドローバー・ジャパンである。

 というわけで、Fタイプ。今回取材した最強モデル"R"は1300万円超、もっとも安価なクーペで800万円台後半。ちょっとクルマに詳しい人なら、これがスポーツカー界における不動の横綱ポルシェ911に、ジャガーが送り込んだ史上最強の刺客......ということはすぐに理解できると思う。

 Fタイプを「現在、世界でもっともカッコいいスポーツカー」と評する向きは多い。とにかくバランスのとれたプロポーション。短く、幅広く、低く、そしてロングノーズ&ショートデッキ......というスポーツカーのツボの典型みたいなカタチだ。

 実際のFタイプは最新のパッケージ理論で構築されているので、寸法的にはハナ先が特別に長いわけではない。しかし、ボンネットや窓の微妙な角度や形状、細部の処理で、巨大エンジンの存在をことさら主張していた昔ながらの後輪駆動スポーツカーのような雰囲気を、うまく表現している。

 また、ライトやグリルを巨大化するのが今風のデザイントレンドなんだが、Fタイプはあえて逆をいく。ランプ類はあくまでスリム。そんでもって、フロントグリルはおちょぼ口、そして猫背のルーフライン......と、1950〜60年代の良き時代のジャガーを想起させる。

 コクピットもタイトで、ドライビングポジションはドンピシャ。運転席を取り囲むような左右非対称レイアウトがまた、マニア感涙。要所にお決まりのレッドではなくオレンジをあしらうセンスもツボだ。

 こうして往年のオッサンファンの涙腺をとことん刺激しつつも、新しくて、ちょっとニヤリとするセンスにもあふれて、だれにも分かりやすい。Fタイプは商品の工業デザインとはかくあるべし......の教科書のようなサンプルである。錦織選手ならずとも、ひと目ボレするのは痛いほど納得である。

 Fタイプは走りや肌ざわりも分かりやすくスゴい。とくにも、とてつもないエンジン(550馬力!)を積む今回のFタイプRは、トラクションコントロールをカットしてひと踏みするだけで、リアタイヤからは煙モウモウ! ボタンひとつで笑っちゃうくらいの爆音(使う場所に注意!)をとどろかせる"アクティブスポーツエグゾーストシステム"というフルったギミックもつく。

 とはいっても、自制心さえ保っていれば、これでも手に余るような暴れ馬(ジャガーだから暴れ猫か?)にならないのが、Fタイプの最新かつ優秀なスポーツカーたるところ。ボディはとにかくカッキーンと硬質。手応えに曖昧な遊びみたいなものはまったくないが、かといって締めすぎず、パワステも重すぎず、しゃなりとした快適さを絶妙に残すのがジャガー伝統のツボでもある。前後バランスもピタリと決まっているので、とにかくオーバースピードでカーブに入らない......ということを忘れなければ、十二分に安全で、掛け値なしのスーパーカー級に速い。

 温暖な米国フロリダを拠点にする錦織選手は、当然のごとく、Fタイプでもコンバーチブルを愛車にしているらしい。ただ、純粋なスポーツカーとして走りのキレがより鋭いのはクーペであり、クーペはハッチバックボディなので実用性もクーペのほうが上。そして、なによりクーペ特有の猫背な後ろ姿にツボを刺激されるマニアは多いだろう。

 とにかくカッコいい、速い、音がいい、作りもいい、そしてドイツ車やイタリア車ほど有名にすぎず、しかし高級車としての伝統と威厳もあって、どことなく懐かしいのに新しい......。スポーツカーにまつわる煩悩や欲望のツボを、Fタイプほど分かりやすく突っついてくれる例は、ほかにない。

佐野弘宗●取材・文 text by Sano Hiromune